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アキ・カウリスマキ


Aki Kaurismki
No.2

-- ヘルシンキから「滅び行くもの」への連帯感 --
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by kitayajin

「だけど90年代を迎え、
ハリウッドやフランスのバイオレンス映画が氾濫するなか、
銃や殺人を映画で描くことが、もうイヤになったんだ。
・・・」



制作: Aki Kaurismki / Villealfa Filmproductions Oy
所要時間: 78 min.
監督: Aki Kaurismki
脚本: Aki Kaurismki
撮影: Timo Salminen
録音: Jouko Lumme
編集: Raija Talvio
舞台装置: Pertti Hilkamo
音楽:

キャスト: Matti Pellonp (Nikander) Kati Outinen (Ilona) Saku Kuosumanen (Melartin) Esko Nikkari (同僚) Kylli Kngs (女友達) Pekka Laiho (マーケットの責任者) Jukka-Pekka Palo (第3の男)

■1986  Varjoja paratiisissa (Shadows in Paradise)
 「パラダイスの夕暮れ」


  恋愛映画としてアキの最初の作品ですが、労働者の生活を描いた三部作のひとつです。(『パラダイスの夕暮れ』、『真夜中の虹』、『マッチ工場の少女』) アキ自身はこの三部作をルーザー(敗者)の三部作と呼んでいます。原作は『西部戦線異常なし』や『凱旋門』でお馴染みのエリッヒ・マリア・レマルク(1898-1970)の小説『モンテカルロに死す』Heaven Has No Favorites だそうです。この小説でも、また、それをシドニー・ポラックが映画化した『ボビー・デアーフィールド』Bobby Deerfield (アル・パシーノとマルサ・ケラー主演)でも、ストーリーはカーレーサーが無垢な乙女と恋をする内容ですが、この作品ではカーレーサーがゴミ車運転手になっているところがアキらしい。

  スーパーのレジの娘(カティ・オウティネン)とゴミ車運転手(マッティ・ペッロンパー)のぎこちない恋物語です。厳しい現実社会のなかで、傷つきながら、汚れながら、「幸せ」をさがす若い二人。そのぎこちないラブストーリー、やれやれと思わせながらも、なんとなく共感が沸く映画です。 初めてのデートでビンゴー場に連れて行くようでは、「花束」をつき返されて当然です。
 二人きりで旅にでて、最初に泊まったホテルでも何もなく終わってしまうぎこちなさ。 それでも、南フィンランドのハンコーの町外れの人気のない砂浜で、黙って並んで座ってバルト海を見つめる二人。初めてのくちづけ。 新しい職場では、職場の上司が何かとイロナに言い寄ります。社会的なステータスがニカンデルよりずっと高い男のプロポーズに彼女の気持ちも傾きかけますが...最後にはニカンデルを選ぶイロナ。 一見どこにでもあるような恋物語。 アキはこの映画で何を訴えたかったのでしょうか?

  印象に残ったのは、主人公ニカンデルの次の台詞でした。
「俺はニカンデルだ。前は屠殺場作業員、今はゴミ収集車の運転手だ。色男でもないし、頭のほうも大したことない。肝臓もかろうじて動いているん程度だ... こんな俺に何を期待しろと言うのだ?」
 この言葉がイロナの心を開いたようです。この心の微妙な転換がこの映画を理解する鍵かもしれません。 ゴミの中から見つけた一枚のLPレコード。耳にあてた時に一瞬ロックのリズムが聞こえました。きっとロックのLPなのでしょう。
「ゴミの中からニカンデルが見つけた宝物」これがこの映画の最大のメッセージなのでしょうか?
 アキも奇妙なホテルのレセプション係りのちょい役で顔をだします。

 ●Tendernessのコメント
 ああなるほど、主人公の男を観ていて、彼はこういう登場人物を好むのだ、と感じ始めた作品。 一介の労働者、生活者、弱者のささやかな幸せへの願望。 不器用でも恋は恋、愛は愛・・。誰に優劣などあるだろう。いや、むしろ力なき者がゆえに顕現するものが「愛」ではないか。
制作: Aki Kaurismki / Villealfa Filmproductions
所要時間: 86 mins
監督: Aki Kaurismki
脚本: Aki Kaurismki
原作:シェークスピアの戯曲『ハムレット』
撮影: Timo Salminen
録音: Veikko Aaltonen, Jouko Lumme
編集: Raija Talvio
舞台装置: Pertti Hilkamo
音楽 Dimitri Shostakovich, Piotr Tchaikovsky Rich Little Bitch (Melrose) Topi Sorsakoski Yyteri twist (Timo Jmsen & The Strangers)

