SHORT STORY ROOM
ショートストーリーの部屋 第一回 「少旅行」

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少 旅 行
・・・・・



● 走る電車のなか、一夫と靖子が言い争っている。

「こんなのが旅行って言えるの」
「いつまでも、うるさいな」
「奥多摩のどこが旅行よ」
「いいじゃん、渓流見れるし、とりあえず、山と川あるし」
「自分のことしか考えてないんだから」
「遠く、行きたいならひとりで行けよ」
「ひどいね、あきれる、あー、やだ、やだ」
・・・・・・・・・・

電車はそれでも、だんだん緑の山肌を見せて来た風景の中を走ってくる。

雑誌を読んでいた靖子。

「なに考えてるの」
「ん、いろいろ」
「そう、いろいろね」
雑誌に目を戻しかけたところへ
「俺さあ、あまり旅行したがらないの」
「え、なに?」
「多分、子供の時、よく旅行させられたせいだろうな、よく聞くだろ、そういう話」
「わたし聞かないわよ、そんな言訳みたいな話」
「じゃ、めんどうくさくなった、ってことにしとく」
「・・尾道とか神戸とか横浜とかでしょ、さんざん聞いた」
「じゃなくてさ、オフクロとさ、親父のとこへ行くわけだよ、汽車乗って、その時なにが一番不安だったと思う?」
「久しぶりにおかあさん、取られちゃうこと」
「あほ、行く時の汽車のなかの話だよ。駅に止まる度にオフクロ、弁当買ってこようか、
とかジュース買ってこようかとか言って、財布持ってホームに出て行くワケ」
「その、どこが、不安なのよ」
「俺はさ、小さいわけだろ、まだ、4〜5才だよ。汽車が出ちゃうんじゃないかって、
オフクロが乗り遅れて、俺ひとりで、動き出した汽車に取り残されてさ」
「あほらしい、臆病者」
「ばか、何度もだぜ。最初の頃はそうでもなかったけど、何回か、
ホントに動き出したことあるんだ、オフクロ戻って来ないうちに」
「それで、乗り遅れたのおかあさん」
「走り出して暫くしてさ、立ち上がって、内心べそかいて出入口のドア見てた俺の背後にさ、
駅弁持って立ってた。あれは、忍び寄ったという感じだな・・」
靖子はあきれるしかない。
「ちょっと、・・マザコンよね。それ」
「もう少しで、乗り遅れるところだった、とか言って。そういうことが重なってきて、
俺もびくびくしながらも顔にださないように、じっと座って待ってるようになったけど」
「はあ・・」
「今、考えるとあれはオフクロ、わざとやってたとしか思えないな。
いたいけなガキが不安で青くなってる姿をさ、サディスティックに見て楽しんでたと、そう思う」
「なによ、ひとりで納得しちゃって。気持ち悪い」
・・・・・・・

風景は移り、車窓に山や川が見えてきた電車は速度を緩め、アナウンスは次の駅の名を知らせている
「次、降りてみようか」
「え、奥多摩じゃないの?」
「いいんだよ、渓流見えてるじゃん、山見えるし、かえって人、少なくていいかも」
「まあ、いいけど、よっぽど、好きね、水のあるとこ」
「子供の時、住んでたろ。川の流れる音、いいだろ、ヤスラグー、俺の、なんか原点かも」
「まったく、・・いよいよって感じね、おたくのノスタルジー病も」
・・・・・・

● ちいさな駅の前でふたりは、まわりを見廻している。

「ほんとに降りたの、わたしたちだけね」
「泊まるところぐらいあると思うけど・・」
・・・・・・

歩き出して暫くすると渓流の流れる音が聞こえてきた。
その方向へふたりは誘われるように小走りに行くと、木々の隙間から川が見えてくる。
水煙をたてて、連なって立つ狭い山肌と山肌の間を流れる川の音がどんどんと響き渡ってくる。

そして川辺に走り降りたふたりは、すっかりはしゃぎ出していく。川の水に足を浸した一夫と靖子。

「どうだい、正解ってことだろ、こんな場所、東京のすぐそばにあるんだぜ、
遠くまで行かなくったって、うーぜいたくー」
「ほんとね、なんか中国の山水画に出てくるみたいな眺めー」
上流を辿るように遠くに目を向ける靖子。

ふたりは暫し、子供のように水をかけあったりして遊ぶ。・・・・・・

● 吊り橋のある場所
渓流をまたいだ吊り橋をふたりは渡ろうとしている。先にさっさと渡り始めた一夫、振り返り、
「揺れるぞ、気を付けろ」
「ちょっと待ってよ、こういうとこだめなんだから、高いとこ」
「下、見ないで渡れば大丈夫だよ、先、いくぞ」
靖子は慎重すぎるほどの足どりで一歩一歩、渡り始める。
「冷たい男」

