2)遺物(第8〜13図、図版7−12)

A. 上層石器群

尖頭器(第8図1、図版7−1)【8】

共通番号8 この石器は長さ5.14cm、幅2.98cm、厚さ0.90cm、重量12.00g、先端角74°、基部角106°を測り、ほぼ左右対称形を呈している。石器の最大幅と最大厚はいずれも基部側の約1/3に寄った位置にあるが、先端から約1/3の位置にも小さな段を形成し、器体の中位の平面観はわずかではあるものの、内側に彎曲する形態の特徴が認められる。そして、この段を境目にして側縁の状態は先端側に向かって比較的に直線的であり、一方基部側は緩く彎曲する。

 石器を形作る周縁の二次加工は、背面・腹面ともに右側縁中位から下位を除く部分に施され、その規模は幅10mm、長さ6mmを最大とするもので、器体中央に及ぶ加工は認められず、多くの加工痕は周縁でとどまっており、小さくて浅いものである。

 石器の先端部は、二次加工の剥離面の切り合っている稜線が若干鈍いことから使用痕とも考えられるが、石材の性質からそれ以上の言及はできない。

 素材の剥片の形状は、右方向に約40〜45°の傾斜軸を持つもので、背面左側の下位(剥片末端側)には良く淘汰された礫面が観察されることから、石核から初期の段階で剥離されたことが窺える。また、背面を主に構成する3枚の主要な剥離面の打撃方向の位置関係は、この剥片の打面方向と左右に大きくずれないことから、打点の位置は近いであろうことも推測できよう。なお、右側縁の二次加工でバルブの殆どの部分が除去されていることから、打面の状態や打角は把握できない。剥片の末端部分は打面側と比較すると肥厚し、このふくよかな腹面を保持した剥片の厚い部分を基部、打面左位の薄い部分を先端に利用したことが看取される。この石器の中心軸は、打面に対して約30°の傾斜軸を持ち、先述の素材である剥片の傾斜軸値と照らし合わせると、さらに横位置に倒して製品としている特徴が窺える。

 石材は粒径0.2〜0.6mmの石英粒子を極少量含む流紋岩である。

 色調は疎らではあるものの、ややピンクがかっており、このことから被熱の可能性が認められ、背面は灰色(2.5YR7/1 gray)、腹面は明赤灰色(2.5YR7/1 light reddish gray)を呈している。

楔形石器(第8図2、図版7−2)【10】

共通番号10 この石器は、長さ3.15cm、幅3.13cm、厚さ1.13cm、重量9.88gを測り、やや下膨れではあるものの、円形に近い平面形態で、縦断面および横断面ともに分厚い凸レンズ状を呈する。このように整った形態を保証しているのは、画一的ではないものの器体縁辺からの二次加工の剥離面で覆われていることであろうが、この石器の素材である剥片の肥厚する腹面の形状も大きく関与しているものと考えられる。なお、裏面右側縁部には淘汰した礫面が観察ざれ、この屈曲度から推定すると石核の剥片剥離作業面の大きさは5〜6cmの規模であったことが窺える。しかし、打面・打点などの詳細は不明である。

 裏面の器体中央部で最も膨らんで突出する部分には、淡い光沢面が観察されるが、方向性が明らかな擦痕を伴うものではない。さらに、正面上半部には右上位の打撃による一枚の大きな剥離が観察され、この剥離は器体を形成する二次加工の剥離面を切っていることから使用に伴うものとも推察できよう。

 石材は、最大で粒径2mmの石英粒子を1%程度含む流紋岩である。色調は背面・腹面いずれも灰白色(10Y8/1 light gray)を呈している。

削器(第8図3、図版7−3)【4】

共通番号4 この石器は、長さ5.10cm、幅6.52cm、厚さ2.02cm、重量77.92gを測り、平坦な単打面の石核から生産された分厚い剥片を素材として使用している。素材である剥片の横断面は左側面か肥厚するもので、その部分と剥片の底面左側一部に対して比較的に大きな5面の剥離面を繋げて刃部としているが、それぞれの間隔が開き過ぎていることや各々の剥離面が平坦でないために、隣接している剥離面との稜線が突出し、丁度鋸歯状のような平面形態が印象的に認識される。これらの二次加工は背面側に向かって施されるものの、左側縁と打面の交差する部分には、腹面側に向かって加工が施され、この加工は打面の一部にまで及んでいる特徴が観察される。また、刃部の側面はゆるやかに彎曲している。刃部の角度は、上位・中位・下位の順序で、それぞれ66°・50°・58°で、もう一方の反対側の未加工縁辺は上位から43°・55°・50°の計測値である。

 この石器の背面には最大幅2.5cm・長さ4cm、最大幅2.7cm・長さ4cm以上の剥離痕が観察され、左右非対称ではあるものの縦長剥片指向の剥片剥離工程が考えられる。また、同一打面上において共有する打点間の距離は約1.7cmを測り、一定の間隔を保ちながら連続的に剥片剥離が進行している状況が見て取れる。

