SHORT STORY ROOM
ショートストーリーの部屋 第六回 「峠の我が家」

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峠の我が家
・・・・・・

 

●仲田のマンションの部屋

白に統一された家具、電器具、壁。
窓からは隣のマンションの壁しか見えないが、何故か太陽の陽ざしのような光線が部屋の隅々まで、
まんべんなく行き渡っている。
エアコンの近くに「人工太陽光線コントロール・システム」というスイッチボックスがある。
部屋の奥に画面が移動すると、銀色のカプセルルームがある。
ドアに「感情コントロール・カプセル」とある。

●カプセルのなか

モニターに様々な曼陀羅状の図形がゆっくりと展開している。色彩と形による光の画面は不思議な美しさだ。
深々とソファに座ったアキコの耳にはヘッドフォンがつけられ、
アキコの目はモニターの画面に食い入るように向けられている。
その顔が様々な色彩の変化に染められている。
手には金属製のリングが巻かれ、血圧や脈拍、脳波までもがモニターの横のデジタル表示器に写っている。
なにか、電器椅子のようにも見えるそのソファ上のアキコのヘッドフォンに画面がクローズアップすると、
洩れてくる音は自然の環境音と混じったモーッァルトの天上的なフレーズをアレンジしたような音楽である。
画面いっぱいにその音楽がなり響く。アキコの眼からは涙が落ちている。

●オフィス街・通り

秩序だって並んでいる高層ビルの街並のなかを仲田と橋田が歩いている。
橋田がビルの壁面にある大形液晶モニターに写っている森の風景を見ながら口を開く。
「昨日のボクシングの試合、途中で放送切ったの、上からの命令かい?」
「ああ、視聴者の苦情がすごかったらしい。もう、かなりのスポーツが放送できなくなるかもしれない」
「あのカプセルが普及しはじめてから、なんだか世の中、あくびが出るほど刺激無くなって来たな。
みんな幸せそうな顔してさ」
「おいおい、ばちがあたるぜ。あのカプセルのおかげで、いっきに犯罪率が激減したんだ。
こどものいじめだってどんどん少なくなってる。ありがたいじやないか。
憎しみとか怒りの感情から解放されて平和でいいさ、
少々の副作用は眼をつむるさ、得るものがあまりに大きいんだからな」
「まあそう言えばそうかもしれないが、しかし、感情のコントロールまで、いいのかな機械まかせちゃって。
要するに憎しみとか怒りとか起こさせないように人間はめ込む機械だろ、あれ。
まあ、そんなことが可能かどうか、おれには理解できんがね」
「つい、この間までのこと考えてみろ、カプセル登場する前のことを思えば、この平和のありがたさが解るだろう、
ひどかったからな、この世も、お終いかって暴力がまん延してたんだからな」
「うん、ボクシングもラグビーも諦めてやるか、女房もやさしくなったしな」
笑いあっているふたりの前方で突然爆発がおきる。
炎と煙りが立ちこめ、人々の悲鳴や呻きが聞こえてくる。
その煙りのなかから武装した男たち数人が走り去っていく。
路面に伏せていた仲田と橋田が黒く煤だらけの顔をあげる。
「なんだどうしたんだ、まさか、テロか、そんなバカな」
「こんなはずが、テロリストたちはもう管理センターで洗脳して
ロボトミーチップ組み込まれて再教育されてるはずだろう、いったいどうなってんだ」

煙りの中から、ふたりの目の前に血だらけの人々がはい出して助けを求めてにじり寄ってくる。

●仲田ヒロキの小学校・教室

取っ組み合いの喧嘩をしているヒロキたち。
周りの生徒たち、その様子を見ている。やがて触発されるように隣同士でにらみ合が始まり、
野獣のような声が互いの咽の奥から出てくる。どちらからともなく飛び掛かる生徒達。
教室は騒然となる。エスカレートしていく喧嘩。
ドアを開けて入ってくる教師、息を呑んで呆然と立ちすくむ。
「(我に帰ったかのように)おい、どうしたんだみんな、止めなさい、(間に入って行き喧嘩を止めようとする)」
その教師にやがて生徒達の注目は集まり、そのいくつもの鋭い視線に教師はたじろぐ。
生徒達の渦のなかで、もみくちゃにされる教師の悲鳴が鳴り響く。
●ほかの教室でも次々と同じような悲鳴や物が壊される音が聞こえてくる。

