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今日の一言(2009〜2007)


2010年の「今日の一言」
【2009/12/11】
最近読んだ(読んでいる)本。

・「過去にも未来にもとらわれない生き方〜スピリチュアルな目覚めが「自分」を解放する」
  ステファン・ボディアン著、松永太郎訳、PHP研究所
真のスピリチュアルな目覚め、苦しみからの解放を志している方にはとても役に立つ道案内となる本です。特に、初めての目覚めの体験をしたあと、その体験をどのように生きていけばいいのか、残された心の痛みをどのように扱っていけばいいのか、といった情報は少ないので、とても参考になりました。私がいつもお勧めしているエックハルトトールの本に興味をひかれる方にもぜひお勧めします。こんな本が日本語で読める時代になってきたのだな、という感動があります。

また、私が行っているセラピーは、この本の最後にかかれている「非二元的心理療法」なのだ、ということも再確認できました。

「この(非二元的心理療法)の専門家は、非二元の教えを学び、自分たち自身で目覚めを体験し、その認識を心理療法の分野で生かそうとしています。あなたを修理の必要な破損した人とはみなしません。あなたの中に本来的な完全性を見、そうしながら、核となる物語、心情、感情のパターンを探そうとするのです。」P258



・「The Most Direct Means to Eternal Bliss」 Michael Langford
読み終わった感想は「ちょっとヤバイ本だぞ」でした(^_^)。タイトルを直訳すると「永遠の至福へのもっとも直接的な方法」。文章の一段落ごとに番号がふってあり、一文一文を味わうようにゆっくり読むことを求められます。本当の目覚めを求めている方で少しでも英語を読める方でしたら、読んでみて損はないと思います。



その他、「過去にも未来にもとらわれない生き方」の中にも出て来るAdyashanti(アジャシャンティ)とJean Klein(ジーンクライン)の下記の本が、私のプロセスを深めていくのにとても役に立っています。

・「The End of Your World: Uncensored Straight Talk on the Nature of Enlightenment」Adyashanti
・「Emptiness Dancing」Adyashanti
・「Who Am I?」Jean Klein

【2009/12/09】
多くの人にとって心の癒しと意識の目覚めへの第一歩は、いつも言うように感情をしっかり感じとることです。そのときに大切なのは、その感情について理由を考えたり、分析しようとしないで、ただ感じるということです。言い換えると、例えばその感情が怖れであるとしたら、怖れという概念を通さずに、そのときの身体の感覚だけを味わってみます。「お・そ・れ」という言葉を使わずに、身体の中にわきおこっている独特のフィーリングを感じるのです。

それが感情であろうと、思考であろうと、身体であろうと、今まさにそこにあるものをそのまま感じ、受け止めることができたとき、それらを超えて、今まで意識したこともなかった内的なパワーを感じることができるようになります。それが「愛」と呼ばれるものかもしれません。

【2009/12/08】
【まほろば通信】発行しました。前号の「意識の目覚め」を読んで下さった読者の方のご感想を読んで感じたことを書いています。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをご覧下さい。まほろば通信バックナンバー

大阪に行っている間にタイヤを替えておいてもらおうと思って、車に冬タイヤを積んできました。寒さはちょっと苦手ですが、大阪では味わえない日本海側の冬らしい冬の雰囲気は好きなのです。

【2009/12/06】
誰かになろう、何かになろう、という思考を手放して、ただここにいることができるようになったとき、あなたはもっとも個性を発揮し、世界の中で必要な役割を効果的にはたすことが出来る。そして、周囲の人がそうすることを手助け出来る。

なんだか、不思議な矛盾。

【2009/12/05】
なんと、もう12月です。この1年は、これまでの人生の中で一番早く過ぎていったような感覚があります。最近読んだ本の中に、冬は意識が内面に向かうスピリチュアルな時期だ、と書かれていて、とても納得しました。私にとっても12月は最初の目覚めの体験が起こったときでもあり、毎年12月になると、心の奥深くが動いていくような感じがします。

今、12月1日の満月を過ぎてから、何かがとても落ち着いてきています。何も変えようとする必要はないのだな。

【2009/11/29】
なんとなく心と身体がざわざわする感じがして落ち着かない夜。夕食をとりに外に出てみると、ビルの谷間からきれいな月が見えた。信号待ちの間、ぼんやりと月を眺めていると、ざわざわした気分が小さくなっていることに気づく。もうすぐ満月。

【2009/11/23】
自分が感じている感情を感じないでおくことができるというのは、人間の持つ不思議な能力のような気がしています。悲しみや怒りといった感情は、それについての物語(それに関するさまざまな思考)をすべて手放して、ただありのまま感じることができれば、やがて消えていくのに、それらがあること自体を自分自身にも(ほぼ完全に)隠しておくことができるのです。自分の心の奥深くに「感情を感じることは危険だ」「私は感じてはいけない」「ありのままの自分であってはいけない」というような無意識の思い込みはないでしょうか。

【2009/11/08】
意識の目覚め、スピリチュアルな覚醒というのは、多くの人が誤解しているように、「私」が目覚めた存在になるわけではないのです。「私」という周囲の世界から孤立して存在している個別の実体がある、という夢から目覚めるという感覚です。「私」の感覚が、この皮膚に包まれている身体を超えて、宇宙全体へと拡がっていきます。そこには、すべてのものとの一体感、生かされている感じ、自由な感じ、安心できる感じ、があります。

昨日の話のつながりで言うと、「私」という感覚は身体と心の緊張そのものです。本来自由にエネルギーが流れているところになんらかのこわばり、障害物ができると、その緊張感が「私」という感覚として意識されるのです。心身の緊張を緩めるということは、「私」という感覚を緩めていくことと同じことです。それはまた、手放すこと、ゆだねること、などと表現されていることでもあります。

緊張、こわばり、を見つけては、そこに光を当てて、手放していく。その繰り返しが目覚めへと進んでいく道です。何か超人的な修行が必要なわけではないのです。

【2009/11/07】
久しぶりに妻にアロママッサージをしてもらいました。終わってしばらくしてから、肩にいつも微妙に力が入って、少しだけ肩が上がっていることが意識されてきました。意識的に力を抜いてみると、肩にかすかな痛みがはしります。

少し前のメールマガジンに書いたように、一時、左肩に四十肩のような肩の痛みが出ていたのですが、そのとき、私は姿勢が悪くていつも左手で無意識のうちに身体を支えていたな、ということに気がつきました。左手に力が入っているときには、肩に負担がかかっていることが全然わからないのですが、力が抜けてくると、痛みとして感じられるようになるのです。痛みというのは、今までこんなに無理をしていたのだ、ということがわかってきたということなのです。

心の痛みも身体の痛みと同じように、緊張がゆるんできたときに始めて感じられるということがよくあります。心の痛みを痛みとして感じられるようになってきたということは、癒しのプロセスが深まってきた、ということでもあるのです。

【2009/10/20】
10月に入ってエネルギーが大きく動いたような感じがしています。4日の満月の前後にとてもハイになった後、台風の頃までその状態が続き、その後、久しぶりにどうしようもないほどの虚しさがやってきました。自分はいったい何をやっているのだろう、というような感覚におそわれ、2、3日間、何もする気がおきませんでした。でも、虚しさは大きな変化の前触れなのだ、ということを思い出してから、虚しい感覚は消えていきました。最近は、なんとも言えない満たされた静けさのような感覚を感じることがあります。

【2009/10/04】
どんなにつらい体験や苦しい体験であったとしても、今それが起こっているということは、今、あなたにとってそれが必要な体験だから。その体験にともなうすべての考えや感情を、ただそのまま認め、許していくと、もうどうしようもないと思っていたその状況を通して、あなたはより深く癒され、人生の真実に目覚めていく。

