マイラレポート2/4

マイラレポート11
12:00pm、レッスンが終わるとすぐにローストチキンハムとエメンタリチーズでサンドイッチを作った。久し振りのチキンハムは美味しかった。ノーマは、ご飯が食べたいだろうからお米を持ってきてあげる、と何度も言ってくれたが、私はご飯なしでも大丈夫。むしろローストチキンハムや厚めにスライスしたチーズ、全粒粉のパンが恋しかった。日本では手に入らない味だから。しかし、量が多すぎた。三日も続けて食べると、さすがに飽きてしまった。頼めば他のハムも手に入ったはずだが、食べかけのハムをそのままにして、別のものが欲しいとは言えなかった。ハムのパックを開けたとき、食べられそうな分だけ分けてもらえば良かったのに、数年ぶりの味に再会した喜びのあまり量のことなど気にかけなかった。

昼食の後、自習をする事にした。今回とったレッスン形式のいい点は、たっぷりある自習の時間だ。ゆっくり考えながらフックしていける。

フックに入る前に朝のおさらいをした。ノーマはまず最初に刺す貝を選ばせた。"Random Shells"には6種類の貝がある。パターンを選んだときに一番先に目についたムーンシェル(Moon Shell)にした。貝が決まると、「どちらにする?」と聞いてきた。5つの貝にはピンクと緑の二種類のスオッチを使うのだが、どちらを主に使いたいのかと尋ねたのだ。私はあまり深く考えずに「ピンク」と答えた。白板を背にして座っていたノーマが向きを変え、「上手じゃないのよ」と一言断った後、貝の絵を描き始めた。時々、手にした原図に目を落としながら、手慣れた絵を白板に描いていく。描き終わるとしばらく原図を見て考えていたが、やがて白板の絵にシェーディング用の番号を次々と入れ始めた。見ていると簡単そうだが、実はシェーディングを決めるのはかなり難しいことだ。2組のスオッチだけで貝をフックするとなると、最初に選ぶ貝とその配色がラグを左右する。ノーマは図に番号を書き込みながら、ときどき私の方を振り返り、注意点の説明をする。私は描き写した貝の図に番号を写しながら、やるべきことを頭にいれる。充実した空気の中、時が淡々と過ぎていった。

レッスンを受けたコーナー

おさらいが終ったところで、早速フッキングに取り掛かった。ムーンシェル、その名のように丸みを帯びた貝。マイラシェーディングの基本は「バックアンドフォース」( Back and Forth)。スオッチの濃淡を交互に刺していく。最初、この方法で丸みを出すのは難しいかも知れないと思ったが、やってみれば以外にはかどった。 貝が早く終わったので、持参したやりかけのチューリップの葉を刺す事にした。フッキングだけに時間を使える機会は滅多にない。それにこちらは刺し布がNo.10カットのプリミティブ・シェーディング、対照的なラグを同時進行させて違いを見たかった。

3:30pm、隣の住人が尋ねてきた。名前はビービーと聞こえたがよく分からない。ノーマは息子さんを迎えに行って留守だった。「ノーマはいない」と告げると、「そう、アレンを迎えに行ったのよ。また明日来る」と言いながら帰っていった。どうも隣人の行動を良く知っているらしい。私の好きなミスリードの本に出てくるイギリスの村を思い出した。

ビービーが帰った後、散歩に出かけた。外は寒かったが、どうにか保っているお天気を考えると今しかないという気分になった。散歩といってもマイラの敷地を歩くだけで充分だった。河岸に行ってみると古いボート乗り場があり、下に降りられるようになっていた。しかし、階段は急で、砂地もほとんどない。誰もいない時に冷たい河に落ちては大変な事になると思い降りるのは止めた。(続く)

散歩道
(続く)

マイラレポート12

5月26日(二日目)また、早く目が覚めた。あたりはもう白みかけていた。5:00am 起床。昨日やり残したチューリップの葉を小一時間で仕上げ、朝食をとる。8:00am 今日の授業で使う布を切り始める。バックグラウンドまで進むかどうか分からなかったが、その分も切り、刺し布の用意は終わった。


