SHORT STORY ROOM
ショートストーリーの部屋 第ニ回 「水の中の時間」

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水の中の時間

 

●池の岸辺・周辺

一夫の目の前には水のない池がある。
岸辺に立ち、池の底を覗き込もうとする。

「水はどうしたんだろう」

向こう岸のほうを見ると、数人の作業服を着た男達が太いパイプのようなものを運んでいる。
さらに、胸まで包み込んだゴム製の服を着た男達が、
シャベルカーと手作業で池の底に溜まったヘドロ状の泥をかき出している。

「泥、すくいだすんでね、ほら、下流のほうに流しちゃったらしいよ、
水、奇麗にするんだそうだ、ちっぽけな池だからね」
いつのまにか、一夫のとなりに老人が立っていて、その作業をうなづきながら見ている。
「へー、どう、やったんですかね、湧いて来る水とかもあるでしょうに」
「うん、一応そういう技術、あるらしいね、そいで、ほら、あのでかいパイプ、
モーターで汲出して、流しちゃったようだね、たいしたもんだ」

老人の視線の先にある太いパイプは、何本もまだ池のなかに残されている。

「いろいろ、出てきたようだ、ガラクタばかりだけど、この辺も住宅が増えたからね、
ゴミ捨て場にしてる奴がいる、ふざけたことだ」
そういいながら、老人は池とは逆方向を指差す。
林になる手前に泥まみれの自転車や、家電製品の残骸のようなガラクタが、山積みにされてある。

「捨てた奴は、目の前から余計なものが消えたと思って、
せいせいしてるかもしれんが、池のほうは堪ったもんじゃない」
「ずいぶんありますね、これ全部池の底から出てきたんですか」
「ここだけじゃなくて、あっちだってほら」
そういいながら老人は、池の反対側を顎でしゃくるように示す。

「水の底へ沈めて忘れたつもりでも、どうだろうね、え、突然こうして引き上げられちゃって、
目の前見せられちゃったら、どんな気分だろうね、捨てた奴」
「はあ、そうですね、忘れてた記憶をむりやり思い出させられるって感じでしょうか・・」
そう言った一夫の顔を振り返るように見て老人は笑みを浮かべ、
「なんか、思い出したいことでもあってこの池を見にでも来たんかな、
それとも、池の底にでも沈めたいことでもあってかな」
「はあ、いえ、子供のとき、住んでたことあって、この辺、ちょっと懐かしくて、・・」
「寄ってみたわけね」
「ええ、はい」
「池の底、空にされちゃって、底なんて見せられちゃって、面喰らったでしょ」
「ええ、そうですね、ちょっとびっくりしました」・・・・
ふたりは暫く池の底で泥をかきだしている男達を黙って観ている。

「ときどきね、あのガラクタの山のなかから、なんか捜し出しては喜んでる人がいる」
一夫、そのガラクタの山を見つめる。
「ボートに乗ってて、落としたものかなんかだろうね、カメラとかね、
使い物にはなんないだろうけど、妙に喜んでる」

一夫と老人は水のない池を目を細めるように、遠くを見るようにみる。まるで、
なにかを思い出すかのように。・・・・・


●水のある池セピア色のイメージ

晴天の下、池でボート遊びをしているアベック。
8@・サイレント映画のように大きな表情と動きで、男、カメラを女に向けて覗いている。
女、笑いながら、いろんなポーズを取っている。

突然、ほかのボートが横なぐりにぶつかってくる。男、カメラを水中に落とす。
水中に沈んでいくカメラ。暗い水底へと消えていく。

男、ぶつかってきたボートの男に泣きっ面で文句を言っている。
女は水面から水中を覗き込むようにしている。
しきりに謝っているぶつかってきた男。
その光景が白い光りのなかへ消えていく。・・・・・

●水のない池では、まだ作業員たちの仕事が続いている。


●ガラクタの山を見ていた一夫が老人を振り返り、

「ぼくも、落としたことありまます、子供のときですけど」
「そう、なに」
「昆虫採集のかごです」
「あー、そう、あるかもしれないよ、あのなか」
「だって、ずいぶん昔ですよ」
「いや、水、なくなったなんて初めてだからさ、あるよきっと」
「でも、あってもぼろぼろで、見分けつかないんじゃないかな」
「いいから、おいでよ」

そういって、さっさと老人はガラクタの山に近づいていく。
一夫、半信半疑の顔で仕方なくついていく。
そのガラクタの山には、ほとんどが自転車、三輪車、ベビーカーなどが
泥のついたまま無造作に積み上げられていて、日が落ち始めたなかで見ると
鉄筋の建物か何かが火事で焼け残った後の骨組みのようにも見える。
老人はしゃがみ込みそのなかを覗き込む。そして手前のほうからそのガラクタを選り分け始める。
一夫、促されるようにそれにつづく。


「どんなの、金網のついたやつかな、それともプラスチックなんかでできたような・・」
一夫、その熱心な捜しぶりに驚く。
「いえ、もういいです、汚れますよ服、それにそんなに見たいって訳じゃないですから」
「いいや、せっかく来たんだ、水のない池だけ見て帰ったんじゃ後味悪いでしょ、
せめて、子供んときの思いで持って帰んなさい」
「そんなー、たいした思いでじゃないです」
「だって、初恋の想い出でしょ、その落としたの」
「初恋、はあーまあーそうかな、言いましたっけそんなこと? でも小学生の頃ですよ」
「いいの、初恋は初恋。私ぐらいになるとね、初恋って聞いただけで情熱わくの。捜させてくださいよ」
「はあ、じゃあ、まあ・・」
一夫、観念してガラクタに目をこらし、老人につづくように再び捜し始める。・・・・


