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おめでたき日々

(2002年7月)


2002年7月21日

大原美術館のホームページを見に行ったら、「大原サポーター」というメーリングリストが始まっていた(FreeMLを利用)。さっそく登録したが、すでに90通を越えるメールがやりとりされていた。大原美術館からの情報だけでなく、どういう運営をしていったらよいかについての意見交換なども行われていて、楽しみな試みだと思う。

●ほかに美術館博物館のメールサービスで活発なのは、「東京国立博物館 電子メールサービス」だ。通巻85号まで出ていて、企画展やイベントのお知らせだけではなく、細かな1点1点の展示替えまで知らせてくれる。絶対これを見たいというのを知るには、きめこまかで有効なサービスだと思う。シンプルな文章だが、この方面ではもっとも健闘している公共メールサービスだ。

奈良県立美術館では「大原美術館所蔵 近代日本の洋画名品展」が昨日から始まった(8月31日(土)まで)。青木繁、中村彝、岸田劉生、小出楢重、萬鉄五郎、安井曽太郎、梅原龍三郎、林武などの洋画が展示される。ホームページによると、劉生は「童女舞姿」(1924)が出品されるようだ。近隣の方には楽しみな展示ではないだろうか。
●なお、同館では9月14日(土)〜11月10日(日)に館蔵品展「富本憲吉の模様」が開かれる。その後、11月23日(祝)〜12月26日(木)には、館蔵品展「高畑サロンの画家たち」を開催。志賀直哉の奈良滞在時に交流のあった画家たちの作品を展示とあり、どんな作品が並ぶのか興味がある。

●志賀直哉には、「高畑サロン」があり、先日読んだ野尻抱影の『星まんだら』(徳間文庫)でも、世田谷新町での志賀と日本画家・郷倉千靱、洋画家・若山為三、ロシア文学者・中村白葉との交流の姿が描かれている(「梅花明似星」)。それに対して、実篤には新しき村をめざしてやってきた人々や、人生について問うて来る若者との交流はあったが、いわゆるサロン的なものにはあまり縁がなかったような気がする。
●戦後の同人誌「心」の活動がそれに近いかもしれないが、サロンというのはもう少しこじんまりとしたイメージがある。個人の完成、絵画の精進、あいつぐ個人誌発行など、のんびりしているように見えて、じつは実篤にはずっと性急なところが残っていたのかもしれない。思えば学習院時代もみんなが集まるのは志賀の家など裕福なところが多く、貧乏だった実篤は昔からサロン的なものに縁がなかったのかもしれない。一般に孤高の作家という印象がありがちな志賀直哉が、意外に人を集める傾向にあったというのはおもしろい。

●高橋源一郎の『一億三千万人のための小説教室』(岩波新書)(Amazon)に実篤の文章がとりあげられているらしいと書評で知り、書店に行った。巻末に引用文献一覧があるので、どこにあるのかはすぐわかったが、引用されているのは最晩年の「ますます賢く」という文章だった(全集17、765ページ所収)。
●読んでいただければわかるが、文意が不鮮明でたしかに頭が惚けてきているのはわかる。引用者は惚け云々を問題にしているのではなく、「『世間一般の標準からいうとヘンなだけ』で、その世界に入り込めば『すごく充実した、美しい世界』に見える。そんな小説の世界に入り込むことが『遊び』なのだ」としている(2002年6月23日付け日経新聞)。
●その後の引用(村上春樹)も刺激の強い文章で、極端な例から小説について説明しようとしているのはわかる。が、岩波書店のサイトによると岩波新書売上1位になっていたりして、解説抜きの惚けた文章だけが全国的にひとり歩きしないでほしいと思う。

●先日、本郷の古本屋で実篤の『論語私感』(教養文庫、社会思想社)を購入。昭和46年の6刷で、現住所:調布市若葉町1の23の20とあるのが、どこかうれしい。同社は最近倒産したが、巻末の既刊リストを見ると『人生読本』『美と自然の日々』『徒然草私感』があった。この文庫は人生論と文学関係の本が多かったように思う。
●その前に、仙川の先、成城寄りの古本屋で有島武郎選訳『草の葉』と長与善郎『項羽と劉邦』(ともに岩波文庫)を購入。絶版でだいぶ焼けていたが、安く出ていたので買っておく。
●インターネットで「実篤」を検索したら、「古本センター」というオンライン古書店で小学館の全集がバラで出ていた。私が見たときは、1、2、3、4、6、7、8、9、10、15、16巻が各3,500円だった。各巻の内容は、「武者組」の『武者小路実篤全集』内容一覧も参照されたい

志賀直哉の「真鶴」が、小田原市の広報「作品にみる小田原」に出ていた。中川一政が住んだ、あの真鶴が題名だったのだ。なぜか鳥の話だと思い込んでいた。いかんいかん。

●日本語ブームに乗って、文芸春秋社から『教科書でおぼえた名文』(文春ネスコ編)という本が今月末に出る。広告を見ると「漱石、鴎外、実篤……昭和20〜50年代の小五〜中三の国語教科書から選りすぐった名文を収録」とあるが、実篤はいったいどんな文章が採られているのだろうか。「友情」かな。だとしたら、どのシーンだろう。まさか「自分は女に飢えている」(「おめでたき人」)ではないよなぁ。既刊で『教科書でおぼえた名詩』というのがあるので、詩ではなさそうだ。ちょっと気になる。