●テレビの画面

ニュースの放映中。キャスターが無機質な声で喋っている。
「・・・午後から、この各地で起きています暴動が感情コントロールカプセルの
副作用かどうかはまだはっきりとしておりませんが、
開発局と厚生省では一時、使用を見合わせて欲しいと言っています。
しかし、一部には使用を急に中止した場合の危険性を指摘する学者や技師もいて、結論は合意に至っていないようです。
また、心理学者によると習慣化したカプセルの使用による依存症の反動も考えられるので、
対処には充分注意が必要という意見もあります。
また、抑圧された感情ストレスの飽和状態による行動パターンは多少見られるが、
一般人にはさほど異常な現象になって現れるとは思えないと言う学者もいます。いずれにせよ、
さしあたっての対処は個人の判断にまかせるしかないだろうと意見は錯綜しています。
しかし政府要人は一時的な現象と今の事態を受け止めているようです。」

●仲田のマンションの部屋(夜)

カプセルのドアが開いている。
カプセルの中でヘッドフォンをしたまま倒れて気を失っているアキコを揺り動かしている仲田。
「おい、アキコしっかりしろ」
カプセルのコントローラーのランプに赤い点滅が続いている。使用制限時間をオーバーの表示がある。
「眠っている間にタイマーが故障したんだな」
カプセルの外にアキコを引きずり出し、寝かせる。
アキコのうっとりとした表情が事態の深刻さとそぐわず滑稽に見える。
仲田、カプセルの電話をとりボタンを押す。
「あっ、サービスか、カプセルが故障している。そっちのサーボシステムはどうしたんだ、妻が気をうしなっているぞ」
「すみません、どういうわけかサーバーのコントロールシステムがダウンしてしまっていて、
今見ていますので暫くお待ちください」
「なにいってる、これは大変な事故だよ、そんなのんきなことでいいのか」
「こっちも大変なんだ、あんただけに関わってるわけにはいかんのだよ」
「なにっ、それがメンテナンスサービスの言うことか」
「おたくのカプセル使用頻度が高すぎるんだ、記録はあるぞ、はははは・・。
あんたの奥さんはやたらにカプセルに頼り過ぎるんだ、少しはダンナも面倒みて可愛がってやったらどうだ、はははは・・」
「なんだと、おい、ふざけたことを」
電話切れる。
「まっ、待てっ、このやろー」
怒りで興奮した顔で受話器を握りしめている仲田。
アキコの恍惚とした表情。それにアキコの声が重なって聞こえてくる。
アキコの声「あなた、あたしアルコール止められそうよ、すごいわね、カプセルの威力。もう最高よ」
がっくりと床に膝をつく仲田。
やがて部屋の中を見回すと、夜だというのに相変わらず人工太陽の光線が部屋にふりそそいでいる。
たちあがってコントローラーボックスのボタンを切る仲田。

そうだ、ヒロキはどうしたんだ、こんな時間にまだ、帰ってこないのか」
アキコが
「あーん、うーん」とか妙な声を出して体をよじっている。
「おっ、おい、気がついたかアキコ、しっかりしろ」
アキコ、仲田に肩を揺すられて眼をあける。
「あら、あたしどうしたの、ここはどこ」
「なに言ってる、意識はだいじょうぶか」
「あ、いやだ、あなたなの(
実に不快という表情)」
「おいヒロキが帰ってないんだ、どこへいったんだ」
「きゃー、さわらないで、いやっ、近寄らないで、見るのも嫌」
その様子に眼を丸くして、呆然とする仲田。
狂乱したように仲田から離れようとするアキコ、カプセルのなかへ這って入って行く。
「止めろ、故障してるぞ、使えないんだ」
カプセルのなかで、がちゃがちゃと乱暴にボタンを押す音。
やがてヒステリックな悲鳴と機械をたたき壊すような音がする。

●マンションの部屋の外・廊下
同じ、白いドアが続く整然とした風景、どの部屋からもまったく生活音も洩れて聞こえず、なにも聞こえない。
聞こえるのは風の音だけである。静かな夜があるようにしか見えない住宅街のマンションの群れ。
(おわり)

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