【2009/10/02】
人が亡くなると、その周囲の人たちの心に大きな波を起こします。それは、その人が亡くなったことから直接生まれた痛みや悲しみだけでなく、周囲の人たちが以前から抱えていた痛みや悲しみをも活性化するのではないでしょうか。そして、長年の眠りから覚めた痛みや悲しみのエネルギーは、意識の光を受け取って、ゆっくりと癒されていくのかもしれません。

久しぶりにメールマガジンを発行しました。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをご覧下さい。今回のテーマは「意識の目覚め」です。まほろば通信バックナンバー

【2009/09/29】
親戚に不幸があって、少しばたばたしながら、今日もまた大阪にやってきました。人が亡くなるというのは自然なプロセスの一部でありながら、何か非日常的な質を持った経験でもあります。最初の目覚めの体験のあと、自分もいつか死ぬのだ、ということがとてもリアルに感じられて、それは恐ろしい感覚であると同時に、どこかホッとするような感覚もあったような記憶があります。その後の探究の中で、その感覚の中に深く深く入っていくと、死に対する感じ方はずいぶん変わってきました。うまく表現できないのですが、今心に浮んでくるのはこんな言葉です。

「私たちは一瞬一瞬死んでいる」
「生まれるものもなく、死ぬものもない」

【2009/09/17】
目覚めのプロセスが進み、人生と世界の本当の姿が見えてきて、生きることが少しずつ楽になってきて初めて心の表面にあらわれてくるような、非常に深い心の傷というものが、たしかにある。それは、人生の一番初期から、自分でも意識しないうちに心に刻み込まれて来た根源的な喪失感、絶望感とつながっている。「これまで、徐々に楽になってきたのになぜ再びこんな苦しさが起こるのか」そう思うこともあるかもしれない。あなたの心がやっとその根源的な痛みを受け止められるほどに癒され、成長してきた証しなのだ。

【2009/09/14】
秋ですね〜。今日の境港は少し雲が多いですが、一昨日の雨のあと、昨日は吸い込まれそうな青空で、思わず背伸びをしたくなるような心地よさでした。

私たちは、ある意味では、幻想の中、夢の中で苦しみ、もがいているのかもしれません。幻想を幻想として、夢を夢として見抜く力が私たちを本当に解放するのでしょう。「ありのままでいい」とはよく聞かれる言葉ですが、それを実感するには、この世界の浮き沈み、生々流転の奥にある、存在の基盤、エネルギーの源を感じ取ることが大切になってきます。

【2009/09/12】
「緊張を取りたい」「緊張しないようになりたい」とおっしゃる方が多いです。カウンセリングで話をしたり、ヒプノセラピーやブレスワークなどのセラピー受けることで心身の緊張が緩み、ずいぶん楽になってきます。ところが、ある地点から先に進めないような感覚がやってくる地点があります。それは、心身の緊張がすなわち「私」という感覚だからです。

ここまでくると「自我(小さな私)の死」ということが大切になってきます。「緊張しないようになりたい」と考えている「小さな私」そのものが心理的に死んでいき、「大きな私」に明け渡していくような感覚です。「生きている」という感覚から「生かされている」という感覚になる、というのはこういうことです。

しかし、心理的な死であっても、小さな私にとって死は怖いもので、どうしても抵抗してしまいます。その抵抗感をよく感じていくということが大切です。

【2009/08/21】
私は子供の頃、落ち着ける場所、安心できる家を持つことができなかったがゆえに、本当の安心できる場所への旅が早く始まったのかもしれない。

【2009/08/19】
2週間ぶりに大阪にやってきました。やっぱり、暑さの感覚が境港とだいぶ違います。

この次の大阪(9月2〜8日)は週末を中心にご予約がとても多くなっています。今週(8月25日まで)は、今のところ、比較的空き時間が多いですから、セッションご希望の方はこの機会にお越し下さい。

前回、「何かが終わった感じ」と書いたことにいくつか反応をいただきました。セラピーはこれまで通り続けていきますし、表面的には、私の生活に特に変化はありません。ただ、周囲の世界から分離された個としての「私」が周囲の世界に対して行動している、働きかけている、という感覚がなくなってきたのです。「生かされている」とか「流れに身をゆだねる」というのは、こういう感覚のことを言っているのだな、ということがわかりました。

【2009/08/15】
何かが終わった感じがします。20年前に突然始まった探究が終わったような感じがしています。そもそも、探究する「私」というのはいなかったのです。もちろん、「私」はいなくても、大いなるプロセスは永遠の今の中で続いていきます。

スピリチュアルな目覚めというのは、「私」が目覚めた人になるわけではない。他と区別された「私」がいる、という夢から目覚めることだ。

【2009/08/14】
心の闇の部分が闇のように見えるのは、ただ光が当たっていないがゆえであって、光を当ててあげれば、そもそも闇などなかったことがわかる。必要なことは、ただ意識の光をあてること(=気づくこと)だけ。

【2009/08/12】
いつもの週ならば今日から大阪ですが、今週は1週間お休みして、境港の自宅にいます。この1週間は、セッションの予約のあるとき以外は、お盆に向けての準備で、家の周囲の片づけをしたり、お墓を掃除したり、買物をしたりと、慌ただしい日々を過ごしていました。今年は法事などの大きなイベントがあるわけではないのですが、こうして環境を整えていくのは心地よい感じがします。特に、納屋の中に入っていたいらないものをずいぶん捨てたことで、エネルギーが流れる感じあったのはよかったです。

境港セッションルームではお盆期間中もご予約をお受けしていますので、普段スケジュールがあわずになかなか来られない方はこの機会にぜひお越し下さい。

【2009/07/30】
みなさんは7月22日の日食を見ましたか?私は、日食グラスなどの観測器具を準備していなかったので、太陽を直接見ることはしなかったのですが、テレビ中継で見た皆既日食にはとても心を動かされました。そもそも、地球から見て、月と太陽の見かけ上の大きさがほとんど同じということ自体が、偶然の産物とは思えない、宇宙の神秘のような感じがします。

皆既日食になると人間は我を忘れて興奮する、という話を聞きました。皆既が始まる瞬間、人は、心の一番深い部分にある大いなるものとのつながりを思い出すのだろうな、とダイアモンドリングの輝きを見ながら感じました。

【2009/07/11】
7月4日に発行したメールマガジンでは、本文よりも最初のところに書いた夢に反応して下さった方がとても多かったのが興味深かったです。しかも、私がこの夢を見たのと同じ日の同じ時間帯に大きな内的変化を感じていた、という方までおられて、ちょっとびっくりしました。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをどうぞ。まほろば通信

夢の部分だけ、この下にもコピーしておきます。

  冷蔵庫の冷凍室の中に人間が丸まった状態で入れられている。
  どうも若い女性のようだ。そのことに気づいた私は、「こん
  なところに入っていたら、死んでしまう」と思い、焦って、
  その人を引っぱり出した。身体の周囲についている氷を丁寧
  に取り除く。すると、その人はゆっくりと身体を動かし始め
  た。「あ、よかった生きている」そう思ったとき、その人は
  小さな声を出した。そのとき初めて気づいた。女性だと思っ
  ていたその人は男性で、しかも私だった。

【2009/06/24】
昨日境港の家に戻ってきたら、ティーツリーの花はすっかり終わっていました。ラベンダーも妻が収穫してくれていて、今は玄関で心地よい香りを放ってくれています。

私たちは無意識のうちにさまざまな条件付けを受けていて、それを当たり前のこととして、それを当然の前提条件として、物事を見たり感じたりしているわけですが、その前提条件そのものが苦しみの原因になっているのかもしれない、ということに気づいていく必要があるのかもしれません。

例えば「物事には目的が必要である」という考え方はどうでしょうか。ものの見方感じ方の一番奥深くに、これまで疑うことすらしなかった前提として、そんな考え方がないでしょうか。