マイラ河を眺めながら、昨夕、ノーマがドライブしてくれた上流の景色を思い出した。夕食を済ませてから、北国特有の明るい夕暮れの中を、河を左手に見ながら遡行したのだが、どこまで行っても湖のようだった。マイラスクールの辺りではまばらだった家が、上流では道の両脇に程よい間隔で並んでいた。新しい家も多く、最近は、一年を通して住む人が増えてきたそうだ。たいていは自家用ボートをもっているらしく、河畔の家々の傍らには船着き場があった。なかにはロブスター漁の船をレジャーボートにしているものもあった。次の町まで行ったところで、対岸に渡り、帰ることになった。戻る途中、横道にそれた。そこは河が入り組んで流れており、橋がいくつも架かっていた。ビックリしたことに、ある橋の近くにハシグロアビ(Common Loon)が3羽いた。この美しい鳥は人見知りが激しく滅多に人に姿を見せないという。私も声は聞いたことがあるがこんなに近くでは見たことがない。穏やかなノーマもチョット興奮して、大声になるのを抑えながら、‘Loon! Loon!’と早口で繰り返しエンジンを止めた。二人で声を潜めて見ていると、鴨がよくやるように潜っては現れ、現われては潜ることを続けていた。私達のことは気にもとめていないようすだった。家までのドライブの間はアビの話題で持ち切り、ドライブのハイライトだった。

9時近くなってノーマが現われた。今日は9時から11時までレッスンを受けることになっていたが、それにはまだ早かった。学校へ息子さんを迎えに行きたいので、今日のレッスンを午前と午後に分けて欲しいという。それで、10:00amから始めることにした。この地方には公共の交通手段はなく、大学生の息子さんをノーマは毎日送り迎えしている。さて、突然できた余暇をどうしよう。チューリップのバックグラウンドを刺しても良かったが、始めると熱中しそうなので止めた。アケイディアの歴史の本を読むべきだと思ったが、英語はもう充分だという気がして気分が乗らなかった。結局、持ってきていた日本語の本を読んだ。

10:00amレッスンが始まる。まず、ムーンシェルを見せた。もう終わったのと喜んでくれたが、特別な注意はなかった。次はどれにすると聞かれたので、スティンプソンズ・コーラス(Stimpson's Colus)と答えた。昨日と違い、これからの予定を考えに入れて決めた。大きい貝かシェーディングが複雑なものを先に習い、比較的やさしい貝はグループレッスンの日に習うことにした。この貝の図案は大きく、巻き貝なのでシェーディングも複雑になりそうだった。色は緑。ノーマは昨日と同じように手慣れた手つきで貝を描き、シェーディング用の番号を入れていった。私も同じようにしてフッキングを始めた。ノーマは私がフックする様子をただじっと見守っていた。(続く)

ムーンシェル

※ Common Loon: 北米に棲む原始的な大型の水鳥。緑がかった光沢ある濃紺の頭に白い胸、首の黒いチョーカー、白い鹿の子まだらと縦縞をあしらった藍色の羽をもつ孤高な姿と、静まり返った湖畔に響き渡るぞくっとするような甲高い声が特徴。次のHPから写真と声を再生できます:
1. North; http://www.xs4all.nl/~pal/loon.htm
2. Nature of New England; http://www.nenature.com/CommonLoon.htm
※Stimpsonユs colus: 北米東海岸に棲む10cmくらいの大きさの茶色の巻貝。次のHPに写真が載っています:Hardy's Internet Guide to Marine Gastropods; http://www.gastropods.com/8/Shell_3148.html

マイラレポート13 
11:00am、予定通りフックイン(Hook-in)に行こうとノーマはレッスンを止めた。息子さんは大丈夫なのかと尋ねると、「疲れが溜まっただけ、今寝ているから大丈夫」という答えが返ってきた。ノーマはサンドイッチを作りに母屋へ戻り、私もローストチキンとチーズのサンドイッチを作った。お湯を沸かす時間がなかったので、お茶はあきらめた。

フックインという言葉を初めて聞いたのは8年前。アメリカで開かれたラグキャンプに参加する途中、古いラグを探してノバスコッチアに立ち寄ったときのことだった。キャンプやワークショップとは違って、習うのではなく、ただ定期的に集まってわいわい言いながら思い思いのラグ作りをする。それがフックイン。その雰囲気がとてもよかった。規模はイロイロ、300人も集まったものもあると聞いている。この旅でも早速、訪れる機会に恵まれた。最初の日のレッスンの後、ノーマが誘ってくれたのだ。