●林のなかの回想


12才の一夫が林のなかを歩いている。手には昆虫採集用の網と網籠を持って。
やおら一本の木の前で立ち止まり、木の上を見上げている。
「鳴き声だけで、ぜんぜんつかまんないや」
夏を謳歌するように、蝉の声があたりに響きわたる。

「あれ」

一夫、木々の間から見える林をぬけた、草が生い茂っている野原のほうに目がいく。
その視線の先の陽光に照らされた草むらに白い人影がちらちらと見えかくれしている。
「だれだろう」
一夫、その人影の見えるほうに近づいていく。

木立のきれた野原との境目で一夫の足がハッ、としたように止まる。
そこには、草むらにしゃがみ込んで、おしっこをしている少女、12才の靖子がいる。
一夫からは後ろ向きに、そのめくられたスカートから、
陽に照らされて眩しい真っ白な靖子のおしりが一夫の目に飛び込んでくる。
一夫、一瞬びっくりして目を逸らそうとするが、すぐにまた、その靖子のすがたに目がひきつけられる。
陽光のなかの靖子のおしりが真夏の健康を歌うようにまぶしく輝く。
一夫、なにかわからない衝動を感じたかのように、息をのむ。
そして半ズボンの股のうえに手を当てる。
一夫の野球帽をかぶった額から汗がにじみでて、頬をつたって落ちてくる。

我に帰ったかのように、一夫、林のなかへと戻っていく。・・・


・林の中、一本の木に向かっておしっこをしている一夫、
ふーっとため息をつく。
見上げると枝の葉の間から木漏れ日が一夫の顔にふり注いでくる。
おしっこを終わった一夫が振り向くと背後に靖子が近づいてきていた。

びっくりして、
「おい、お前、なんで見てんだ」
「ふん、あんただって見てたじゃない」

その予期せぬ応えにどぎまぎとして
「なんだよ、知るかよ」
「うそ、ちゃんと知ってんだから」


一夫、なにも言えなくなってうつむく。
その一夫の顔を下から覗き込むように見る靖子。
先ほどの気分を思い出して恥ずかしくなったように顔が赤くなってくる一夫。
靖子、にやにやとしながら、わざと一夫のまわりをしつこくじろじろと見てからかう。
「なんだ、よせよ」と、靖子を突き飛ばそうとして、その手が靖子の胸のふくらみにふれてしまう。
靖子、飛び退き、胸を押さえて
「あっ、痛いじゃない」
一夫、あわてて、あとすざりして
「お前がふざけるからだ!」

その一夫のあわてぶりを可笑しそうに笑ったかと思うと、けろりと落ちつきはらったように靖子、
「ね、ボート乗ろう、ボート、そしたらおっぱいにさわったこと内緒にしてあげる」
「ばばばばばかいうな! へんなこというな、いつおれが」
「いいから、行こう、ほら」


一夫の手を引っぱっていく靖子。目を丸くしたまま引っぱられていく一夫。


●水のない池、ガラクタの山

すでにうす暗くなってきたなかでしゃがみ込んで黙々と捜している一夫と老人。

「あった!、これでしょう」老人の手には泥のぎっしりと入り込んだ錆びついた籠がある。
「あ、そうかな、そうかもしれないけど、どうでしょうか」
「これですよ、これ、あー見つかってよかった」
老人の手にある籠をじっと見つめる一夫、うれしそうな老人の顔をみて、
「はあ、どうも、それかもしれないですね、そんな気がします」
歯を見せていかにもうれしそうな老人、一夫にその籠を渡しながら、
「どうです、こうして捜してみると思い出すでしょ、いろいろ」
「ええ」受け取った籠の泥をかき出し始める一夫。

老人は立ち上がって、腰を押さえながら、水のない底を夕日にさらした池を見て、

「たまには、いいもんですよ、こうして沈んでたものを引き上げてね、思いでの汚れを落としてね、
必要じゃないかな、こういうの今の人、気持ちの余裕ね」
満足げにたばこを吸う老人。

「あっ!」
一夫のかき出す泥の中からきらりと光る物が落ちる。
「なんか、ありましたか」
落ちたそれの泥をきれいにぬぐって老人の目の前に差し出す一夫。
「ブローチ?」
「こんなとこに、一緒になって沈んでたんだこれ、靖子のやつ、捜してたんですよ、このブローチ」
「へーっ、そう、よかった、いや、よかった」
ふたり、しみじみとそのブローチを見つめる。ふたりの目がきらきらと輝いてくる。

「でも、どうやってこの中に入ったんだろ・・」
「初恋の想い出を収集してたってわけだ、その籠」
「ええ・・」一夫、少し照れて、ブローチを夕日のほうにかざして見る。
「なんか、ひさしぶりに会いにいく口実になりそうです」
「ああ、それはいい、そうしなさい」
ふたり顔を見合わせて微笑みあう。

水のない池の底では、まだ作業する男達の影が動いている。


(
第二回おわり)
次回は「わたしの場所です。

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