【2009/06/14】
teatree 庭のラベンダーが花盛りで、いかにもハーブ畑らしくなってきました。今週、ハーブでびっくりしたのはティーツリーです。2年ほど前に植えたティーツリーの木、かなり大きくなってきているな、とは思っていたのですが、ふと見ると、枝に綿のような、ほこりのようなものがポツポツついているではありませんか。何ごとかと思ってよーくみると、なんとこれは花でした!小さな白い花が密集するように咲いていて、まるで綿毛のようです。(写真をクリックすると大きくなります)

最近はっきりと見えてきたこと。起こること(周囲の世界に起こることも、自分の心の中に起こることも)はすべてありのまま。よいも悪いもない。それに対する自分の反応が自分を苦しめてしまう。どんな反応を(自動的に)してしまっているのか、ということに気づくことがとても大切。

境港でのエンカウンターグループの詳細なお知らせはもう少しで出来ると思います。

Ramesh S. Balsekarの本が面白いです。

【2009/06/05】
メールマガジン【まほろば通信】発行しました。今回は「涙」について書いています。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをどうぞ。まほろば通信

それから、メールマガジンの中でも書いていますが、境港でのエンカウンターグループの日時が決まりました。近い内に詳しいご案内を作ってその中でもご紹介したいと思っていますが、エンカウンターグループというのは、参加者が輪になって座り、感じることを話していくだけの集まりです。ひとりひとりが、そのとき、その場で感じることを言葉にしながら、大きな織物を紡ぎだしていくような感じ、と言ったらいいでしょうか。何を話してもいいし、何も話さなくてもいい、そんな気楽な集まりです。

■エンカウンターグループ in 境港

  ・日 時 7月22日(水)19時〜21時30分
       8月12日(水)    〃
       9月 9日(水)    〃

  ・会 場 境港市余子(あまりこ)公民館 和室

  ・参加費 1回 2,000円 →1,000円

 連続して参加して下さってもいいですし、1回だけの参加でもかまいません。「エンカウンターグループ」とは何か、ということも含めて、詳しいご案内ができましたら、メールマガジンやホームページであらためてお知らせ致します。

【2009/05/30】
庭のカモミールが花盛りです。ラベンダーもつぼみが膨らんできて、来週くらいには紫のかわいい花が開くのではないでしょうか。エックハルトトールが「花は植物の悟りだ」と言っていたのを思い出しつつ、庭の花たちを眺めていると、内面の深い部分にある、なんとも言えない安心感と、微妙な痛みが意識されてきました。

昨日見た夢「川の真ん中に、水が突然割れるようにして、向こう岸までの道が出来た。道を渡っていくと、道の真ん中あたりに仏像があったので、手を合わせてから、さらに向こう岸まで渡っていく。向こう岸には昔(子供の頃も含めて)出会ったことのある人たち(好きだった人も、いじめられて、嫌いだった人も)が何人もいて、皆が私を好意的に出迎えてくれる。ふと振り返ると、川の水がものすごく増えていて、私が渡ってきた道はなくなっていた」

【2009/05/20】
いつもなら、暇な時間には梅田の本屋へ行ってぶらぶらしたりするのですが、今週は人込みを避けて、うがいと手洗いをきちんとするように気をつけています。こうやって部屋にこもっていると、大学時代の一番辛かったときの気分が、ぼんやり浮んで来るような感覚があります。

そういえば、今朝、印象深い夢を見ました。小学校の古い木造校舎にいたのですが、急に建物が揺れ始め、慌てて外に出ると、校舎全体が崩壊してしまったのです。古い何かが崩れ落ちてしまったような感じがしています。

【2009/05/18】
先週は1週間お休みをいただいたので、明日から久しぶりの大阪です。さすがにちょっと気になるので、大阪ではすでに品薄が伝えられるマスクや、手を消毒できるアルコールなどをこちらから買って、持っていこうと思っています。セラピーを受けに来られた方にも、うがいや手の消毒が出来るように準備しておきます。

【2009/05/17】
昨日から今朝にかけて、久しぶりに雨が続いた境港です。今、ちょうど花盛りの庭からは、いろんな香りがたちこめていて、うっとりした気分にさせてくれます。この雨でラベンダーのつぼみも少しずつ紫色にかわり始め、かわいい花を咲かせるまであと一歩になりました。

自分の本当に感覚を無視してがんばり過ぎていると、なんらかの症状が生まれて、頑張るのを強制的にストップさせることで、最悪の事態を避ける。そんな、自分を守るための機能が、人間にも、地球全体にも働いているのだなあ、と感じます。

【2009/05/01】
最近、信じられないくらい身体がゆるんで、変化している感じ。ここがゆるんでくることはあるのだろうか、と思うくらいガチガチだった首の後ろや肩のあたりにエネルギーが流れる感じが続いて、そのたびに意識が変わっていく感覚がある。心と身体は同時に変わっていく。あれこれ考えて、自分で心配を作り出すことが減っていく。

【2009/04/22】
昨日の大阪は蒸し暑く、半袖で歩いたりしていたのですが、夕方、境港の自宅に戻ってくると、空気がひんやりしていて、急きょバックから取り出した薄手のブルゾンでは肌寒く感じるほどでした。大阪と境港の移動では、季節を飛び越えるようなこんな感覚を味わえるときが大好きです。

今日はお休みなので、少し風は強いですが、春の心地よい日差しの中で、伸び過ぎて他の植物の日差しをさえぎっているローズマリーの剪定をしています。なんだか良い気持ちです。

春のアロマテラピーキャンペーン引き続き行っています。

それから、境港でエンカウンターグループを企画中です。詳細が決まりましたら、こちらのページやメールマガジンなどでお知らせ致します。

【2009/04/15】
ものすごく辛い体験をしたとき、私たちはそのことを繰り返し繰り返し頭の中で考え、その苦しみを自ら増幅し、維持し続けてしまう。出来事自体はすでに終わっているにもかかわらず。その、繰り返される考えは、本当の自分ではなく、自分の中を流れていくただの思考に過ぎないということに気づくことが、スピリチュアルな目覚め、本当の癒し、の第一歩になる。

どんなに、取り返しがつかない、と感じる出来事であっても、その体験を通して、より深い幸福、内側からわき出してくる幸福に目覚めることができる。

【2009/04/10】
水曜日、手作りのお弁当を持って、境港の桜の名所、台場公園へ花見に出かけました。行き交う船と満開の桜をながめつつ、春の陽気を満喫しました。いつもは、大阪と境港の桜の開花は1週間以上ずれているのに、今年はほぼ同時のような気がします。

前回、アロマのことを書いてから思い立ったのですが、5月まで「春のアロマテラピーキャンペーン」を行いたいと思います。多少ですが、料金を割引させていただきますので、興味のある方はこの機会にアロマテラピーを体験してみて下さい。

春のアロマテラピーキャンペーンのご案内

【2009/04/08】
昨日、大阪から境港の自宅に戻ってきました。新大阪駅前の桜はほぼ満開でしたが、境港の桜はどうでしょうか。昨日は夜遅くてよく見えなかったので、今日は少し近所を散策してみようと思っています。庭の植物たちもどんどん花が開いて、にぎやかになっていました。

春になって暖かくなってくるとアロマテラピーのセッションを希望される方が多くなります。私も妻にたのんで、マッサージをしてもらうこともあります。もうずいぶん心身がゆるんでリラックスできるようになってきたつもりでいても、まだこわばっているところ、癒しを必要としている部分があることが見えてきたりします。

普段、頭の中だけで生きている方にとっては、身体の感覚を感じるということは、頭で考えていただけでは気づかなかったまったく新しい生きる感覚を意識する体験になるかもしれません。頭の中のおしゃべりが静まって、自分の中心と深くつながる体験が起こることもあります。なにより、ほっとできる感覚が嬉しいです。