今回、見学するのはダウン・イースト・ラグフッカーズ(Down East Rug Hookers)のフックイン。他にカントリー・レーン・ラグフッカーズ(Country Lane Rug Hookers)というグループもあるが、そちらはスケジュール上難しかった。DERHの集まりは毎週水曜日、10時〜3時にシドニーで開かれる。古そうな、石の建物が多いコーナーで車を止め10mほど歩いた。会場のある建物も石づくりだったと思うのだが、たたずまいを思い出せない。階段を2階に上ると、縦にのびた廊下を挟んで両側に部屋が二つずつ並んでいて、突き当たりは台所付きの部屋になっていた。右手前の大きな部屋がフックインの会場で、左手には事務所と、織り機がたくさん置いてある部屋があった。会場に着いたとき、20〜30人の人がいた。まだ12時には時間があったが、みんなお昼を食べに奥の部屋に行くところだった。ノーマの指示で犬のラグを白板に貼った。後ろの方で「Blue Dog・・・・」という声がした。

私達も皆の後を追って奥の部屋に移る。コーヒーと紅茶は隣のキッチンにあるといわれ、コーヒーを貰った(実は後で気づいた事だが、部屋には「コーヒー、紅茶 25セント「寄付」のサインがついたグラスが置いてあり、小銭の持ち合わせがなく苦労した)。お昼を食べながら会議が始まった。翌週行われる催し物の打ち合わせだった。どんなことをするのか興味津々で聞いていたが、話の内容は、ノーマがお店を出すのだが、当日何時に来る予定...というような事務連絡ばかりで、全体像はつかめなかった。

昼食時間が終り、さあ、みんなのラグを見せて貰おうと思ったが、人がほとんどいなくなってしまった。同じ日に隣の部屋で特別講習会が開かれ、大半はそれに参加するか、帰ってしまったのだ。折角の機会なので講習会を少し覗くことにした。まだ始まっていなかったが、幸い講師の先生がいて話を聞くことができた。テーマは魚で、ウール以外の素材を使って刺すらしい。派手々々な化繊がほとんどだったが、こんなに布はあるのかと思うほど様々な素材が並んでいた。50〜60枚はあったのではないかと思う。確かにこれだけの種類の布を刺し布にしないのはもったいない。ユニークなのは刺し布ばかりでない。最近、流行り出した飾り物も使っていた。こんなふうにいろいろな素材を使ったラグ作りを今度やってみようと思っている。

フックイン

講習会が始まる頃、ノーマと隣の部屋に戻った。彼女はバラのラグを刺し始め、私は残った人たちのラグを見せて貰った。パターンはいろいろあったが、この地方独特の刺し方が多かった。ひととおり見せて貰ってから、しばらく私も例の貝をフックした。予定の部分も終え、早々に引き上げることになったが、地下の美術館でビクトリア朝の下着の展示会をやっていたので、ちょっと寄り道をした。それをつけていたら服を着るだけでゆうに1時間はかかりそうな下着が陳列してあった。ノーマは何でこんな格好をしたんだろうと不思議がっていたが、同感。今度ビクトリア朝の話を読んだときに、洋服のイメージが描きやすいねと二人で話し合いながら車に戻った。帰路、寄ってくれた港にクルーズ船が停泊していたが、シドニーの町にはあまり観るものはなさそうだった。ここで何をしているのだろう。(続く)

マイラレポート14
シドニーの町を車でまわった後、午後のレッスンに間に合うように帰路を急いだ。マイラの近くまで戻ったところで、ショウガを買いにスーパーへ寄るはずだったことを思い出した。私は旅先では地元のスーパーを探検することにしている。その土地にしかない食べ物がたいてい一つか二つは見つかるからだ。それに、今日は息子さんのリクエストに答えて、ショウガ焼きをごちそうすることになっていた。しかし、もう3時近かったし、まだ、1時間のレッスンが残っている。買い物に引き返す時間はない。ジンジャーパウダーならあるけれど、とノーマが言うので、少し味は違うと思ったがそれを使うことにした。残念だがスーパーに行くチャンスが消えた。