キャスト: Pirkka-Pekka Petelius (Hamlet) Kati Outinen (Ophelia) Elina Salo (Gertrude) Esko Salminen (Klaus) Esko Nikkari (Polonius) Kari Vnnen (Lauri) Hannu Valtonen (Simo) Mari Rantasila (Helena) Turo Pajala (Rosencranz) Aake Kalliala (Guildenstern) Pentti Auer (父) Matti Pellonp (ガード)
■1987  Hamlet liikemaailmassa (Hamlet Goes Business)
 「ハムレット ゴー ビジネス」 (Amleto si mette in affari)


 シェークスピアの悲劇ハムレットをベースにした映画やTVドラマは世界で50以上もあるそうですが、それらのうちで、ロ ーレンス・オリビエの『ハムレット』(英)、エイムンタス・ネクロシウスの『ハムレット』(リトアニア)、パトリス・シェローの『ハムレット』(仏)、グレゴリー・コジンチェフの『ガムレット』(露)、黒澤明の『悪い奴ほど良く眠る』(日)などが有名です。
  ここにアキ・カウリスマキの『ハムレット ゴー ビジネス』も仲間に加えたいところです。最近のものでは、ニューヨーク独 立派の監督マイケル・アルメレイダの『ハムレット』があります。この作品はアキの『ハムレット ゴー ビジネス』にヒントを得た作品だそうですが、原典のビクトリア朝の英語の台詞に忠実で、それと現代ニューヨーク生活とのギャップを逆さに 取った面白さを狙った作品なので、ニューヨークの雑学にも、シェークスピアの原典英語にも明るい人でないとちょっと歯がたたない作品です。

  アキの『ハムレット ゴー ビジネス』は舞台を現代のフィンランドの企業世界に移したものですが、ストーリーの大筋は原作に忠実です。アキはこの映画でシェークスピアの悲劇に風刺とファルスを注入したといえます。半分悲劇で半分喜劇といったほうがいいかもしれません。この意味では、主演のハムレットを演じるピルカ・ペッカ・ペテリウスははまり役かもしれません。彼はフィンランドの有名な喜劇役者ですが、難しい役割をよくこなしています。一見狂気に支配されたかに見える男の冷厳さをうまく演じています。またオフェリア役のカティ・オウティネンも難しい役をこなしています。

 この映画の最大のメッセージは「一番予測の難しいところから、破綻はやってくる」人生これファルス、まさに茶番劇」ということではないでしょうか?ハムレットは最後に、思いもかけずお抱え運転手に殺されてしまうのです。
 それからアキが良く使う小道具にラバーダックがあります。よく子供がお風呂の中で遊んでいる、プラスチック製のアヒルのことです。映画のなかでこの大財閥は余分な事業部門をすべて売り払って、ブランド商品「ラバーダック」に集中しようと真剣に考えます。もちろんこれはアキの風刺なのです。当時、画一的な大衆文化が世界中に浸透する中で、学生層を始め、若者達が自虐的に自らの世代を「ラバーダック」あるいは「Quak」と呼んで面白がる風潮がひろがりました。 アキもラバーダックは俺のサインだというようなことをどこかのインタビューで述べていました。ラバーダックは『白い花びら』にも出てきます。ラバーダックは大衆消費文化製品のシンボルなのです。

制作: Aki Kaurismki / Villealfa Filmproductions
所要時間: 6 min.
監督: Aki Kaurismki
脚本: Aki Kaurismki
撮影: Timo Salminen
録音: Jouko Lumme
編集: 舞台装置: 音楽: Leningrad Cowboys

キャスト: Nicky Tesco (脱獄囚) Marja-Leena Helin (恋人) Mato Valtonen (官憲) Sakke Jrvenp (官憲) Silu Seppl (バーテンダー) Saku Kuosmanen (レセプショニスト)
■10.1987  Thru The Wire  「ワイヤーを通して」

 パパ・ローチの『Walking thru barbed wire』を思い出させるタイトルの白黒6分間のレニグラのプロモーション・ビデオです。

  アラバマ州とユタ州の間のある刑務所を脱獄した囚人(ニッキー・テスコ)は恋人(マルヤ・レーナ・ヘリン)を探して町にやってきます。場末の安宿に投宿。客があまりいないのにやけにタバコの煙の漂う安酒場ではレニグラが奏でている『Thru the wire』のサキソフォンの音が悲しい。
 舞台に上がり和唱するニッキーのロック・バラードが冴えています。
 ニッキーはそこで追手に見つかり、官憲(サッケ・ヤルベンパーとマト・バルトネン)に追いかけられるが、駆けつけた恋人のアメ車で逃亡成功。コカコーラで乾杯するエンディングはいただけないが、全体としては、音楽も映像もまあまあです。