【2009/03/29】
 最近、境港のほうでもセッションのご予約が多い日が続いていたのですが、今日は久しぶりに時間が空き、お天気もよいので、庭の草取りをしたり、穴を掘ってその草を埋めたりしながら、春のおだやかな日差しを満喫しました。

 「生きる」ということは、最終的には、「本当の自分を見つけること」「全体と一つになること」「目覚めること」が目的のようです。それは、そこに近付き始めると、「これでいいのだ」という、疑いようのない実感が大きくなってくることからもわかります。そのプロセスの中で大切なことは、「『私』という感覚を客観的に見ること」、「『私』にとらわれなくなること」です。それは、ある意味では、古い自分が死んでいくことですから、大きな抵抗や怖れを感じます。

 人生の中で「どうしようもない行き詰まりを感じるとき」「絶望感を感じるとき」「死にたくなるとき」は古い自分が死にそうになり、新しい自分が生まれ出ようとしているけれど、それがまだ怖い、というときなのです。そんなとき大切なことは、その恐れ、抵抗感を、ただ、十分に感じつくす、ということです。それを感じている自分をそのまま許す、ということです。

 「いつでもそのままの自分で大丈夫」という真実に目覚めていくことが、「目覚める」という言葉の意味なのです。

【2009/03/05】
「中年の危機」という言葉があります。目に見える世界での拡大だけを追求していく人生の前半期がすぎ、人生の後半期に入ってからも、前半と同じ考え方をベースに生きていると、心身の不調や、そこまでいかなくても、何かが違う、という感覚が大きくなってきます。それまで、「世界とはこういうものなのだ」と信じ込んでいた世界とは違う、世界のもう一つの側面の存在を認めることは、それに抵抗していると、とても大きな怖れを感じるかもしれませんが、それに対して意識的に心を開いていくと、人生がもたらしてくれる最大の喜びを感じることが出来ます。自分の生きている意味がはっきりとわかり、「これでいいのだ」という確信を得ることができます。

このような意識のシフトに直面した時の困難が「中年の危機」という言葉で表現されているのですが、人類全体の意識が深化しつつある今、30代前半や、20代の若い人たちの中にも、このような意識の深い変容と、それにともなう困難を体験する人が増えているように感じます。

理由のわからない心身の不調や、人生に対するむなしい感覚は、心地よいものではないかもしれませんが、きちんと向き合っていくと、人生最大の贈り物になる可能性があるのです。

【2009/02/11】
7日に久しぶりのメールマガジンを発行しました。この中で、まぐまぐの「かんたんクリック投票」のシステムを利用して、感想を簡単に送れるようにしてみたのですが、これが思った以上に興味深いものでした。「役に立つ」「興味深い」が多くて「よくわからない」が少しあったのは想像していた通りだったのですが、「ものたりない」という方が思った以上に多かったのが意外で、今後の参考にしたいと思います。

また、クリックした後に表示される投稿フォームからメッセージを送って下さった方もいて、メールマガジン発行の後にいただいた感想の数としてはこれまでで一番多かったように思います。短いご感想でも、とても嬉しく、励みになりますので、クリックされた方はぜひメッセージもお送り下さい。

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【2009/02/05】
子供の頃に「ため息をつくな!」と父から怒られたことがありました。20年前、自分自身の癒しと目覚めのプロセスが始まったとき、自分がどれほど息をつめて身体をこわばらせていたのかに気づいて、びっくりしました。

セラピーの中でも「ため息をつくのはいけないことだ」「ため息をつくと魂が抜ける」と周囲の人に言われ、息をつめて、苦しい人生を生きている方にお目にかかることがよくあります。そういう方には、出来るだけ意識的に深いため息をついてみて下さい、とお話します。それだけで涙が流れ、エネルギーが流れ始めることがあります。

周囲の人から言われ、あたりまえのように信じているさまざまな考え方を、もしかしたら間違っているのではないか、と疑ってみることが、考えの牢獄から解放され、自分の人生を歩き始める第一歩です。

【2009/02/02】
最近、心の中がどんどん静かになっていくのを感じています。自分の(ものだと思い込んでいた)思考の流れに、どれほど惑わされ苦しめられてきたのかがはっきりと見えてきたような感じがします。

もう何年も前に、ブレスワークを受けたある方が、ブレスワークが終わった直後に「考えなくても生きていけるんですね」と、すがすがしい表情でおっしゃった言葉を、ふと思い出しました。そのときわたしは、「そうですよ」と、微笑みながら答えたのですが、その当時は、その言葉が持っていた深い意味を十分には理解していなかったように思います。

心と心の中を流れていく思考を切り離して見ることができるようになる感覚は、楽になるための、そしてスピリチュアルな目覚めのための、とても大切なプロセスです。

【2009/01/07】
誰かや何かに頼らないと生きていけない、という思いは、人生最大の勘違いかもしれない。あなたがあなた自身に少しずつやさしく出来るようになってくると、この勘違いがパラパラと崩れ始め、本当のあなたが見えてくる。だから、今、どんなに苦しくても、焦らないで、慌てないで。道はあなたの前にある。

【2009/01/05】
みなさんは何か初夢を見ましたか?夢は無意識からの大切なメッセージなので、どんな夢でも(たとえ悪夢のような夢でも)その感覚をよく味わってみることが大切です。

わたしは、これは夢でもないし、新年でもないのですが、昨年末、ちょっと不思議なイメージが心に浮んできました。「分水嶺を越えて、向こう側に出た」という感覚です。少し前にここにも書いた「広い海に到達した夢」とも関係があるような気がするのですが、これまではまだ古い価値観に引き戻される力が強かったのが、ついに向こう側に出て、これから先は下り坂で、進んでいくのが少し楽になったような感じがしています。

【2009/01/01】
新年、あけましておめでとうございます。いつもスペースまほろばのホームページを見て下さってありがとうございます。今年もよろしくお願い致します。

境港は雪のお正月になりました。みなさんのところはいかがですか?

【2008/11/22】
前々回のこのページに「思考がすべてを創り出す」と書いたのですが、これだけ読むと、辛いことが起こったとき、それは自分の思考が作り出しているのだ、自分が悪いのだ、というふうに考えてしまって、ますます自分を責めてしまうかもしれません。そうではなくて、頭の中を流れていく思考は、本当の自分とは関係がないのです。自分の意思とは関係なく、過去に条件付けされた思考が頭の中を流れていき、それが自分を苦しめているのです。「こんな自分ではだめだ」「もっともっと〜しなくては」etc...。

まずは自分の頭の中をしらないうちに流れていく思考に気づくことが大切です。気づくことができるようになってくると、自分と思考を切り離して見ることができるようになります。自分は、頭の中を流れていく思考ではなくて、その思考が流れていることに気づいている、「気づき」そのものだということが見えてきます。どんなに苦しいときも、あなたはその苦しみではなくて、苦しみに気づいている「気づき」なのです。

【2008/11/19】
昨日、境港の自宅に戻ってくると、いきなり雪の舞う真冬の天候になっていてびっくり。バスの中から見える中国山地の山々、特に、冬の間一番積雪の多い蒜山(ひるぜん)高原のあたりでは激しい雪になり、まだ残る紅葉の山がうっすら白く雪化粧して、素晴らしい眺めでした。みなさんも風邪をひいたりしないように気をつけて下さいね。

【2008/11/18】
知らないうちに否定的な考えをしている自分に気づく。そうか、こんな考え方をしていたのでは、人生は大変なものになって当たり前だな、と、思わず笑ってしまう。思考がすべてを創り出す。