一休みして、3時からレッスンが始まった。明日は最終日でグループレッスンの日だ。貝は全部で六つ。明日、三つ刺せるとしても、今夜中に二つ終えておかなければいけない。そのためには複雑なシェーディングでは手に余ることに気がついた。計画を変更し、比較的やさしいバブル(Bubble)貝を習うことにした。いつものように説明を受け、少し刺したところで見てもらい、そのあとバックグラウンドについて話しあった。ノーマは、自分は3種類の刺し方を使い分けていると言いながら、それぞれのやり方を白板に描いてくれた。その中で、まだやったことがない刺し方をこのラグで試すことにした。ノン・ディレクショナル(Non-Directional)と彼女は呼んでいたが、『あっちこっち刺し』と訳そうかと思っている。あなたはバックグラウンドをどうしているのと聞かれ、主に『ジグソーパズル刺し』をすると答えた。初めて聞いたと言うので絵を描いて説明した。イソップ(黒い犬)を見せた時に青のハイライトに次いでコメントが多かった刺し方だ。ノヴァ・スコシア・ラグの特徴は『水平刺し』。ほとんどのラグがこの方法で作られている。 これはどこに行っても水平線がよく見えるせいではないかと考えている。

バブル

1時間はあっという間に過ぎた。「じゃあ、5時半頃きてね。それまで休む」と言い残してノーマが帰った後、ピンクに合うアウトライン用の布を選びに納屋にバブル出かけた。明日はいよいよ一番複雑なシェーディングの帆立に入る。細かく色を変えるので、アウトラインを取った方が効果的ということで二人の意見は一致していた。納屋から戻り、朝、習ったスティンプソンズ・コーラスの続きを刺した。私も一休みしたかったが、やるべきことが残っていた。無性にクッキーが食べたかったけれど、飴しか持っていない。それでもお湯を沸かして紅茶を飲みながら、5時過ぎまでフックした。頑張った甲斐あって、どうにか三つの巻き貝を終えるめどがついた。夜もまた、フックするので、フッキングの道具はそのままにして母家に向かった。(続く)                    

スティンプソンズ・コーラス

※ Common Bubble:次のHPに写真が載っています:Hardy's Internet Guide to Marine Gastropods; http://www.gastropods.com/5/Shell_15.html

マイラレポート15

夕食の後、ラグ・フッカーズのメンバーが訪れるはずだった漁村に行こうとノーマが誘ってくれた。途中まで行ったのだが、漁村の方を見ると真っ暗。それでなくても雨が多いところなのに。「雨が降っていなくてもあの様子では濃い霧が出ているわ。行っても無駄よ」とノーマは言いながら車の向きを変えた。そして、彼女が子供の頃よく遊んだという浜辺に行くことになった。波が穏やかな小さな浜辺で、安全な遊び場だったらしい。浜辺に着くといつもなら明るいはずの時間なのに辺りはどんよりと鉛色。残念ながら、寒くて水遊びをする子供たちを思い浮かべる余裕はなかった。少し海を眺めていたが、今にも雨が降り出しそうだったので引き返すことになった。

5月27日(3日目)、起きて居間のカーテンを開けてみたら、昨夜の予想どおり雨が降っていた。対岸は妙に明るいグレーに見えるだけだった。6:00 a.m. いつものように朝食の用意をしながら、お昼のサンドイッチ作り。魔法瓶に紅茶を入れて準備完了。今日はグループレッスンの日、出かけるわけではないのだが、お昼にバタバタしなくていいようにしておいた。8時近くになったので『ランダム・シェルズ』のバックグラウンドを始めた。レッスンの始まる前に少し進めて置きたい。ノーマの説明は分かり易いのだけれど、ちゃんと出来ているかどうか見てもらった方が安心できるから。9時少し前、今日一緒にレッスンを受ける3人が来た。マージョリー、エバ、ノーマ(先生と同じ名前)。お互いに自己紹介をした後、それぞれ座る場所を決めてノーマを待った。この場所選びは興味深かった。私は、みんな明るい窓側に座るのだろうと思っていたが、マージョリーとエバはそこを選ばなかった。椅子の座り心地が決め手だそうだ。