 打面の厚さは15.2mm、幅は42.3mmを計測するが、上述のように二次加工が加えられているために初期の規模は分からない。

 背面側の打角は109°、腹面側は115°である。

 石材は、粒径1.2〜2.4mmの石英粒子を3〜5%程度含む流紋岩であり、その石英粒子が抜け落ちた晶洞は、暗褐色を呈している。

 色調は背面・腹面いずれも灰白色(2.5GY 8/1 light gray)を呈している

石核(第9図1、図版8−1)【2】

共通番号2 この石器は、長さ5.72cm、幅5.52cm、厚さ2.02cm、重量72.80gを測る。背面には5面の凹面剥離面、腹面には1面の凸面剥離面と1面の凹面剥離面の計7面におよぶ主要な剥離面が観察される。この腹面側に観察される1面の凹面剥離面の解釈如何によって、この石器の器種が特定できるものであり、研究者によっては何らかの石器素材であり、製作途上のものであろうとの理解もできるであろう。しかし、ここでは、打面は礫面で平坦であること、剥片剥離作業面は一定の剥片を生産するのに充分であること、器体の打面幅が約90cm、打面厚が20mm以上を測り、剥片剥離遂行の可能性が高いことを考慮して、剥片を素材とした石核に分類した。

 石核の正面観は歪んではいるものの、上辺・左辺は礫面、右辺は腹面方向からの側面調整、下辺は背面側方向からの底面調整が行なわれ、いずれの側辺も直線的な形状を呈している。

 打面は、先述のとおりに平坦な礫面をそのまま利用し、頭部調整は認められない。また、打点の移動は腹面のものを除けば、約25mm幅の中におさまり、ほぼ画定していると言っても過言でなく、これを保証しているのは、優性な礫面の平坦打面、剥片の形状を規定する側面および底面調整の存在といえよう。

 背面に残されている最終剥離面の規模は、長さ3.5cm、幅4.5cmとやや横広で、先端部が「バチ」状に広がり、そして殆ど左右対称形と言えるもので、バルブは立体的に発達している。以上のような剥片の形状を画一的なものとした時、明らかに斜軸石器剥片群とは異なる一群の存在をも考慮しなければならないだろう。

 背面側の打角は68〜78°、腹面側は104°である。

 石材は、粒径1mmの石英粒子を2〜3%程度含む安山岩である。

 色調は、正面は明オリーブ灰色(2.5GY7/1 light olive gray)、裏面は灰白色(5Y7/2 light gray)〜浅黄色(5Y7/3 light yellow)、裏面の右下の剥離面は灰白色(10Y7/1 light grey)を呈している。

小剥離痕を有する剥片1(第9図2、図版8−2)【9】

共通番号9 この石器は、長さ3.70cm、幅4.80cm、厚さ0.99cm、重量14.54gを測り、左側に約35°の傾斜軸をもつもので、剥片の右側縁に微細な小剥離痕が観察される。この小剥離痕は外湾する平面形態で、背面側に向かい長さ約5cmにわたり観察されるものである。この小剥離痕のほぼ中位には幅約6mmのガジリ痕がある。

 さらに、腹面側の右側縁中位の高まりには著しい光沢面が観察できる。

 小剥離痕の観察される左側の縁辺角度は34°で、右側の縁辺角度は35°である。

 この石器の素材は、複剥離打面の石核から生産されたもので、背面側には各方向からの交差する大小の剥離面が観察される。打面調整は剥片剥離作業面側から行なわれており、平坦である。

 打点は約9mmの間隔を持って2ケ確認され、所謂双錐体バルブと呼称しているものである。

 背面側の打角は105°、腹面側は104°である。

 石材は、粒径1mm未満の石英粒子を微量含む流紋岩である。

 色調は背面はオリーブ灰色(2.5GY6/1 Olive gray)、腹面は灰色(N6/gray)を呈している。

小剥離痕を有する剥片2(第9図3、図版8−3)【7】

共通番号7 この石器は、長ざ5.53cm、幅5.64cm、厚さ1.43cm、重量34.06gを測り、左側に約20°の傾斜軸をもつもので、僅かに外湾する剥片の右側縁に不連続の小剥離痕が観察される。この小剥離痕は大きなものでは幅約1cmの例もあり、そして背面側に向かっているものではあるが、大きさが不揃いで、連続性がみられないことから積極的に加工痕との判断には至らなかった。

 小剥離痕の観察される右側の縁辺角度は37°である。

 この石器の素材は、単剥離打面の石核から生産されたもので、背面側には打面方向からの交差する大小の剥離面が観察される。打面調整は剥片剥離作業面側から行なわれており、内湾するもので平坦ではない。

 背面側の打角は73°、腹面側は99°である。石材は、最大で粒径2mm以内の石英粒子を1%程度含む流紋岩であるが、長さ2mm程度の針状の形態のものも含む。

 色調は背面は灰色(5Y7/2 light gray)、腹面の上半部は灰色(10Y6/1 gray)、下半部は灰色(5Y7/2 light grey)を呈している。