●「おめでたき日々」で6月1日にとりあげたNHKハイビジョン「よみがえる作家の声」実篤の回(「愚者の夢」朗読)は、9月放映に変更になっていた。ご参考まで。

2002年7月7日

●書店で新潮文庫の100冊のフェアが始まっているのを見て、夏だなと感じた。実篤の『友情』が並んでいるのを確認。奥付を見ると、昭和22年12月初版で、手にしたそれは平成14年5月で124刷だった。
2ちゃんねるの実篤スレッドで「100冊に復帰アゲ」とかなっていたので、昔の記事を検索したところ、2000年に「落選」していたのだった(「おめでたき日々」2001年7月7日)。復活おめでとう。

●小学館の「日本の美をめぐる」という分冊百科の最新号は「棟方志功と民衆芸術」だった(毎週火曜発売)。棟方はよく知らなかったので、代表作が並ぶ誌面は興味深かった。しかし「民衆芸術」と「民藝」は違うのだから、このタイトルはいただけない。柳や河井、濱田らの作品も紹介されていたが、これらは決して「民衆芸術」などではない。個人の芸術だ。逆にこの辺に、民藝のかかえるあやうさや誤解の種があるのだと言える。

鹿児島市近在の美術館、博物館等を統合した「かごしまデジタルミュージアム」というのを見てみた。カテゴリーに「西郷隆盛」や「明治維新」という項目があって鹿児島らしい。父が鹿児島出身ということで「有島生馬」で検索したところ、14項目ヒットした。中には説明文に生馬の名前が出てくるだけの項目もあったが、大半は生馬が描いた油絵。鹿児島市立美術館に収められているそうだ。絵の説明と拡大画像も見ることができる。中には著作権の関係で画像じたいがインターネットに掲載できないものもあった。
●同様に「実篤」を検索すると淡彩画が13件出てきたが、いずれも「著作権の関係で画像掲載不可」だった。タイトルを見る限りでは特にレアものはなさそうだが、なぜ不可なのかちょっと理由を知りたい気もする。鹿児島には文学館もあるので「里見」で検索したが、里見とん^に関するものは0件。桜島の連作がある「梅原(龍三郎)」でも0件だったのは意外だった。

●『華族事件録 明治・大正・昭和』(千田稔、新人物往来社)(Amazon)という本が出ていたので、ゴシップには興味はないがこれも調査の一環と見てみる。華族の殺人、詐欺、不倫、自殺、社会主義活動などが取り上げられている。「赤化運動」として以前紹介した岩倉靖子(「おめでたき日々」2000年11月18日参照)なども出ていたが、「新しき村」はその範疇には入れられていない。当時は危険人物として警察が実篤や兄・公共の身辺を調査していたそうだが、実篤以外にも目をつけられていた人物はいたようだ。
●立ち読みなのでざっとしか見られなかったが、千家尊福(元麿の父)の三男・鯱麿の自殺という項を見つけた。1ページほどの小さな文章だが、それによると大正2年4月10日、千家鯱麿(当時20歳)は2歳年下の女性と家柄の違いから結婚できないことを苦に、神戸で貨物列車に飛び込み心中をしたそうだ。家系図等で記録に残っているのは松麿(明治20年生まれ)と元麿(明治21年生まれ)だけで、鯱麿は後で抹消されたのではないかとあるが、新聞記事があるにせよ、なんともあやしい話だ。縁結びの出雲大社の宮司の息子が結婚の悩みで自殺という「狙いすぎ」の筋、「麿」という通り字を使っていても「鯱」というのはまったく文字の品格が低すぎると思われる点(講釈師の張り扇から飛び出した尼子十勇士の名前を思い出した)が気に入らない。
●経済史の先生が華族資本について調べた副産物だそうだから、これ以上は突っ込まない。

「電子化された白樺派」の更新のために、ときどきWebを巡回している。今回見つけたのは有島武郎の「An Incident」。日本ペンクラブの「電子文藝館」で公開されているが、なかなか選択が渋い。HTML版とPDF版があるが、後者は単純に変換しただけでルビ処理まで手が回っていないのは、残念だ。
●同サイトでは実篤が尊敬していたゲーテ関連で、高橋健二の「ゲーテの言葉」が公開されている。これは新潮文庫でまだ出ているものの抄録のような気がする。無償で公開されているのを見ると、買わなくてもいいかなという気になるのが、情けなくも正直なところである。

●少し前の話だが、6月21日は夏至だった。スウェーデンなどでは「夏至祭」として盛大なお祭りが行われているそうだ。その様子は映画「世界を賭ける恋」でも湖畔で焚き火をめぐって踊るシーンとして描かれていたのを思い出した。ちょっとマニアックな連想だが、備忘のために書いておく。

●今日7月7日は調布市長選挙の投票日。実篤記念館も実篤公園も市の施設。市長が変わったからと言って即何かが変わるということもないだろうが、結果とその後の動向には注意。


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