【2008/11/11】
すっかり秋の気配が深まってきました、と書こうと思っているうちに、もう冬の足音がはっきり聞こえる感じの今日この頃ですね。時間のあるときに大山(だいせん)の紅葉を見に行こうと思っていたのですが、出かける時間のとれないうちに、大山初冠雪のニュースが報じられました。でも、今日は、大阪への移動のバスの中から、思いがけず大山や蒜山(ひるぜん)高原あたりのきれいな紅葉が見られたのでよしとします。

2、3日前に、とても印象的な夢を見ました。激しく流れるとてもきれいな川が、ついに広い海までたどりつき、水しぶきをあげながら見渡す限りの大洋へと注ぎ込んでいるのです。目が覚めたあと、やっとここまでたどりついたか、という安堵感と、なんともいえない感動が身体を満たすのを感じました。何かが落ち着くところに落ち着いたような感じでしょうか。

【2008/11/08】
心が癒され、そのプロセスの続きとして、スピリチュアルな目覚めを体験していくということは、多くの人が誤解しているように、何か特別な体験ではありません。ただ、今普通に行っている毎日の生活の一瞬一瞬の出来事を、出来る限り意識的に生きていくということ、ただそれだけのことなのです。すると、この当たり前だと思っていた毎日の生活が、どれだけ特別なものなのか、どれだけ貴重なものなのか、ということがわかってくるような気がします。

【2008/10/14】
エックハルトトールの"A New Earth"の日本語訳がいよいよ出版されるようです。以前から何度かご紹介している「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」を読んで感じるものがあった方にはぜひお勧めします。
「ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-」

【2008/09/28】
本当に、わたしたちは日々変化していきます。昨日と同じものは何一つとしてない。毎日会っているあの人も、実は昨日とはまったく違う人なのに、思考のマジックで、つまり、あの人はこんな人、という、あなたの思い込みによって、同じ人のように見えているだけかもしれません。今、目の前にいるその人が、あなたのまったく知らない人だとしたら、その人にどんなふうに接していくか考えてみてはいかがでしょうか?あなたの心の中にあるその人に関するすべての情報をわきにどけて、初めて出会った人のように、その人を見つめてみて下さい。どんな感じがしますか?

【2008/08/23】
お盆は2週続けて境港の自宅にいたので、今週は久しぶりの大阪です。朝夕はすっかり涼しくなって、すこ〜しずつですが秋の気配がただよって来るような感じがします。こういう季節の変わり目の感覚が、わたしは大好きです。こんなときは心も大きく揺れ動くことが多いように感じますが、そんなときこそ、変化していくことこそが人生なのだ、ということに意識を向ける大切な機会のように思います。

【2008/08/06】
大阪から境港の自宅に戻った翌日というのは、だいたい、ひたすら寝ているか、起きていてもほとんど何もしないでぼんやり過ごすことが多いような気がします。無為の時間を過ごすことで、エネルギーを浄化しているような感覚でしょうか。

昔ほどではありませんが、今でもときどき「そんな無駄に時間を過ごしていいのか」という心の声が聞こえてくることがあります。昔はその声が聞こえると、とても焦って、むやみに、せわしなく行動していました。今は、その無為の時間こそが、一番大切な何かと自分自身を結び付ける貴重な時間であることを知っているので、その声が聞こえてきても、そのままやり過ごすことができるようになってきています。

【2008/07/27】
暑い日が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?この1ヶ月はセッションのご予約も多く、プライベートでもいろんなことがあったので、このページの更新もごぶさたになってしまいました。

最近、自分の内面がまた一段と静まってきたような感覚があります。この変化は20年近く前から少しずつ続いているものなのですが、だいぶ前に同じようなことを書いたときに、こんなことを聞かれたことがあったのを思い出しました。「わたしは中野さんのように、そんなに自分が変化していくのを感じない」と。たしかに、多くの方とセラピーのセッションを続けていくと、わたしも驚くほどに急速に変化していく方もいれば、なかなか変化を自覚できない方もいます。

その一つのポイントは「気づき」という言葉で表現できるのではないでしょうか。ここでいう「気づき」というのは、今この瞬間、自分と世界に起こっていることすべてに対して気づいている、すなわち、意識的である、ということです。一見当たり前で、あまりにもシンプルなことですが、本当の意味で「気づく」ことができると、それだけで生きている感覚が根本的に変わってくるのです。セラピーというのは、「気づき」を深めるためのお手伝いだとも言えるでしょう。

【2008/06/20】
メールマガジン【まほろば通信】を発行しました。購読されていない方はこちらでバックナンバーをご覧下さい。今回は秋葉原の通り魔事件について少し書いてみました。この事件はあまりにも重すぎる感じがして、それについて何かを書くのはためらっていたのですが、NHKの特集番組を見て、どうしても書いてみたくなったので。

【2008/06/16】
境港の自宅では、庭のハーブ畑のラベンダーが見ごろになってきました。カモミールはやっとつぼみが付き始めたところで、去年よりは早めに種まきしたつもりだったのですが、やっぱりまだ少し遅かったかな、と反省しています。今年はあまり花を摘まずに、来年に向けて自然に種を落とすのもありかな、と思っています。毎年、試行錯誤しながら、ぼちぼちやっています。

最近よく感じることは、コントロールできないことをコントロールしないままにしておくこと、自然のままにしておくことの大切さ、です。人生に起こる多くのことは自分の思い通りにはなりません。ならば、どんなことが起こっても、それが大きな宇宙の流れの一部だと感じられるようになることは、この大変なことばかりが起こるように見える人生の大きな波を上手に渡っていくために、一番大切なことのように思えます。その感覚を感じるためには、自分のありのままの感覚を、抑圧するのでもなく、過剰に表現するのでもなく、ただそのまま感じ取る姿勢、つまり、瞑想的な心の姿勢が不可欠です。

【2008/06/06】
久しぶりにメールマガジンを発行しました。購読されていない方はこちらでバックナンバーをご覧下さい。最近子供たちがとてもまぶしく見えます。

【2008/06/02】
今週は2週続けて境港の家にいたので、明日は久しぶりの大阪への移動となります。今日のニュースでは近畿地方がすでに梅雨に入ったことを伝えていました。洗濯物が乾かないのはちょっと困りものですが、雨の日のしっとりした感覚は案外好きです。

始めたばかりのお話会ですが、2回やってみて、参加して下さった方にはとても好評だった一方で、わたし自身の中では何かしっくりこない感覚が大きかったので、ちょっとお休みにして、再開の時を待ちたいと思います。

【2008/05/30】
よく「自分探し」という言葉を耳にします。この言葉を聞くと「今の自分は本当の自分ではなくて、どこかに、今の自分とは違う本当の自分がある」というような感覚を感じます。しかし、本当の自分探しというのは、今の自分とは違う、本当の自分を見つけたら終わり、というものではないようです。本当の自分というのは、今の自分も、別の自分も、そして、考えられるすべての自分の存在にも気づいている、「気づき」そのもののことなのです。こんな自分、あんな自分、という感覚は常に変化していきますが、その変化に気づいている「気づき」そのものはいつも変化せずにそこにあります。その感覚を実感することが、「自分探し」の目的だし、癒し=全体性を取り戻す、ということでもあるのです。それはまた、あなたがあなた本来のパワーを取り戻すこと、とも言えるでしょう。

【2008/05/28】
昨日、今日(27、28日)と、短い旅行に出かけていました。懐かしい町を歩き、懐かしい人に出会って、最近少しよどんだ感じがしていたエネルギーがまた動き出した気分です。明日(29日)は境港でのお話会の日。参加して下さる方との間で、どんなことが動き出すのか、楽しみです。飛び入り参加も歓迎します。

【2008/04/30】
暖かい、というよりも暑いような日になってきました。先週の境港ではいろいろ忙しくて、庭いじりの時間がなかなか取れなかったのですが、大阪へやってくる前日の月曜日には、なんとかラベンダーの挿し木が出来ました。うまく育てば、今年もご希望の方にはラベンダーの苗をさしあげることができそうです。

初めてのお話会は、参加者は少なかったのですが、わたしを含めて、参加されたみなさんにとって有意義なグループになりました。当初考えていたのとは少し違う展開でしたが、参加された方がわたしを通して必要な情報を引き出してくれる、とでもいうような感覚が、わたし自身も心地よかったです。そのときどきのエネルギーに応じて、自然に展開していくプロセスを楽しむような感じで、今後も末永く続けていきたいと思っています。

【2008/04/16】
先週、境港の自宅では久しぶりに庭いじりをして、去年は種まきが遅くなりすぎて収穫が少なくなってしまったカモミールの種を播くことができました。最近ちょっと身体がなまっているので、小さな面積でも土を耕すのは大変でしたが、まあまあ上手に畝(うね)も作れたので満足です。今年はどのくらい収穫してお茶にできるか、楽しみです。来週帰ったら、今度はラベンダーの差し木ができるかな?