やがてノーマが現われレッスンが始まると、早速、持ち寄ったラグを見せ合った。最初に見たのはエバのラグ。彼女はマイラ近くの炭坑の町で生まれた人で、子供の頃の思い出をデザインした、いわゆるストーリーラグを始めたばかりだった。彼女が語る楽しい子供時代の話に耳を傾けながらラグを見ていたら不思議なもどかしさを覚えた。その時、私は一冊の本を思い出していた。フッカーズでのマイラ行きを決めたとき、Yさんからケープブリトンを舞台にした短編集を薦めていただいた。日本版のタイトルは「灰色のかがやける贈り物」、アリスター・マクロード著、新潮社から出ている。その中に当時の炭坑夫の厳しい生活の様子が描かれている。あるカナダ人から聞いた話だが炭坑で働く人は社宅に住み、会社が経営するお店以外での買い物は許されていなかったそうだ。その人も炭坑夫の生活は不自由でひどいものだったと言っていた。エバのご両親は見事に現実の厳しさから子供を守っている。なんと立派な責任の果し方だろうと思ったのだが、それを口に出すのは水をさすようで、ただラグが出来上がるのを楽しみにしているとだけ伝えた。ところで、この辺りの炭坑は海の下にある。横に横にと掘っていったそうだ。しかも石炭の埋蔵量は多かったが、硫黄分が多く良質ではなかったそうだ。会社も余り儲けてはいなかったのかも知れない。(続く)

エバのラグ


マイラレポート16
エバはラグを見せながら、今日は海の色を決めたいとノーマ先生に話していた。家族で行った海水浴の思い出、弟さんと泳いでいる。私は5月の海しか知らないが、この辺りの海はほんとうに静かだ。波が寄せては返す、ザンブリコという感じがない。海の色も見慣れた群青ではなく緑が混ざっている。クッシング社にアクアグリーン(Aquagreen)という染料があって、初めて名前を聞いたときとても不思議な気がした。その色がここにはある。ノーマはどんな色を選ぶのだろうと興味をもったが、「そう、後で相談しましょう。それまでやることある?」と尋ねただけだった。エバがあると答え、それを潮に私達はマージョリーのラグのところへ移動した。今考えるとノーマはラグの進行状態を見ながら、それぞれの希望を聞いて教える順番を決めていたのではないだろうか?

マージョリーのラグはポピー柄で、これも大きかった(150×80cmくらい)。ここでアンガス・バーラップについての貴重な話が聞けた。彼女がフックしていたラグはリネン地だったが、買ったパターンの地はアンガス地だったそうだ。しかし、布が歪んでいたので、許可を貰い、二日がかりで図案をリネンに写し替えたとのこと。二日と聞いてため息が出た。私だったらそんなに手早くできるとは思えない。前からアンガス・バーラップは歪みやすいので大きなラグには向かないのではないかと思っていたが、ダメだと思うことを試す気にはなれず、そのままになっていた。今回それがハッキリした。

それから、マージョリーはもうひとつ面白いことをしていた。スポット・ダイのウールでシェーディングをしていたのだ。シェーディングには、濃淡の違う三枚のウールを使っていた。スポット・ダイ法で染めたウールを用いたシェーディングは初めて見たが、コントロールが難しそうだった。もともとスポット・ダイは出たとこ勝負の染め方だ。染料や染液の置き方とその広がり方を自分の思い通りにはできない。この染色法で染めたウールを使ってフックすると偶然の面白さが期待できる。それに対してシェーディングはその効果を計算しながら刺す技法。この矛盾をどう解決していくか、かなりの挑戦になるだろう。その日、彼女は葉をフックしたいと言っていた。始めたばかりだったが出来上がったら写真を送ってくれるそうなので、楽しみにしている。

写真はマージョリーのラグ

※シェーディング(shading):色の濃淡を除々に変えていくテクニックのことで、色数が多いほど変化はゆるやかになります。花や葉を写実的にフックするときや、デザインが繊細なラグを作るときに使います(一冊のラグフッキングの本より)。
※スポット・ダイ(spot dyeing):意図的にまだら模様に染め上げる技法のこと。

マイラレポート17

三番目に見たのはノーマの作品だった。彼女は花柄の細長いラグをフックしていた。バラやパンジーなど7種の花が一列に並んだ図案だ。背景は綿のような白、花には色調の柔らかな赤、藤色、青を使っている。実際の花の色にはあまりこだわっていない。もう大分出来上がっていたが、上品で華やかな作品だった。暖かな感じのこんなラグは、冬の長いこの地にふさわしい。外から帰ったときに見たらホッとするだろう。彼女は、特に相談したいことはないけれどラグ全体の出来上がり具合を見て欲しい、と言っていた。