■1987  Rich Little Bitch

 アキの幻の作品と言われるこのプロモーション映画です。アキの作品『ハムレット ゴー ビジネス』の中で、ハムレットがどこかの酒場で一人酒を飲んでいるとき、Melroseという3人組のロックバンドの演奏場面が入ります。彼らが演奏しているのは、このバンドのベスト&オリジナル・ナンバーで『Rich Little Bitch 』という曲です。そして、ここにその曲を演奏する場面がある以上、その演奏を写したフィルムもどこかにあるはずだというわけです。このプロモーション短編が存在するか否かの議論はいまだによく判っていません。

  このバンドは1980年代の後半にすい星のように現れたロックンロールのバンドです。ギタリスト兼ボーカルのトケラ、コントラバスのレパ(現在はロジャー)とドラムのヤミのトリオですが、D.A.DやGodfathersなどのバンドの前座バンドとして、イギリス、ドイツ、スイスなどを回ったのですが、ツアーの後半では、真打よりも人気が出てしまったというエピソードをもっています。全力投球で火花が散るような演奏はロックに詳しくない人でも肌で感じられます。舞台を終えると、エネルギーをすべて使い果たして、アンコールには応じられないような若者達でした。リーダーのトケラはほんの一時ですが、レニグラのメンバーだったこともあります。
 『Rich Little Bitch』は依然アキの幻の作品です。



■1987  L.A. Woman

  これもレニグラのプロモーション・フィルムです。
 ドアーズの『L.A.Woman』をレニグラが生演奏するのを単純にフィルムに収めたものです。
 途中に一部、マンハッタン、ビアフラの飢饉、レーガン大統領などのイメージがフラッシュ挿入されています。 メイン・ボーカルはニッキー・テスコです。
 特にこれと言った印象は残りません。

制作: Villealfa Filmproductions and Megamania 所要時間: 5 min. 監督: Aki Kaurismki 脚本: 撮影: 録音: 編集: 舞台装置: 音楽: Leningrad Cowboys キャスト: Leningrad Cowboysのメンバー

制作: Aki Kaurismki / Villealfa Filmproductions
所要時間: 73 min.
監督: Aki Kaurismki
脚本: Aki Kaurismki
撮影: Timo Salminen
録音: Jouko Lumme
編集: Raija Talvio
舞台装置: Risto Karhula
音楽: Melrose, Somerjoki 他

キャスト: Turo Pajala (Taisto Kasurinen) Susanna Haavisto (Irmeli) Matti Pellonp (Mikkonen) Eetu Hilkamo (Riku) Erkki Pajala (鉱夫) Matti Jaaranen (追剥) Hannu Viholainen (共犯者) Jorma Markkula (荷役手配師) Tarja Keinnen (埠頭の女) Kauko Laalo (簡易宿舎の番人) Esko Nikkari (中古車ディーラー) Esko Salminen (悪漢) Eino Kuusela, Jyrki Olsonen, Marja Packalen, Mikko Remes, Tomi Salmela, Reijo Marin, Heikki Salomaa, Veikko Uusimki, Hannu Kivisalo, Pekka Wilen

■10.1988 Ariel  「真夜中の虹」

 この作品『真夜中の虹』は労働者三部作シリーズの第2弾にあたります。
原題は『Ariel』というのですが、シェークスピアの最後の戯曲『テンペスト』にでてくる空気の精のエアリアルのことでしょうか? それともイザヤ書の29-1章にあるように、「平和の王子」の帰還を待つ町イェルサレムを指すのでしょうか?
これはとても映画らしい映画です。ストーリーがどんどん展開して行きます。
  失業>放浪>出会い>投獄>脱走>船出と、あたかも人間の運命をかえる能力があるといわれるプロスペローがそばについているようです。自由を得るための葛藤が肌で感じられるような映画です。