ご案内しているお話会ですが、大阪で行うときには参加したい、とのメールを何件かいただきました。ありがとうございます。大阪での開催時期に関してですが、今のところ境港で何回かやってみてから、と考えていますので、早くても2、3ヶ月先になるのではないかと思っています。参加希望の方にはお待たせして申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。

【2008/04/07】
4月3日の今日の一言で予告していたグループに関する詳細を決めましたので、こちらのページに掲載しています。興味のある方はぜひご覧下さい。

もともともわたしは人前で話をしたりすることは苦手だし、もっと昔は自分がそんなことをするなんて思ってもいなかったのですが、セラピーの仕事を続けていく中で、いつか、文章を書くことだけでなくて、直接話をして伝えるということをするときが来るだろうな、という直感めいたものがあったのです。どんなグループになるのか、自分でもまだよくわからないのですが、やると決めたら、心がとても落ちついて、内面のパワーの源と繋がっていくような、より深い安定感、安心感を感じてきました。

【2008/04/03】
新大阪駅横の公園の桜もほとんど満開になっていて、またこの季節が来たなぁ、という感覚が心地いいです。

ちょっと予告なのですが、わたしがこれまで学んできたことや感じることをお話する小さなグループを始めようと思います。講演会というほど大げさなものではなくて、参加して下さる方のフィードバックをうかがいながら、質問も受けていくような、まあ「お話会」というような感じになるでしょうか。

こういうグループを行うことに関しては、ずいぶん前からわたしの心の中で構想だけはあったのですが、実際に始めるにあたっては、どこか自信を持てずにいました。ところが、1週間ほど前にちょっと不思議な体験があって、自分でも意識しないままになっていた自信のなさが急にはっきりと見えてきて、それが消えていくような感覚があったのです。「自分の感覚をもっと信頼して下さい」と、みんなに話していたのに、それが一番必要だったのは自分自身だったのだな、と気づきました。詳細に関しては、決まりしだいこのページとメールマガジンでお知らせしますので、もう少しお待ち下さい。

【2008/03/26】
大阪の街を歩いているとそこかしこで桜の花がほころび始めていました。一方、境港では、つぼみが緩みはじめるのはもう少し先のようです。でも、春はもうそこまで来ていますね。

「自分を大切にする」ということを話すと、「そんなことは聞いたこともないし考えたこともなかった」とおっしゃる方がいます。人生をうまく生きていくということは、人の言うことをよく聞いて、人に合わせていくことだと思っていたと言うのです。自分の気持ち、自分の考えを大切にして、尊重していかなければ、生きていくのが辛くなるのは、ある意味では当然のことです。その上、自分を抑えて人に合わせているときには、周囲の世界に対して「わたしのことは尊重しなくてもかまいません」という無意識のメッセージを送りだしているわけですから、あなたに対して抑圧的な人をますます引き寄せてしまいます。あなたが自分を大切にし始めると、あなたの周囲の世界があなたに対してとても愛情にあふれた、やさしい世界になっていきます。

【2008/03/09】
2月から3月にかけて急にエネルギーが変化したような感覚があります。先週、境港では初めて来られる方がとても多くて、過去の例からも、こういうときはわたし自身と周囲のエネルギーが変わっていくときが多いような気がしていたのですが、ある方から聞いた話では、この3月に大きな意識の変化があるということは、ずいぶん多くの人が言っているようです。こんなときは、その変化の流れに添っていれば、人生が急に開けてくるような感覚があると思います。一方、その流れに無意識に逆らっていると、はっきりした理由がないのに何かがうまくいかなくなってきた、と感じるかもしれません。自分の中のどの部分が変化に抵抗しているのか、そして、どの部分が変化し、成長したがっているのかを、よく感じとってみるといいでしょう。あなたはあなたが意識している以上に成長していく力を持っています。

【2008/02/27】
わたしたち一人一人が持つパワーは限りなく大きい。しかも、それは誰もが同じほど持っていて、不公平はいっさいない。誰もが、問題や苦しみだと考えているものを越えて、そのパワーを実感することができる。今はまだそのことが信じられないとしたら、あなたに必要なことは、自分自身に対するほんの少しの思いやり。判断せずに、自分の考えや感情をそのまま感じとること。ほらね。

【2008/02/23】
「これじゃだめだ」「こんな自分じゃだめだ」と心の中であなたにささやきかける微妙な思考に気づくこと。気づいたら、それを判断することなく、ただ気づいておくこと。その思考のまわりにある空間を意識すること。それはただの思考。やってきては、消えていく。

【2008/02/05】
最近「祈り」の大切さを実感します。「祈り」といっても、そんなに大げさなものでも、何か宗教的なものでもありません。基本的には、大切な人がもっと楽になれるようにと思いながら、ゆったりと深い呼吸をして、自分の内面を感じるだけです。自分自身が苦しいときに人のことなんて、と感じる人もいるかもしれませんが、自分が苦しいときにこそ、誰かのことを思いやるということを意識的に行うのは、とても大切なことです。それは、実はもっと難しい「自分を思いやる」ということに直接つながっているからです。セラピーを受けに来て下さる人や、家族のことを思いながら祈ると、自分自身が癒され、静まっていくような感じがします。

【2008/01/26】
あなたはもっと自分の心の声にしたがってもいい。あなた自身の心の声を大切にし、おだやかにしたがっていくことが、宇宙の大きな流れに身をまかせていくことに近付いていく。生きることは、今では信じられないくらい楽なものになっていく。

【2008/01/06】
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。いつもスペースまほろばのホームページを見て下さってありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。メールマガジンのほうで新年にあたって感じることを書いてみましたので、読者登録されていない方はこちらでバックナンバーをご覧下さい。

今日は妖怪神社に初詣に行ってきました。境港はゲゲゲの鬼太郎で有名な水木しげるさんの故郷で、妖怪たちのブロンズ像がならぶ「水木しげるロード」が観光地として大ブレイク中です。10数年前にこの企画が持ち上がったときには、妖怪なんかを並べたらますます人が来なくなる、という反対もあったそうですが、今では日本中から妖怪たちに会いに老若男女が大挙して訪れるようになりました。

わたしが思うに、この妖怪たちは、わたしたち一人一人の心の奥、無意識の世界のさまざまな側面を表現しているのではないでしょうか。心理学に少し詳しい方ならば、ユングの言う「元型(アーキタイプ)」を表現している、と言えばわかりやすいかもしれません。つまり、妖怪たちに会いにいく、ということは、自分の無意識の世界に出会いに行くということだと思うのです。それはすなわち、わたしがセラピーで目指していることと同じこと、つまり「癒し」だと思うのです。