最後は私、出来上がった貝とバックグラウンドを見てもらった。初体験のバックグラウンドの刺し方が間違えていないか気になっていたが、問題はなかった。これで生徒の作品を一巡し、その後、個別指導に入る。最初は私、まだ貝が3つも残っているのに、じかに見てもらえる機会が殆ど残っていなかったからだ。そのままレッスンに入り、帆立の刺し方を習った。先生が板書するチャートを見て、難しそうなシェーディングだと感じた。狭い面積の中で色が頻繁に変わるからだ 。思った通り、刺している間、間違えないように気持ちを集中しなければならなかった。アウトラインを取ることにして大正解。その苦労は予想をはるかに超えていた。こんなに大変だったら、昨日習っておけば良かったと後悔した。貝はまだ2つ残っている。何度も「間に合わないかも知れない」という考えが頭をよぎったが、とにかく午前中にメドをつけようと頑張った。

帆立の説明を終えるとノーマ先生はエバのところに戻った。ときおり耳に入る二人の会話から、候補の色がたくさんあり海の色がなかなか決まらない様子がうかがえる。とても気になる。いつもならフックを中断して、見せて貰いに行くのだが、残念ながら今日は無理だった。出来上がりを楽しみにすることにした。

次に先生とマージョリーとのセッションが始まった。緑の葉もスポット・ダイで染めたウールで刺すのが彼女の希望のようだった。ところが、先生はマージョリーの手持ちのウールの中から普通に染めたものを選び、それを使うように勧めた。それでも、彼女は何故かその色が気に入らないようで、なかなかうんと言わなかった。どうしてこだわるのか気になり、休憩時間に問題のラグを見せて貰いながら話を聞いた。彼女はすべてをスポット・ダイでフックしたいのだそうだ。気持ちはよく分かったが、無理だと思った。刺し始めの今はまだ良いかも知れないが、どこかにしっかりした色を使わないとやがてメリハリがなくなる。せっかくのポピーが生きてこない。やはり、花と葉はハッキリ分けないとラグは締まらない。まずは先生の助言どおりやってみる、という彼女の言葉に安心した。

写真はノーマのラグ

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ノーマ先生との話し合いを終えた後、私達はそれぞれのラグ作りにしばらく専念した。彼女は時々、皆の進みぐあいをみてまわった。私もホタテ貝(Scallop)のアウトラインの色が適当か、刺す順番を間違えていないかみてもらったが、どちらも問題はなかった。

ホタテには放射線状に縦の筋が入っているが、そこにアウトラインを入れると筋と筋との間が狭くなってしまう。その細い隙間にスオッチで色の変化をつけるのはかなり神経をつかう。うっかりすると同じ色ばかりの平坦な貝になる。それを避けるにはどうしたらよいかと考えながら刺した。考えながら刺していてはフッキングがはかどらない。あと2つ貝が残っていると思うと気持ちは焦る...。突然、あせるのをやめよう、残りの貝は最悪の場合でもシェーディングの方法だけ教わって帰ればよいという考えが頭に浮かんだ。急いで納得のいかないラグを作ってどうする、と思った。私のラグの運命は分からないが、自分で納得できる作品を残しておきたかった。幸いなことに、貝は末広がりになっていたので先に行くほどシェーディングがやりやすくなった。それでフッキングのペースがあがった。

やがてお昼になり私達はラグ作りをいったん中止した。お昼を食べながらエバたち三人はうわさ話をしていた。話の内容は分かるのだが、前後関係を知らない私には不条理の世界、だまってきいていた。たっぷり1時間のお休みをとって元気いっぱいになった。さあ残り2つがんばろう。

レッスンが再開し、一番に次の貝を習う。他の三人は朝の続きをやっていた。何故か、午後の方が時間が経つのが早く、最後の貝はシェーディングのやり方だけを習うことになってしまった。

気づくといつのまにか4時になっていた。ここで三人が帰り、コテージは急に静かになった。
ノーマもホッとした様子だった。疲れたでしょうと声をかけたら、「今日来た人たちはやることが分かっていて、チョット、アドバイスが必要だっただけ、疲れていないわ じゃあ 6時にね」と言いながら母屋に戻っていった。私もお昼寝をしたほうが良いかなと思ったが、頭はフックを続けるようゴー・サインを出していた。マイラにいる間、睡眠時間は極端に少なかった。体は疲れているという信号を送りつづけているのに、それを無視してフッキングを続けていた。この時もお茶を飲み、ひと息いれた後、ホタテの残りとムール貝(Mussel)に挑んだ。

