SHORT STORY ROOM
ショートストーリーの部屋 第四回 「放課後の時間割」

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放課後の時間割
・・・平均的時代の平均的少年の一日、さえも・・・



●斎藤家のある住宅街に、春めいた朝日が明るく光りを伸ばしている。

●斎藤家のダイニングキッチン


一夫の母、信子が朝食の支度をしている。

(二階のほうへ大声で)一夫、ちょっとあんた、早く起きなさいよ」

●二階の一夫の部屋では、ベッドに潜り込んで寝ている一夫が、
へらへらとした顔で夢を見ている様子。

●ダイニングキッチン


テーブルに整えられつつある朝食。

(二階にしかめ面をむけて)まったく、ぐずなんだから、毎日、毎日」
二階に上っていく信子。

●一夫の部屋

信子のドアを強く叩く音。

「ちょっとお、開けるわよ、早く起きてよ」
ドアを開けられて、やっと目を覚まし、体を起こして寝ぼけた顔を向ける一夫。
「まいるなー、もう朝かよ、今日、休もうかな」
「なにバカいってんの、(鼻をつまみ)う、男くさーい、
まったく子供のくせに臭いだけは一人前なんだから」
「起きた早々失礼だな」机の時計をみる。
「げ、こんな時間かよ、もっと早く起こしてよ」パジャマをあわてて脱ごうとして
(信子の顔を見て)ちょっとお、着替んだから、出てってよ」
「へん、子供のくせに偉そうに、窓開けといてよ掃除するんだから」
信子、階段を降りていく。
一夫、着替えが終ると机の上に散らばっているノートや筆記具をカバンにほうり込む。
机の前の壁にはクラブ仲間との旅行の記念写真。一夫と靖子が隣り合せ。

●ダイニングキッチン

テレビ画面の時刻のテロップを気にしつつトーストにかじりついている一夫。
洗濯物を抱えて入ってくる信子。

「あんたのシャツとズボン、帰ったら出しといて、クリーニング出すから」
(がぶ飲みした牛乳を口のまわりに付けながら立ち上がり)さてと、急がなきゃ」
玄関にむかう一夫を追ってきて信子、
「はい、ハンカチ。ほかに忘れてるもん、ないの」
「いいよ、昨日の、ポケットにまだある」
「なにいってんの、それ出して」
(ズボンのポケットからハンカチを出して渡し)ぼやぼや、してると遅刻しちゃうよ」
信子、渡されたハンカチを見て、
「なあに、いつも使ってんの、きれいなままじゃないの、トイレとか食事の時とか、手、洗ってんの」
「いいだろー、いちいちうるさいな」
靴を履き終り行こうとする一夫のズボンを掴んで新しいハンカチを後ろポケットに押し込む信子。
「気いつけんのよ」
「あいよ」

●一夫の中学・教室

牛乳瓶の底のような眼鏡を黒板にくっつけるようにしてチョークの字を並べている教師。
なかほどの席の一夫と仲間3人が教科書を前に立てて弁当の早食い中。
あきれ顔で見ている女子生徒のなかに靖子の顔もある。

●同・廊下

休み時間。生徒たちが立ち話などしている。
トイレから濡れた手を振りながら出てくる一夫。
近くにいた女子生徒、靖子たちがキャーと声を上げて避ける。

靖子「まったくう、汚いわね、ちゃんと拭いて出てきなさいよ」
(ふざけて)うるせえな、おら、おらー」と、靖子たちに向かって激しく濡れた手を振る一夫。
きゃー、きゃーと大袈裟に逃げる靖子たち。
平然と満足解の一夫。

●午後の陽射しも柔らかくなった中学の校舎
グランドでは部活の生徒たちが練習している。

●図書館・館内

入ってきた一夫、なかを見渡す。
靖子の姿を捜すが見つからず書棚をひとつひとつ見て歩く。
奥まった書棚の前で、踏み台に立って最上段の厚い本に手を伸ばしている靖子をみつける。
床には数冊の本が積まれている。

