SHORT STORY ROOM
ショートストーリーの部屋 第三回 「私の場所」

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私の場所

 

●飲み屋・その店内

女主人が修一を問い詰めている。
「あんたじやなきゃ、誰だっていうのよ、とぼけないでちょうだい」
修一は青くなって、吃りながらしきりに訴える。
「信じてください。私はそんなことしていません」
「じゃあ、誰なのよ、まさか健ちゃんだなんて言うんじゃないでしょうね」
調理場の奥で仕込みの鍋をかき回しながら健児は、そ知らぬ顔。
「いつまでもとぼける気なら、今すぐ出てってもらうよ」
「おかみさん、本当に私は盗んじゃいません、勘弁してください」
「そうかい、どうしてもしらを切ろうっていうわけかい、じゃあ、しょうがないね、
出てって貰うしかないようだね、給料は出せないよ」
「待ってください、本当に私じゃない。(健児のほうを見て)なんとか言ってください、
あんたがやったんだ、どうして私が首にならなきゃならないんだ」
健児、睨みつけるような目をして振り向き近寄ってくる。
「なんだとこのやろう、俺が泥棒だっていうのか」
健児、修一の襟首を掴んで睨みつけるようにするが、修一の視線をはずしている。
背後から、女主人が甲高い声で、

「ふざけた男だよ、健ちゃん、構うことないよ、叩き出しておやり」

●飲み屋・店の前

店の玄関が開けられ、修一が突き跳ばされて倒れるようにして出てくる。
ボストンバックが続いて、その修一の胸に投げられてくる。
健児、玄関から顔を出し、

「前科者は信用できねえんだよ、悪く思うな」
閉じられた玄関をじっと見つめ、その場に立ち尽くす修一。


●街・夜

雪がちらついて来た街を人混みにまじって歩いてくる修一。
うつむき、力ない足どり。多くの人が追い越していく。
突然、後ろから突き跳ばされ路上に倒れる修一。
見ると酔ったサラリーマン風の男ふたりが修一を見下ろして笑っている。

「ぼやぼや歩いてんじゃねえよ、ジジイ」


●街なかの小さな公園(夜)

だいぶ雪が強く降り出してきた公園。その雪が地面を白く埋めつくし始めている。
修一、よろけながら歩いてくる。そして、白く雪の積もったベンチの前で立ち止まる。
修一の声「もう行くところがない。なんて人生なんだ、一度、間違いを犯しただけだ、
それで人並には生きられんのか、どこに人の罪を責められるような、
まっとうに生きている奴がいるっていうんだ」

修一の背後に数人の人影が現れる。
振り向くと、黒いジャンパーの4人の若い男達が修一を取り囲みはじめる。
そのうちの一人がナイフを修一の目の前にちらつせて近寄ってくる。

A「ジジイ、おとなしく金を出してくれねえかな」
修一、絶望の眼差しで男達を見据える。そして、修一の喉からは、うなるような声が出てくる。
「金だと、私から金を奪おうっていうのか」
修一、自らその若い男達の前ににじり寄って行く。
「金なんか、あるもんか、お前たちほど力もない、時間もない。あるのはお前らや、
この世に対する恨みばかりだ!」
修一の眼から涙が溢れている。そして男達のひとりに殴りかかっていく。
しかし、すぐに男達に両腕を掴まれ何度も殴り返される。地面に叩き付けられ、烈しく蹴られる。

B「なんだ、このジジイ、気でも違ってんのか」
修一、地面の雪のなかに顔を埋められて男達に蹴られ続け、その雪のなかから顔を上げようとして言う。
「殺したきゃ殺せ! 未練はないぞ」
C「(仲間の男達に)おい、もうよせ、ほんとに死んじまうぞ」
つばを吐きかけるようにして修一を残し、口笛を吹きながら去っていく男達。
黒いジャンパーの背には髑髏のマークが大きく蛍光色に光っている。
・・・・・

降りしきる雪、公園のなかもまわりもひっそりとしてくる。
地面にうつ伏せに動かない修一の身体。
真っ暗闇の天から、強く降りしきる雪。その勢いはさらに増してくる。
その雪に埋もれていく修一の身体。
・・・・・・
倒れている修一の身体から、半透明の修一の魂が立ち上がる。
雪に埋もれていく自分の身体を見ている。
修一の魂の声(その身体をまじまじと見つめるようにして)これが私の最後か、みじめなもんだ」
ただ黙って、降りしきる雪に埋もれていく自分の身体を見つめ、立ち尽くしている修一の魂。


●空中から見下ろす青い海

空中にある修一の魂の視線から下には瀬戸内海の青く温かな輝きの海、そして島々がパノラマに見えている。
「ああ、懐かしい、私の故郷だ、こんなに美しかったんだ」
修一の顔には至福の表情がある。

●尾道・海・港

港のフェリーにつぎつぎと乗っていく、車、人並、そのなかに自転車の高校生の男女もいる。
女子高生の賑やかな会話、笑い声が上空から見る修一の眼に輝いて見える。
修一の魂の声「美しい風景だ、あんなに楽しい、輝いた時が私にあっただろうか、思い出せない」
海上を渡るフェリー、波がきらきらと陽に輝いてまぶしい。