 北フィンランドで鉱夫をしていた主人公カスリネン(トゥロ・パヤラ)は閉山により失業し、同じく失業し、死を選ぶ年老いた鉱夫仲間が残してくれたキャデラック・コンバーティブルでヘルシンキに向かいます。途中、有り金を強奪され、ヘルシンキでは日雇いの沖仲士の仲間に加わるあたりは最新作『過去のない男』にストーリー展開が似ています。ここで若いシングル・マザーのイルメリ(スーザン・ハービスト)に出会います。このイルメリの子のリク少年がこの映画では一番印象に残りました。演技しているような、していないような絶妙な感じです。脱獄した主人公がイルメリと教会外結婚(市民登録婚のこと)を済ませてアパートに戻ります。警官隊が来るのを窓から見た少年は主人公にこのことを知らせます。
 「おまわりが来るよ、とうちゃん」
 父親のいないリク少年の気持ちが滲み出ているような、この台詞は秀逸です。
 いろいろの、屈折を経て、親子3人のフィンランド脱出作戦は進行します。 そして忘れがたいエンディングです。
 夜の闇があがり、あたかも曙に息づいた空気の精が唄うように『虹の彼方に』が流れます。
♪ Somewhere, over the rainbow, skies are blue.
And the dreams that you dare to dream really do come true. ♪

 そしてその唄に誘われるように、貨物船Ariel号に、南の国メキシコに向かう3人。今にも切れそうな、か細い夢の糸でつくられた織物のような、小さな家族の思いを託して。
 この船が嵐で難破するようなことはないと信じたいですね。

●Tendernessのコメント
 kitayajinさんもつい歌ってしまわれるように・・、オーバー・ザ・レインボウ「虹の彼方に」が流れるラストシーンへ至る物語りも、ドキドキハラハラがあって、かなり観客を選ばないカウリスマキ映画の一つではないでしょうか。
 主人公を観ていて、ちよっとだけ「アメリカン・ニューシネマ」の頃の「ファイブ・イージー・ピーセス」のジャック・ニコルソンを想起したけれど、そんな陰鬱にさせる内的複雑さを持ったパーソナリティではなく、現在をなんとか生きていこうとする彼のアクションが清々しい。ドラマチックな物語りの運びもカウリスマキ映画、初顔合せの人にもお薦め。
制作: フィンランド国営テレビTV 1
所要時間: 68 min.
監督: Aki Kaurismki
脚本: Aki Kaurismki Jean-Paul Sartreの同名の原作より
撮影: Matti Kurkikangas
録音: Lasse Litovaara
編集: Paavo Eskelinen
照明: Kimmo Kaltio, T. Jrvinen
舞台装置: Risto Karhula
服装: Outi Harjupatana, Mari Ropponen
化粧: Zoe Burtzow
音楽:

キャスト: Matti Pellonp (Hugo) Sulevi Peltola (Hoederer) Kaija Pakarinen (Olga) Kati Outinen (Jessica) Pertti Sveholm (Louis) Hannu Lauri (大公) Pirkka-Pekka Petelius (口先のうまい男) Aake Kalliala (Georges) Esko Nikkari (Karsky) Kari Vnnen (Ivan)

■1989 Likaiset kdet  「汚れた手」  Les mains sales

  1948年のジャンポール・サルトルの同名の戯曲『Les mains sales 』のカウリスマキ流の解釈です。 舞台設定も同じ第2次世界大戦時、占領下のフランスで、作品はかなり痛烈なインテリ批判となっています。残念ながら、作品全体が単調気味で、かつ奥行きが薄い印象で、カウリスマキ作品としては物足りません。テレビドラマとして制作されたためか、カウリスマキ作品には珍しく会話が多いのも、印象の薄い原因でしょうか?
  主義のためにはすべてを投げ打っても良いと考える若い野心的な主人公フーゴ(マッティ・ペッロンパー)が党内の政敵を暗殺しようとするが、なかなか実行できないのです。インテリ一流の優柔不断さ。党から与えられた暗殺命令を実行するのが嫌で事態がずるずるとずれ込んでいるのではありません。自ら希望し、志願したのです。 皮肉なことに「偶然」と「嫉妬」という、本来の動機にはまったく関係のない事態の助けを借りてやっと果たされることになります。
  主人公の妻はカティ・オウティネン演じるジェッシカ。カウリスマキ作品では寂しい、控えめな女の役が多いのですが、この作品では俗物的で、セクシーな女を好演。インテリはこの妻の目にも、魅力なき男としてしか映らないのです。テロ行為に倒れる、社会民主党の政治家をスレビ・ペルトラが端正に演じています。鋭い目つきが魅力的な俳優です。このストーリーの本当のクライマックスは8年後にやってきます。懲役刑を終えて、出獄した彼を待ち受けているものは、インテリの夢を無残にぶち砕く、冷酷な政治や権力の現実です。ショスタコビッチのシンフォニーNo.9が流れる他は、カウリスマキの映画にしては、音楽の少ないのも例外的です。

(文・kitayajin - 河田舜二)

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