 09:00 合戦場駅 新栃木で乗り継ぎに時間をとられたが、前回終了の無人駅に降り立つ。 |
 09:04 合戦場宿 駅からは直線で数分歩けば、街道に復帰する。 |
 09:15 升塚地蔵 裏の塚の前にはお地蔵さんと地蔵堂がひっそりとある。 |
 09:15 升塚 地名の由来にもなった1523年の合戦の戦死者を葬った塚と言われている。 |
 09:20 旧道へ 歩道も無く車ばかりで歩きにくい表通りから、しばし裏の旧道へ。 |
 09:36 県道 ほっとした裏道もまたすぐに、車ばかりの県道に戻ってしまう。 |
 09:50 北関東自動車道 青空ではあるがまだまだ寒い街道はやがて高速の下をくぐる。 |
 10:05 いちごイメージ 栃木県はいちごが名産でこの地区の地名表示はいちご看板である。 |
 10:16 薬師堂入口 金井地区というところに来ると右手に重文薬師堂入口の石柱がある。 |
 10:30 金崎駅入口 スタートして1時間半で進行方向左の奥に金崎駅がかすかに見える。 |
 10:32 旧家 どうやら金崎宿に入ったようで、新しいが雰囲気のある建物もいくつか登場。 |
 10:36 金崎宿 車が通るだけの旧宿は誰も歴史の保存に力を入れてないのだろうか。 |
 10:37 本陣跡 とは言え、旧本陣のお宅は立派な塀と庭で十分な貫禄がある。 |
 10:39 街道は右へ ここでもメイン道路とはおさらばして、旧道は右へショートカット。 |
 10:41 番外編 歩いていると時折妙なものを見つけるが、これはなつかしい松山容子の看板。 |
 10:46 小金橋 この橋の手前で旧道はまた広い道に合流し、現代は車と一緒に川を渡る。 |
 10:46 日光方面 思川の上からは日光方面に、雪をかぶった白根山、男体山などが見える。 |
 10:50 堤防 小金橋を渡ったらすぐに左折し、しばらくはのんびりと堤の上を進む。 |
 10:51 釣り人達 3月の今頃はまだ冷たいだろうに何を釣りに来たのだろう? |
 10:54 再び合流 歩き易い道はまたすぐに自動車に戻ってしまうがそれを進むしかない。 |
 11:12 磯山神社入口 海無し県で知られる栃木に「磯」という地名があるのは不思議だ。 |
 11:19 立派な門 青空の下を歩いていると右手に立派な門構えの農家が忽然と現れる。 |
 11:20 東北縦貫道 右手には典型的な派出所、左には石材屋さん、正面には高速道路だ。 |
 11:27 即売所 この辺はとちおとめの産地のようで、左右に立派な建物の農家が多い。 |
 11:30 終点近し 例幣使街道は正確には楡木宿の手前で壬生道に合流する所で終わりである。 |
 11:31 楡木追分 右から来る壬生道とこの追分でつながり、狭義の例幣使街道は終了となる。 |
 11:32 追分道標 判読しにくいが、良く見ると右中山道、左江戸道と書かれている。 |
 11:36 楡木宿 従ってこの先は壬生道の途中から今市方面を目指すという格好になる。 |
 11:42 楡木郵便局 郵便局は昔なら荷物取次ぎや飛脚などの集まる場所であろう。 |
 11:45 本陣? 郵便局のすぐ先の辺りが本陣など宿場の中心地らしいがよくわからない。 |
 11:46 成就院 境内には天然記念物の「シダレアカシ」という樹木があるようだ。 |
 11:51 木のモニュメント 奥にある材木屋さんの製作か、珍しい太い木のモニュメント。 |
 11:52 勝善神 栃木県では馬頭観音にそうとする石碑に勝善神と書かれていることが多い。 |
 12:00 湯葉屋 湯葉の製造販売「たまのや」とあるがお土産目当てではないので今日はパス。 |
 12:00 奈佐原 間の宿奈佐原に入ったようだが何の案内もなく寂しい限りである。 |
 12:08 収蔵庫 県指定の重文「奈佐原文楽収蔵庫」とあるが、なんかボロボロの建物だぞ。 |
 12:10 奈佐原神社入口 奈佐原は楡木と鹿沼の間の宿だがここに何故必要かは調べ切れていない。 |
 12:11 文楽蕎麦? 文楽が盛んだった地区のようでそば屋さんの屋号にもなっている。 |
 12:13 鹿沼名物 鹿沼は確かにさつきと鹿沼土という園芸コンビで有名である。 |
 12:25 籾山駅入り口 r298と352のダブル国道を進むが、歩道があるので安全性は高い。 |
 12:31 杉の木 この花粉の時期にと杉かとも思うが、杉も排気ガスでやられている感じ。 |
 12:32 生子神社 赤ちゃん同士の泣き声競うことで有名な生子神社の入口を通過。 |
 12:47 私の美術館 個人宅の前にこんな看板があるがいかにも人の家という感じで入りにくい。 |
 12:52 男体山 本日は北へ北へと移動しているので男体山が大分大きく見えるようになっている。 |
 13:07 鹿沼鳥居跡 鎌倉時代に日光山の遠鳥居があったらしいが、街道はこれをはさんで2本併走する。 |
 13:08 新道 江戸期の鹿沼宿設置の際、向かって左の新道が整備され今も大通りとなっている。 |
 13:17 薬王院 宿場を10分程行くと家康の遺骸が泊まったこともあるというお寺が左手に登場。 |
 13:17 薬王院境内 薬王院の内部に入ってみると三代将軍家光公の鎧塔というのがある。 |
 13:20 本陣跡 薬王院行を出てすぐ進方向右手の真新しい医院のあるところが本陣跡とのこと。 |
 13:21 脇本陣 本陣の向かいのはしだ旅館が旅籠から続いていたはずだったのに残念ながら廃業のようす。 |
 13:24 仲町屋台会館 無人の屋台の展示館があるので、ちょっと覗いていくことにしよう。 |
 13:26 展示屋台 屋台と言ってもおでんやラーメンのあれでは無く、祭りの山車のことである。 |
 13:28 蔵にスローガン 本日の行程には裕福な家が多いのか蔵が極めて多く、中心部のここには市のpr。 |
 13:35 連子格子 さすが宿場か、あたらしそうだが連子格子の風格ある建物が散見される。 |
 13:41 泉町 現代の国道の案内としては壬生道というより、広義の日光例幣使街道というのが一般的のようだ。 |
 13:42 松源寺 地蔵尊におまいりした塩を体の悪いところにあてると治るという御利益のあるお寺。 |
 13:45 御成橋一丁目 併走していた二筋が一緒になるここで本日終わりにし、新鹿沼駅に戻る。 |
 13:53 宝蔵寺 三代将軍徳川家光が寛永13年(1636)、日光に参拝に行く際、宿舎として使用されたらしい。 |
 13:59 中央公園 道を引き返すと、この公園奥に物産館などがあるが、この近辺が問屋場跡とのこと。 |
 13:59 鹿沼郵便局 資料によると郵便局のある場所が高札場跡だというが特にそれらしき案内は無い。 |
 14:01 掬翠園 中央公園の中にある、明治末期から整備された日本庭園の名園であり、心和む場所である。 |
 14:21 新鹿沼駅入口 花粉の中の街道歩きは本日はここまでということにして、駅入口で記念にパチリ。 |
 14:23 新鹿沼駅 ここはちゃんとした有人駅で、快速も止まるので浅草までは乗り換えなしで帰れる。 |