夕食後、最後のハマグリ(Clam)に取りかかった。あとはもくもくと刺し続け、とうとうすべての貝を刺し終えた。時計を見ると10時、意外に早かった。まだエンジンはかかったまま。すぐに床に就くのも勿体ないので荷造りをすることにした。マイラを発つのは明後日だが、明日は終日外出する。ちょっと早いがやっておくことにした。始めてみると結構手間取る。いつもならスーツケースを衣装箱がわりに使うのだが、今回は衣類をタンスの引出しにそっくり移してしまっていた。その方がリラックスできると思ったけれど、詰め直しの手間までは勘定に入れていなかった。00:00am、明日は天気が回復することを祈りつつ寝ることにした。

写真は上:ホタテ貝 中:ムール貝 下:ハマグリ

マイラレポート19

5月28日、3:00am やはり目が覚めた。まだ早いので寝なおそうと思っても、寝過ごしが気になり目がさえてくる。出発は7時と早いのだが、車を使うのでチョットの時間のズレはなんでもない。それでも、結局、もう一度眠りに落ちることはなかった。

5:00am いつものように起き、昼食用のサンドイッチを作ってから朝食にする。外をみるとこれまで最悪の日になっていた。マイラ河は霧で何も見えず、小糠雨まで降っていた。天気予報を信じてこの日を遠出に選んだのだが見事にはずれた。私達は半分冗談で、もしかしたら天気が悪くなるかも知れない、と言ってはいたものの、心の中では晴れることを願っていた。7時までにはまだ少し時間があったがフックを休んでのんびりすることにした。ラジオをつけ、本を読む。思えば、かってCBSラジオにはずいぶんお世話になったものだ。この局は殆どクラシックしか流さないのだが、時折、短いニュースの時間がある。そのニュースを録音しては、英語の聞き取りの練習をした。遠い昔の話だ。

約束の時間少し前、今日、車の運転をしてくれるドナ(Dona)が来るのがみえた。戸締りをして母屋へ行く。ノーマがすこし待っていてというので車の中でドナと話しながら待つ。彼女は、自分はトラベリングナースだと自己紹介をした。しくみはよく飲み込めなかったが、来て欲しいという所に出かけていく看護士さんのようだ。時にはアメリカへも行くそうだ。いまはご主人の健康状態が良くないので、その仕事を休んでいるという。車の運転が大好きでワシントンDCから家へ2泊3日で帰ったこともあるらしい。私も昔、ラグ・キャンプに参加するため、バージニア州の自宅からメイン州まで車を運転したことがある。そのときは途中2泊もして大旅行をした気分だったが、ドナと同じ事をしたら4泊はかかるだろう。しばらくして、母屋のそばのマグノリア(Magnolia)がやっと咲いたという話になった。マグノリアは木蓮やコブシと同属の花木の総称だ。そのとき突然、それまで何となく感じていた景色に対する違和感の理由に気づいた。木が低い。人の背丈より少し高いくらいしかない。そこに朱木蓮そっくりの花が咲いている。樹形もモクレンに似ているのだが、日本では、花をみるときはいつも見上げていた。狭い日本の庭先にひょろりと伸びた木を見上げるのと、広い敷地に背丈ほどの木が花をつけているのを眺めるのではかなり印象が違う。マグノリアと言えば、バンクーバーのプラネタリウムの前に生えていた木はどうなったろう。これはまた違った趣で、両翼にしっかりと枝を張り、威風堂々としていた。この木いっぱいに咲いた花をみるのが、春の散歩の楽しみの一つだった。

ノーマが戻ってきた。昨日、マージョリーがハンドバックを忘れていったのだが、それをどう届けるか相談するために電話をかけにいっていたらしい。マージョリーの家の近くで私達の通る道路沿いに教会がある。そこの駐車場で待ち合わせてハンドバックを渡すことになった。話を聞いた時は気に止めなかったが、実際その場に行ってみるとちょっとしたスパイ映画のワンシーンのようだった。霧の中、ガランとした教会の駐車場の片すみで、ハンドバックが手から手に渡った。霧はこの頃ますます濃くなってきていた。その中を私達はシャティキャンプに向けて出発した。