小剥離痕を有する剥片3(第10図1、図版9−1)【5】

共通番号5 この石器は、長さ6.96cm、幅6.53cm、厚さ1.41cm、重量47.21gを測り、右側に約30°の傾斜軸をもつもので、剥片の左側縁の二ケ所にわたって小剥離痕が観察される。打面側の小剥離痕は長さ約1.7cmの規模で、直線的ではあるが僅かに外湾しながら、腹面側に向かって観察される。この小剥離痕は大きさが不揃いのものである。一方、先端寄りに観察される小剥離痕は、前者に比較して細かく連続し、なおかつ内湾形態で、主に腹面側に向かって観察されるが、背面側にも僅かにささくれ状の剥落痕が長さ約1.4cm認められる。

 小剥離痕の観察される左側の縁辺角度は34°で、右側の縁辺角度は47°である。

 この石器の素材は、平滑な礫面を打面とした石核から生産されているが、打面には剥片剥離作業面側からの単剥離打面の痕跡が残存しており、石核の打面調整は随時行なわれていたことも窺える。また、背面先端部には礫面が観察されることから、打面の固定化の特徴が指摘できる礫素材の石核と推定できよう。なお、この石器の打面寄りの上半部はやや赤味を帯びている状況が観察され、あるいは被熱の可能性が考えられる。

 背面側の打角は101°、腹面側は104°である。

 石材は、粒径1mm程度の石英粒子を5%程度含む流紋岩である。

 色調は背面は灰白色(2.5Y8/2 light gray)、腹面は灰色(10YR8/1 light gray)を呈している。

小剥離痕を有する剥片4(第10図2、図版9−2)【3】

共通番号3 この石器は、長さ6.19cm、幅5.65cm、厚さ1.52cm、重量37.18gを測り、左側に約30°の傾斜軸をもつもので、剥片の右側には礫面が広く残り、初期の段階に剥離されたことが窺える。

 剥片の左側縁辺の中位は、長さ約3.2cmにわたる、やや突出する平面形態で、背面側に向かって微細な小剥離痕が観察される。一方、右側縁から先端部にかけては前者と比較すると剥落とも思えるような大きな剥離痕が断続的に観察される。

 小剥離痕の観察される左側の縁辺角度は35°で、右側の縁辺角度は56°である。

 この石器の素材は、剥片剥離作業面側からの単剥離打面の石核から生産されているが、打面の一部には平滑な礫面が残っており、石核の打面調整規模は極めて小さかったことが窺える。

 背面側の打角は85°、腹面側は111°である。

 石材は、粒径1.5mm程度の石英粒子を7%程度含む流紋岩である。

 色調は背面は灰白色(10YR8/1 light gray)、腹面は灰白色(10YR8/1 light gray)を呈し、幾分赤味を帯びていることから、被熱の疑いが指摘できる。

 なお、先端部は欠失しているが、これは遺物発見の際の掘削で鎌田氏のスコップが接触した際に折れたものであり、内部は石材本来の色調と思われる緑灰色で、その破断面には二種類の厚さの腐食層が観察される。一つは剥離面における腐食層で厚さは0.8mm、そしてもう一つは礫表面からの腐食層で厚さは2.1mmを測る。

小剥離痕を有する剥片5(第11図1、図版10−1)【1】

共通番号1 この石器は、長さ4.23cm、幅6.86cm、厚さ2.42cm、重量61.62gを測り、右側に約27°の傾斜軸をもつもので、部厚い剥片の右側縁辺の外湾する一部に、背面側に向かって微細な小剥離痕が観察される。この石器の素材は背面上部に良く淘汰された礫面が観察されるとともに、左右方向からの交差する大きな剥離面が存在する。このことから、石核を横90°に向きを替えてこの剥片を剥離した工程が辿れるが、この時点で石核に腹面側からの平坦な単剥離打面が用意されたものか、あるいは前段階で施された剥離面(分割面)なのかの判断はそれぞれの剥離面の重複がみられないのでその順序については明らかではない。

 左側の折れ面の縁辺角度は84°で、小剥離痕の観察される右側の縁辺角度は47°である。背面側の打角は95°、腹面側は121°である。

 石材は、粒径1mm以内の石英粒子を15%程度含む流紋岩である。

 礫面の色調は鈍い黄色(2.5Y6/4 dull yellow)、背面は灰色(N6/ gray)、腹面は灰白色(N7/ grayish white)を呈している

敲石(第11図2、図版10−2)【6】

共通番号6 この石器は比較的軟質の砂岩で、長さ9.05cm、幅3.01cm、厚さ2.96cm、重量112.78gを測り、一方の小口部分にのみ敲打時の衝撃によると思われる剥落痕が観察される。この剥落痕の分布は、稜線を形成しながらやや突出した山形の形態を呈した片側に遍在するもので、いわゆる球面体の表面に細かな打撃痕跡の集合体として観察される「アバタ」状のそれと異なる。

 器体の三面は良く淘汰された擦面であり、また、残りの一面は節理面ではあるものの平滑であり、敲打時の衝撃で剥落したものではなく、素材そのものの面であることが窺える。

 表面の色調は黄褐色(2.5Y5/4 yellowish brown)、裏面はオリーブ灰色(10Y6/2 olive gray)、敲きによる剥落面はオリーブ灰色(5GY5/1 olive gray)を呈している


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