一夫、近寄ってきて見上げて、

「そんな、上のほうの、難しいのばっかだろ」
一夫を見おろして靖子「ま、おたくの頭じゃね、デリカシーという問題もあるわけだし」
その皮肉にむっとした顔をして一夫。
「なんだよ、人、呼び出しておいて、このお」
と、ふざけて踏み台を軽く蹴る。
意外に台が揺れて、靖子、足を踏み外し
「わー、きゃー!」と転げ落ちる。
(膝を押さえて)痛ったーい」
あわてて、青くなった一夫。
「大丈夫か、ごめん、まさか、軽く蹴っただけなのに」
靖子、にらんで「野蛮人!」
靖子の膝、擦りむいた後に血がにじんで来る。その膝を突き出し。
「あー、ほら、どうしてくれんの」
そういう靖子の少しめくれたスカートの奥の白い下着がちらりと見え、一夫、ぼーっと見てしまう。
その視線に気付いた靖子あわててスカートを直す。
(舌をだして)すけべー」
(とぼけて)なんだ、人が心配してりゃ」
(再び大袈裟に)痛ったーい」
「擦りむいただけか、挫いてないだろな」
「血、でてんのよ、なんか、お詫びの品とかあるわよね」
「まったく、おまえ、ケガしても可愛げねえな」
一夫、ポケットのハンカチを出して靖子の膝に「ほら」と投げる。
「へー、こんなの一応持ってんだ」
「いいよ、それやるよ」床に積んであった本を抱えて机のあるほうに運んでいく一夫。
「血、いっぱいつけてやるー(と膝にぺたぺたとハンカチを押し当てる靖子)
立ち上がり一夫を追っていき「ほら、ありがと、返すわ
(と一夫の胸のポケットにハンカチを押し込む)

靖子、出口に向かって走りながら「その本、部室に運んできてね、お願いしっまーす

その靖子を見送りながら、一夫。

「ちぇ、なんだ、あいつ。女ってのは洗ってお返ししますわ、とか言うもんだろ、
なにがデリカシーだよ」
机に本の山を置いて、胸のポケットに詰め込まれたハンカチを取りだし、
ズボンのポケットにしまおうとするが、
ふと思い直し、そのハンカチを開いて白い布地の表面に染み着いた赤い血を見る。
しばらくじっと見て、 ややあって変な想像を振り払うように、また、ズボンのポケットに押し込む。
まわりの視線を確かめるように見回し、
安心したようにほっとして机の本を胸に抱えて出口に向かう一夫であった。


●新聞部の部室


本を抱えて入ってくる一夫。
中では中央の大きな机を囲んで靖子とほかの女子部員が記事の原稿を書いている。
靖子、入ってきた一夫を見て、

「あ、本、そこ置いといて」
「人使い荒いな、俺はれっきとした雇われカメラマンなんだからな」
「おたくの写真、今回、余裕あんだから、そのくらいいいじゃない。
こんな美人部員に囲まれてんだから、 ありがたくて、おつりでるわよねー」
とほかの部員に同意をもとめる。
一夫、ちぇ、と舌打ちし隅の椅子に腰掛けひと休みするが、
すぐに机の上に置いてあったズームレンズ付きのカメラを取りファインダーを覗く。

●ファインダーのなか

部室の壁、机、棚そして原稿を書いている女子部員が写る。
ファインダーの四角い画面が靖子の正面で止まりズームされ、靖子の顔が大きく写る。
そして、画面が靖子の白い胸元の肌に暫く、くぎづけになる。
靖子が顔を上げようとして、あわてて一夫、立ち上がり窓の外のグランドのほうにカメラを向ける。

「まーた、覗きですか、今日もテニス部かしらー」
「ばか言え、報道写真家だぜ、俺は」
とは言え、耳が赤い一夫であった。

●一夫の家・ダイニングキッチン(夕)

テレビの前でクッキーを噛っている一夫。
一夫のシャツとズボンを洗濯しようと手に抱えた信子が入ってきて、

「あんた、晩ご飯まで待てないの」
「おやじ、また、遅いの」
「そうよ、あんたより早く出て、遅くまで仕事なんだから、感謝して、いたわってあげんのよ」
「おかあさんも、いたわってあげなよ、浮気されないようにね、へへへへへ」
「なに生意気言ってんの(と言いつつ一夫のズボンのポケットのハンカチを取りだし)
・・今日は使った見たいね、あら、血がついてるけど、どこかケガでもしたの」
「べつに」
信子、近寄り、「べつにって、じゃあどうして血なんかついてんのよ」
「知らないよ、いいじゃん、うるさいな」
「知らないって、なにいってんのよ、訳のわかんない子ね」
と、怪訝な表情でハンカチを見つめる信子であった。

●こうして、ささやかな秘密とともに斎藤家の一日も終ろうとしていた。
この住宅街にある、どの家も穏やかに夜を迎えているようにみえる・・・。

(第四回おわり) 1999.2.9


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