マイラレポート20

霧のためかそれとも雨のせいなのか辺りは墨色だった。しかし、墨絵とは違ってランプシェードのように内側から照らされたような明るさがあった。すれ違う車も殆どなく、聞こえるものは跳ね上げる水音とエンジン音だけ。ある種の浮遊感を感じながら走る。そんな景色を楽しんでいるうちに、ふと気づくと幹線道路に出ていたらしく目の前には車の長い列ができていた。それはまるで巨大な芋虫のように思えた。芋虫はゆっくりゆっくり前へ進んでいた。

どこでこの墨色から抜けたのかは思い出せないが、まわりの景色がみえだした頃、後ろの席にいたノーマが予定を変更しようと声をかけてきた。最初の計画ではカボット・トレイル(Cabot trail)を1周することになっていた。この道路はケープ・ブレトン・ハイランズ国立公園(The Cape Breton Highlands National Park)を含むケープ・ブレトン島(Cape Breton Island)北端を一周する全長298kmの風光明媚な道路だそうだ。トレイルといっても遊歩道とは違って、スカイラインという感じだ。でも、この天気ではドライブをしていても何も見えない、公園入口のシャティキャンプ(Cheticamp)* まで行って、そこで美術館をみて引き返そうという提案だった。ドナと私はそれに賛成した。霧のかかった山道を何時間ドライブしても楽しいはずがない。

*日本語の旅行案内などを見ると、‘Che’の部分は綴りに倣って‘シェ’となっているのだが、私にはどうしても‘シャ’に聞こえるので、ここでは記憶に残ったままの音を使う。

今日の旅の中間点付近にバデック(Baddeck) という町がある。かって、電話の発明者ベル(Alexander Graham Bell)の別荘があったことで有名な町で、トレイルの始点かつ終点でもある。別荘は「夏のコテージ」と呼ばれているが、絵葉書を見るとマンションと呼んだ方が良いような大きな建物らしい。今は公園になっていて博物館もあるそうだ。そこへ寄りたいかとノーマが誘ってくれたのだが、私は少しでも早く、アケイディアン・ラグ(Acadian rug) の中心地、シャティキャンプに着きたかったので、コテージ見学は次回の楽しみにすることにした。バデックの近くにはケルト美術館もあり、また訪れて見たいところだ。

ドナは道を実によく知っていて一度も迷わなかった。どこを走り、どこでトレイルに入ったのか全然分からないまま、いつのまにか山の中にいた。雨は降っていなかったが、空はどんよりとしていた。時折お店らしい建物をみかけるのだがどれも閉まっていた。ぽつんぽつんとあるモーテルにも人や車の影はない。シーズンがもうすぐ始まるというのにその準備をしている様子も活気もない。ドナは「写真を撮りたければ声をかけて、いつでも止めるから、行き過ぎても戻ればいいのよ」と言ってくれたが、同じような景色が続く中で決めかねているうちに通り過ぎてしまった。旅でしばしば経験する事だが、もし引き返したとしても、ここだったといえそうにない、点ではなく線でみる景色だった。

目的地に近づいた頃、「あれが“cherry”の木」とノーマが指をさした。どの木かすぐにはわからないでいる私に、何度か繰り返す。ようやく見分ける事ができた木には、微かに桃色味を帯びた白い小さな花の群れがうっすら頼りなげにかかっていた。注意しないと咲いているのかどうかさえ分からない。日本の桜は曇り空の下でもまわりを明るくしてくれる。あの花曇りのやさしさがここにはない。ちょうど芽吹きの頃で、ミントやライム色もチラホラしているのだが、どの色もその上にグレーのフィルターをかけたような色をしている。ここではお天気がすべてを決めているように思えた。いつのまにか「輝ける灰色の贈り物」を思い出していた。本の中に天候の描写がたくさんあったのはこういうことだったのだ。もう一度読みかえしてみよう。考えて見ればこの天気はこの地方の私への贈り物なのかもしれない。天気が良ければ‘ランダム・シェル’のピンクやミントにグレーをかけることなど思いつかなかっただろう。これは貴重な体験だった。

道は山の中になったり、海ぞいになったりして続いていた。海に波はほとんどなく、時として鏡のように静かだった。銅鏡のような海をみたのは初めてだった。もうすぐシャティキャンプに着く。


*カボット・トレイルに興味ある方は次のサイトでどうぞ。
http://www.cabottrail.com/

写真:見損ねたカボット・トレイルの景色(絵葉書)

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