【2007/12/10】
人から何かを言われて、そのことで傷つけられた感じがしたり、いやな気分になったとき、次のことを考えてみるといいかもしれない。誰かから何かを言われたとき、その内容はあなた自身とは何の関係もない。それはあなたのことではなく、言っている人、その人が自分のことを言っているだけなのだ。でも、もし言われたことが心にひっかかる感じがしたら、それはあなた自身に未解決の問題があることを教えてくれる大切なメッセージ。その部分をきちんと見つめていけば大丈夫。

【2007/12/09】
癒しのプロセスは、あなたが自分自身を制限していた思い込みを手放していくプロセス。「〜でなければならない」「〜な自分はだめだ」そんな思い込みを一つずつ手放しながら進んでいくと、ある地点まで来たところで「わたし」という思い込み全体が溶け去って、本当の自分が姿を見せる。

【2007/12/07】
境港の自宅では、庭の木々がほのかに色付いて、プチもみじ狩りな気分の今日この頃です。

最近、いろんな気づきが心の中を通り過ぎていきます。もっと表現したいと感じつつ、でも、その気づきが心の奥にしみ込んでいくと、それだけで落ち着いてしまって、実際に表現するまでには至らなくなってしまうのです。無理に表現しようとしなくても、わたしが楽になると、わたしの周囲の人たちがどんどん楽になっていくのがわかります。これはとても嬉しい気分です。

あなたの中には、あなたがまだ想像したこともない力があります。それに気づいていくプロセスが「生きる」ということです。そう、焦らずに、少しずつ。

【2007/11/15】
どうしてわたしたちは、何かが「よい」とか「悪い」とか判断するのだろうか。それは、ただ、そうなっているだけなのに。判断することそれ自体が、自分自身を苦しめているのに。

【2007/11/04】
人生の中で感じる苦しみの原因はたった一つだけだな、と最近感じています。それは「ありのままの自分ではいけない、という考え」です。

「〜でない自分はだめだ」「〜できない自分が悪い」「自分が〜だからうまくいかない」そんなことばかりを話して下さる方がいます。そのお話をうかがっていると、胸が痛くなります。がんばって努力して、理想の自分に少し近付いたとしても、あなたは決して楽にはならないでしょう。なぜなら、苦しみの本当の原因は「自分が理想の姿ではないこと」ではなくて、「ありのままの自分ではいけない」と「考えていること」だからです。

あなたはあなたのままでいいのです。あなただからいいのです。そして、そのことをほんの少しでも実感し始めると、「自分」という感覚自体が変わってきます。「自分」というのは、これまで自分が思ってきたものとはまったく違うのです。

【2007/09/29】
深く癒されるということは真のスピリチュアリティに目覚めるということと同じであり、すご〜く簡単な言い方をすると、緊張がゆるんでくるということです。本当に深い部分から心身の緊張がゆるんでくると、生きている感覚が変わってきます。世界全体が根本的に変わってきます。

苦しみがまったくなくなるというわけではないけれど、あったからといって、そのことがそれほど問題でなくなってきます。いや、そもそも、「緊張=私という感覚」ですから、緊張がゆるんでくるということは、「苦しみを感じる私」という存在自体がほどけていくような感覚です。

これまで気づいていなかった緊張に気づいていくことが、この感覚に近付いていく第一歩です。

【2007/09/19】
愛のある家庭で育った人は愛のない家庭というものが想像できない。反対に、愛のない家庭に育った人は愛のある家庭というものが想像できない。そもそも、そんなものがあるなんて考えたこともないし、場合によっては自分の家庭が愛にあふれていたと思い込んでいる場合もある。今の自分がどんな家庭環境の中で形づくられてきたのかを確認するのは、家族を非難するためではなく、本当の自分に気づくためにとても大切だ。

【2007/09/14】
この1〜2週間、何かが近づいているような不思議な感覚を感じています。この話をある方にすると、この9月は意識の大きな変化が起こると言われている月なのだとか。わたしの内面に大きな変化が起こるときというのは、セラピーを受けている方にも深い変化が起こることがよくあるのです。人々の意識の中で、何かが起こっているのでしょうか。

【2007/08/15】
暑い日が続きますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。父の初盆で実家に戻っています。子どもの頃よく遊びに行った母の実家を10数年ぶりに訪ねる機会がありました。途中の道路がずいぶん新しくなっていて時代の変化を実感した一方で、ホタルが乱舞していた小川や畑の中の曲がりくねった小道が昔のままなのを見て、不思議な気分になりました。子どもの頃からとてもお気に入りだった畑の中の小道は、なんだかミニチュアのように見えて妙な違和感があったのですが、ふと思い立って、しゃがみ込んで子どもの視線まで目の高さを下げてみると、30年前とまったく同じ感覚に戻ることができて、なんだかとてもほっとしました。

【2007/08/06】
「いつも、無意識に、判断していたのだなぁ」ということがはっきり見えてきた感じがしています。「これはいけない」「あれはいい」そんな想いが、人や自分を苦しめ、生きづらくさせていたのです。判断することを一瞬でもやめて、「ありのまま」という言葉のもっとも深い意味で、ものごとをありのままに見て、感じることができると、「な〜んだ」とでもいうような、ぽか〜んとした心地よさがやってきます。

【2007/05/16】
昨日からまた大阪に来ています。先週はハーブ栽培のために庭いじりの1週間でした。昨年は天候の影響だったのか、ハーブの成長がどれも今一つだったのですが、今年はとても順調で、昨年差し木したラベンダーも元気よく育っています。ぼちぼちつぼみがふくらんで紫色が見えてきていたので、今度家に帰ったときには花が咲いているかもしれません。カモミールは、種をまくのが少し遅くなってしまったので、取れたてのカモミールティーを味わっていただけるまでにはもう少し時間がかかりそうです。タイムやロケットもかわいい花を咲かせていますし、ハーブ以外の植物は今が花盛りで、庭はお花畑のような装いになっています。

5月の最終週はいつもより長く境港でセッションを行っていますので、普段は時間が合わない方や遠方からの方もこの機会にどうぞお越し下さい。ご希望の方にはカモミ−ルの苗をプレゼントできると思います。

【2007/04/29】
 最近読んでいる本。

・「A New Earth」Eckhart Tolle
エックハルトトール「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」は、もう5回以上読み直したのですが、今は同じ著者の最新刊であるこの本がわたしの意識の変容に大きな役割をはたしています。著者も語っているように、こういった本は新しい情報を伝えてくれるというよりも、読む人の意識を変容させる媒介となるもののようです。
翻訳の出ていない原書をこんなに夢中になって読むのは10数年前のサネヤロウマン「スピリチュアルグロース」以来ですが、このおかげで長年停滞していた英語の読解力も多少向上しているような気がします。

・「存在することのシンプルな感覚」ケン・ウィルバー著、松永太郎訳、春秋社、
ケンウィルバーの多くの著書の中からスピリチュアルな香りのする文章を集めたアンソロジー。エックハルト・トールの著作と同じように、人々の意識を変容させるパワーを持った本です。松永太郎さんの翻訳の素晴らしさがウィルバーの文章の味わいをさらに深めてくれているように感じます。
わたしが昔何度も読んだ「無境界」からの文章を中心に、自分でできるエクササイズも多く取り上げられていますので、内的探究を進めている方にはぜひお勧めします。

【2007/04/18】
人生に苦しみがあると気づいたとき、それはあなたが本当の自分を生きていないということを教えてくれる大切なメッセージになりうる。でも「本当の自分」というのは、今あなたが考えているどんなものとも違うだろう。それが何なのかを知っていくことが、いや、思い出していくことが人生の目的だし、人生そのものなのだ。

【2007/04/06】
この下の3月7日のところで書いた身体を感じるエクササイズですが、どうしてこれが大切なのでしょうか。それは「感じる」ということは、イコール、その感覚の存在をそのまま許す、ということだからです。つまり、本当の意味で自分を愛するということにつながるからです。

