Tenderness
Home    Contents

--- 少しだけの季節〜みっつの詩---




 とおくでないている

とおくでないている
兵士が 
もしかしたら みずからも気づかず
じぶんはにんげんなのか 考えることはわすれて
正しいと信じている と 唇はくりかえして

とおくでないている
きのう解雇されたおやじさんが
家族に隠れて 幾年も一緒だった家族に隠れて
人生を初めて疑うかのような その声の色で

とおくでないている
外国のこどもが 
安心ということばのひびきも意味さえも忘れ 隠れる場所はなく
とおくで日本の子どももないていた
人工の石でつくられた隠れる場所のない一室で

とおくでないている
年老いたおんなの背中が
夕暮れに近い街角のゆるやかな坂道で
積み上げた記憶と 残されたいのちの
それは時間の閃光が映す走馬燈

とおくでないている
あなたの知らないだれかも
それほどとおくないとおくで
それはまだ見ぬともだちか
恋人かも知れなく

とおくでなくひと
それはまるい星のうえの住人
それはわたしとあなた
笑顔で真顔で うすい氷のなかの魂で ないている

               ----------------

 すこしだけ

すこしだけ 訳のある話が聴きたくって
音楽ではなく文学でもなく
人の話が聴きたくって
恋人の気まぐれにつきあうように
それから会わなくなった友人の
消息のような
すこし訳のある話が聴きたくって 

すこしだけ あなたがふりむいたと思った
それはつよい陽射しのせいかも知れなくって
誰か知らない人の声に気を取られたのかも知れなくって
それでも すこしだけ 気持ちはふりむいたのだと思いたくって

すこしだけわたしも幸福を感じたくて
だからすこしだけ時間が空想とつきあった
ああでもなく こうでもなく と
そしてすこしだけ時はすぎてしまった

それでも過去を写した写真のように時も静止して
気持ちは取りもどせない時間をすこしだけ意識した
それは幸福と名の付くものとはまるで異質なのだが
幸福と似ていないわけでもなく
もともと知らないものなのかも知れなくて
甘美なのか苦いものなのか すこしだけ迷って
それからすこしだけからだからふりはらって

            ---------------------

 花火

それははじまったばかりの梅雨の晴れ間の夜で
ひさしぶりの月が浮かんでいる
ウォーキングしていたおじさんは
花火をする高校生たちのかん高い声に苦虫を噛んだ

それは若さにたいしての嫉妬なのか
それとも分別という大人の習性なのか
近所迷惑だろう なんて公共的な思いはたぶんうそで

しかし彼らの花火も御多分にもれず呆気なく

ここ来るまでの方が時間かかったじゃん
言えてる〜
     って言ってた

花火の消えたあとも煙りだけはあたりにずっと残っていて
いやでもその煙りの中におじさんの鼻はつっこんだ

それは夏の あの匂いだった

懐かしい記憶なのか 希望のような未来なのか
去年の苦しい夏なのか それとも今年のまだ見ぬ夏なのか
それを確かめるのは嫌って
おじさんはそれからもウォーキングした


←poem「森の情景」

Home     Contents
●POEM_詩index

3つのラブソング ◆Three Form ◆詩ごとあそび ◆詩ごとあそび-2. Irony
詩モノ語り-「森の情景」(MIDIつき) ◆「少しだけの季節」
◆ かなしみ、そして
人として生まれあなたも 12月の語らい わかれ かなしみをのりこえるもの