●尾道の坂と町並み

静かで、のんびりとした町の間を幾重にも続く坂を、修一の視線はゆっくりと味わうように移動していく。

●空のなか

白い鳩が飛んでいる。
銃声がして、その鳩が落ちていく。
草むらに落ちていく白い鳩。
犬がその方向へ吼えながら走っていく。
まだ、生きていて必死に飛ぼうとする鳩。
犬が迫ってくる。
その時、白い鳩は羽も使わずに宙に浮き、逃れていく。
空中で半透明の修一が、その鳩を手に支えて上空へと登っていく。
下では銃を持った男と犬が驚いて見上げている。

●丘の上の小さな公園

噴水のある公園に降りてくる鳩を手に支えた修一。
「弾が羽を突き抜けているな、すぐには飛べないぞ」
傷を見て、血を洗おうと水に手を入れようとするが、
その手は水に触れることが出来ずスーッと水を突き抜けてしまう。
「水には触れない、これは身体じゃないのか、そうか、私は死んでいたんだっけ」

そこに数人の子供達が近寄ってくる。当然修一の存在には気付かない。
「おい、こんなところに鳩がいるよ」
「ケガしてる、この鳩、ほら」
「ほんとだ、大変だ、治してやらなきゃ、ほっとくと死んじゃうよ、痛そうだ」
「うちのお父さんに見てもらおうよ、薬たくさんあるからきっと鳩だって治せるよ」
「おまえんとこ、病院だしな、きっと治せるよな」
大事に鳩を手のひらに乗せる子供。
その鳩を囲むように去っていく子供達を見送る半透明の修一。
「よかった、また、なにか悪戯されるかと思ったが、
そうだ子供というのはああいうもんだった、傷ついものにはやさしかったんだ」
・・・・・・

夕日がその公園を赤く染めはじめる。
公園の丘の坂道の下に広がっていく、海までの風景を静かに見ていた半透明の修一の後ろ姿。
振り返り、夕焼けに赤く染まるひとつのベンチに眼が止まる。
「そうだ、私はこれからどうするんだ、どこへ行けばいい、このままずっと彷徨うわけにはいかない。
天国から迎えが来るわけでもないようだし、しかし地獄に落ちたというわけでもない。
いったいどこへ行けばいいんだろうか」


●街のなかの小さな公園(朝)

降り続いていた雪も止み、白く覆われたベンチ。
その側には身体の半分が雪に隠れるように埋もれた修一の身体が横たわっている。
3.4才の男女の幼児たちが雪のうえをはしゃぎながら、公園のなかに入ってくる。
雪を掴んでは互いに投げあい、きゃっきゃっと笑い転げながら。
ひとりの子が雪に身体半分埋った修一に気づいて、他の子供達を手招きし一緒に近寄ってくる。

修一の顔を覗き込む幼児。
「このひと、こんなとこで寝てるよ、風邪ひくのにね」
「へんなひとね、ちゃんとおうちで寝なきゃいけないのにね」
側にいつからか立っている半透明の修一。
修一の横たわった身体を覗き込んでいる幼児の、無邪気で純粋な瞳の輝きを見ている。
そして泪が、止まることのないほどに修一の眼から湧いて来る。
「戻りたい、この身体に戻りたい」
幼児たちが雪を払い除けてくれている修一の身体に、被さるように戻ろうとする修一の魂。
すると、半透明の修一の両腕を誰かの手が掴む。
見るとふたりの真っ白い服を着た女性が両脇に立っている。
そして、その倒れている修一の身体から引き離される。

「もう、あの身体は冷え切っていて戻れませんよ」
「あなたは、この地上でもう苦しむことはないのですよ。迎えに来ました。
これからは天国で幸福に暮らすことが出来ます」
その声は繊細でやさしく、すべての苦しみを忘れさせるように修一の耳に響く。
「しかし、私は天国に行けるような人間じゃない、なにも良いことをしていないし、罪人です」
「あなたの夢のなかであなたが鳩を救った頃、わたしたちは近くで見ていたんですよ。
あなたは充分にこの地上で苦しみましたし、深い心からの蘇りを経験しました。
もう、過去の罪のことは忘れなさい。誰もそれを問うことはありません。
今は天国に住む資格があるのですよ」
修一は両腕を抱えるように天使に抱かれ、そこを立ち去ろうとするが、
今だに残された修一の身体の雪を払い除けている幼児たちを振り返って見る。
「待ってください、でも、あの子たちと話がしたい、もう少し待ってください。
もう一度あの身体に戻してください」
「せっかく苦しみから開放されるのですよ、この機会を逃さないほうがいいのではないですか」
「お願いです、もういちど、この地上で生きてみたいんです。
私はあまりにも美しいものを見ていないことに気づいたんです、
どうか、もうしばらく」
ふたりの天使に手を合わせて懇願する修一。
その修一の瞳を、じっと深く覗くように見つめるふたりの天使は、やがて微笑みうなづきあうと、
「わかりました、また、お会いしましょう」
・・・・

●幼児たちが雪を払い除けている修一の顔に、やがて、わずかに赤みがさして、生気が戻ってくる。
そして甦るように、ゆっくりその眼が開いていく。

「あ、このひと、やっと起きたよ」
「おじさん、だいじょうぶ? 風邪ひいてない?」
顔をわずかに上げて幼児たちの顔を眩しそうに見て微笑む修一。
「ありがとう、どうもありがとう」
甦った修一の前に、幼児たちのきらきらとした瞳がある。
その瞳がうれしそうに、ころころと笑う。

(第三回おわり)


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