よく「自分を愛することが大切」という言い方があります。この言葉を聞いて「こんな自分を好きになんかなれないよ」とおっしゃる方がいますが、別に好きになる必要はないのです。ただ、今のその状態のままで存在していることを認めてあげればいいのです。自分のことを嫌いな自分が今いるとしたら、その状態でいることを許す、ということです。

【2007/04/04】
4月になりましたね。境港ではまだ5分咲きだった桜が大阪ではもう満開で、この時期にはいつも、時空を飛び越えて移動しているような不思議な感覚が心地よいです。新大阪セッションルームのすぐ前にあるセンイシティー3号館がリニューアルして、ホームセンターの「コーナン」になったので、そこで買物をしてセッションルームの備品も少しずつリニューアルしています。

【2007/03/28】
境港の自宅に戻ってきたら、庭の植物がずいぶん成長していて、1週間前とはずいぶん様子が変わっているのに気がつきました。桜もちらほら咲き始めていて、いよいよ春本番ですね。今年もハーブの栽培に向けて、そろそろ畑の準備をしないといけません。

先日、ある方がおっしゃっていたこんな言葉がとても印象に残っています。「こうして話をしていると、心の中が耕されていくような気がする。」

【2007/03/24】
最近「ハグして下さい」と言われることがときどきあって、日本人の意識も少しずつ変わってきているんだなあ、と思っていたら、ドラえもんのテーマ曲が「ハグしちゃお」っていうのになってるんですねぇ。これにはびっくり。15年くらい前に「ハグ」という言葉を始めて聞いたときは、それっていったいどこの言葉?と思ったのを思い出しました。

ハグするというのは、あなたはあなたのままでいていいんだよ、ということを直接表現する行為だと思います。身近な人たちと意識的にハグしてみてはいかがでしょうか。もしそんな相手がだれもいない、と感じる人は、まず自分の身体に両手をまわして、自分自身をハグしてみて下さい。どんなフィーリングを感じますか?

【2007/03/07】
20度を超すぽかぽか陽気から一転して、昨日から雪が舞っている境港です。気温の変化が激しいので、みなさんも風邪をひかないように気をつけて下さいね。

毎日の生活の中でできる実践の方法として、一番簡単かつとても効果的なのは、何をするときでも自分の身体の感覚に意識を向けておく、というものです。最初は他のことをしながらというのは難しいかもしれませんので、静かな場所に座ってやってみたほうがいいですが、感覚をつかめば、いつでもどこでもできるようになります。

ゆったり呼吸をしながら、身体の感覚を足の先から頭のてっぺんまでスキャンするように感じていきます。手足の先の軽くしびれるような感覚とか、おなかのあたりの重たい感じとか、胸のあたりのぴりぴりするような感覚とか、その他いろんな感覚があるかもしれません。その感覚について考えるのではなく、ただそのまま味わってみます。

このエクササイズを意識的に続けていくと、それだけで人生の質が少しずつ変わってきます。

【2007/03/01】
人間は変化していくのが自然な姿のはずなのに、自分にはそんなに変化していく感覚がないと感じているようなら、心の奥に自然なエネルギーの流れを妨げている何かがあるのかもしれない。セラピーを受けている方から、何か自分でもできることはないですか?と聞かれることがよくあるけれど、さまざまな実践の形がある中で、自分の生育歴を見直して、その中で失われてきたもの(失われたとはまったく気づいていないかもしれないけれど)を自覚し、その感情を十分に感じ取っていくことが、自然のエネルギーの流れを取り戻し、人生を深めていくための第一歩になる。

【2007/02/27】
うまく言葉で表現できないのだけれど、「自分」という感覚がとても深いところで変わって来ている。いつも同じことを言っている感じがするけれど、通常、人間が「これが自分だ」と考えているものは、本当の自分のほんの一部だけ。ある意味では、自分で自分の範囲をせばめて、自分を苦しめている。

だから、今苦しんでいる人に伝えたいことは、「その苦しみが人生のすべてではない」ということ。今のあなたには想像もつかない感覚が必ずある。

【2007/02/24】
多くの人と話をする中で最近気づいたこと、そしてちょっと意外に感じたことは、ほとんどの人が「眠っているとき以外に考えずにいられるということはないと思っている」ということ。言い換えると、目が覚めている間は四六時中、心の中に思考があって、それが普通だと思っているということ。それはすなわち、その思考がイコール自分自身だと思っているということでもある。思考がなくても意識は存在するということをちょっとでも実感し始めると、それだけで生きている感覚が根本的に変わってくる。なにしろ「悩み」というのは、「思考」だからだ。そう、悩みがなくても生きていけるのだ。

【2007/02/18】
たとえそれがとても辛い事実であったとしても、本当のことに直面するということは、生きる力を与えてくれる。

【2007/02/11】
いつも自分が悪いと思って自分を責めている人は、一度他人のせいにしてみるといい。いつも自分が被害者だと思っている人は、自分に問題がないか考えてみるといい。そうしたら、もっと大切な次のステップが見えてくるかもしれない。そう、本当は誰が悪いわけでもない。ただ、そうなっているだけ。

【2007/01/24】
携帯電話でホームページを見て下さっている方から、予約状況のページがうまく見られない、という声をときどきうかがっていましたので、携帯で見やすいようにした(つもり)のシンプルな予約状況のページを作ってみました。とはいえ、わたし自身は(PHSを除く)携帯電話というものを持ったことがありませんので、どんなふうに見えているのかよくわかりません(^_^;)。「ここが見にくいよ」とか「こうしたらいいのでは」というようなご意見・ご希望がありましたら、ぜひお知らせ下さい。

【2007/01/18】
人間はどれほど自分で自分を苦しめているのか。最近、さらに深く身体がゆるんでくる感じがしているのですが、これは結局、自分で自分をこわばらせて緊張させていたわけです。こんなに自分をこわばらせてエネルギーの流れを抑えてつけていたら、心や身体の病気になるのは当然のような気がしてきました。

四六時中全身を緊張させているのに、そのことにまったく気づいていない人がいます。そんな人にとって、楽になっていくプロセスの第一歩は、自分がどれほど緊張しているのかに「気づく」ことになります。気づくだけでいいのです。気づくと、癒しのプロセスは自然に進んでいきます。

【2007/01/11】
「自分は、好きなように、自由に生きてきたのに、なぜか生きることがとても苦しい」とおっしゃる方が多いです。「自由に生きている」と考えている方のほとんどは、実際は自分にとても無理をして生きているようです。そもそも、本当に自由に生きている人は「自分は自由に生きている」なんて考えたりしないのです。

【2007/01/05】
いじめる人もいじめられる人も、深く心が傷ついている人。もしこの言葉が信じられないと感じるのであれば、あなたの心は深く傷ついているのかもしれない。あなたの心を癒していくことが、あなたが出来るいじめをなくす唯一の方法。

【2007/01/02】
みなさん、本年もどうぞよろしくお願い致します。年頭にあたって感じることをメルマガのほうに書いてみましたので、興味のある方はこちらからバックナンバーを読んでみて下さい。

そちらにも少し書いたのですが、今年のわたしのキーワードはなんだろうと思ったら 「目覚め」という言葉が浮んできました。今、世界全体が急速に目覚めていっているように感じます。「こんなにいろいろ問題が起こっているのに、ホントかな?」と思う方にいるかもしれませんが、ある問題が解決してくると、まだ未解決の問題が際だって見えてくるものなのです。例えば、セラピーの中では、身体の一部がリラックスしてくると、まだ緊張している部分が強い痛みをともなって意識にのぼってくることがあります。その痛みはあなたがしっかりケアする必要のあるところ、愛を送ってあげる必要のあるところを教えてくれているわけです。

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Written by Shinsaku Nakano <shinsaku@mahoroba.ne.jp>
Last Update: 2005/12/29