渡り切った一夫が、靖子を待っている。
「早くしろよ、日が暮れちゃうぜ」
つい、靖子、視線が川底に向いてしまう。
「あーっ、目が回りそうー」
そのまま、その場にしゃがみ込んでしまう。
「なーに、やってんだよ、早く来いよ、臆病者」
「ちょっと来てよ、一緒に渡ってよ」
靖子、橋のまんなかでしゃがみ込んだまま、哀れっぽく手招きをする。
「まったく、世話のやける・・」
足早に靖子の方に近づく一夫。その勢いで、吊り橋が左右に揺れ始める。
「わーっ! もっとゆっくり歩いてよ、揺れるじゃない」
いらいらした表情になった一夫がその声にかまわず、わざと揺らすような強い足どりで靖子のほうに近づいていく。
靖子は橋げたに両手をついて、這いつくばるような恰好で情けない姿だ。
その姿に、鋭い視線になった一夫が、橋のなかほどで仁王立ちし、その両足で吊り橋を大きく左右に揺らし始める。

「立て! いいかげんにしろよ、なんだ、その恰好は、橋ぐらい自分で渡れ」
「やめてよ! なによ、ひどいじゃない、高いとこだめだって、知ってるじゃない!」
顔を見合わせ、にらみ合うふたりに、

水しぶきを上げ、今までより大きく圧倒するように川の流れの音が響き渡る。・・・・・

● 逆方向に走る電車

ふたりは向かい合わせに座りながら、そっぽを向いてる。

憎々しい表情の靖子が、切り出す。

「サディスト! 冷酷非情」
一夫は目を閉じたままである。
「おたくのそういうとこ、ほら、さっきのおかあさんの話からすると遺伝よね、きっと、間違いないわよ」
頬をぴくりとさせながらも一夫は目を閉じたまま応えない。
怒り冷めやらずの靖子は、その座席の底を蹴飛ばす。
・・・・・・・・

車窓の外の景色には民家が増えてきている。
次の駅を知らせるアナウンスが聞こえる。
ぐっすりと、寝入っている一夫。
電車は駅に近づき、スピードを緩める。
「この電車は、当駅に3分ほど止まります。・・」というアナウンス。
寝入っている一夫を突つく靖子。
「ちょっと、缶コーヒーでも買って来るわね」
財布をバッグから取り出した靖子、ホームへ出て行く。
一夫は寝入ったままである。
・・・・・・・・
● 一夫の「夢」のなか、そこはモノクローム色の汽車のなかである。

・・止まった汽車の座席から、身を乗り出すようにホームを覗いている5才の一夫がいる。
ついに発車のベルとボーッという汽笛が鳴り渡る。
がたんごとんと動き始める汽車の車輪。
泣き出しそうな顔で立ち上がり、車内の出入口を見る一夫。
そのドアはいつまでも開かず、誰も入ってこない。
・・・・・・・・・
● 途中停車の駅

靖子がホームの自販機をこぶしで叩いている。
「なによこれー、出ないじゃない」
改札の方を見て、駅員を捜す。
「すみませーん、出ないんですけど」
いかにもめんどうな、という顔の駅員が出てくる。
「出ない? ちゃんと入れたの・・ふつぶつ・・」

「(小声で)失礼ね」「早くしてください、もう・・」
ホームの電車を気にする靖子。
・・・・・・・・・

● 電車のなかの一夫

うなされながら、目を覚ます。車窓の外は景色が移動している。
隣の席に寝ぼけた顔を向ける一夫。
靖子の姿のない座席をぼんやりと、考えるように見ている。
その一夫を、夢のなかの5才の一夫に、よく似た顔の子供が斜め前の座席からじっと視ている。
ぼんやりとした一夫が、その子供の顔を見、思い出したように回りを見廻しながらつぶやく。

     「あれー・・・、お母さん、お母さん、・・・」
ややあって、目が覚めたようにはっとすると、
     「・・・じゃなくて、と、靖子・・」
一夫を視ていた子供が笑っているのに、ばつの悪い顔をして、とぼけたように外を観る一夫。
・・・・・・・・・

● ホームでひとり、ぽつんと、缶コーヒーを持った靖子が、
次の電車を線路のむこうを覗くようにして待っている。



(おわり)
(この設定はちょっと古いですが、内容は時代を問いません。よね)

次回は「水のなかの時間」です。
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