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今日の一言


【2010/10/26】
今後はブログをこのページのかわりにします。

【2010/10/04】
表現したいことが次々浮かんできていた状態が少しおさまってきて、心の中が静かになってきた感じがあります。ブログのほうは少し更新頻度が減るかもしれません。

【2010/10/01】
いろんな思い込みがバラバラと崩れていくような感覚を感じています。今日気づいたのは「私は45才の男性の人間のように振る舞わないといけない、と思い込んでいたな」ということです。気づくたびに、心身の緊張がさらにゆるんで、楽になる感覚があります。

【2010/08/17】
teatree お盆をはさんで、ちょっと久しぶりに大阪にやってきました。境港も昼間の暑さは大阪と変わらないのですが、大阪でビルの谷間にやってくるとやはり蒸し暑く感じますね〜。

以前は、大阪でも来客時以外はできるだけエアコンは使わない方針だったのですが、この数年はさすがにそうも言っていられないようになっています。それでも、夜寝るときには必ず消していたのですが、今年は初めて一晩中エアコンをつけて寝た日もありました。

種をまくのが遅くなってなかなか花が咲かなかったヒマワリがやっと咲いたので、写真を撮ってきました。まだ半分くらいしか咲いていないので、来週帰ったころにはもっとにぎやかになっているかも。(写真をクリックすると大きな画像が見られます)

【2010/07/15】
ブログの方もぼちぼち更新していますので、ご覧下さい。
 心の癒しと意識の目覚めのために〜スペースまほろばblog版

最初はこの「今日の一言」をブログにするだけのつもりだったのですが、始めてみると表現したいことが次々に浮かんできて、一つの独立したサイトのようになってきたのには自分でも驚いています。暇なときは本を読んでいることが多かったのが、最近はパソコンに向かって文章の下書きをすることが増えてきて、エネルギーがとても変化しているのを感じます。

そもそも、ブログにするのは少し前からアイデアとしてはあったのですが、ごく最近まで信じられないほど古いパソコン(というかOS)をメインで使っていたので、最近のウェブ上のサービスの多くは使いたくても使えない状態だったのです。周辺環境も整えて、新しいパソコンがメインで使えるようになったので、やっと時代に追いついたような気分です。

【2010/06/17】
【まほろば通信】発行しました。今回のテーマは「死にたくなるとき」です。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをご覧下さい。まほろば通信バックナンバー

ブログを作ってみました。この「今日の一言」をブログに移行するつもりで作ったのですが、このページの更新を完全にストップするかどうかは、もう少し様子を見てから決めようと思っています。

 心の癒しと意識の目覚めのために〜スペースまほろばblog版  (タイトルを変更しました)

【2010/06/13】
昨日まで夏のようなお天気だったのが、今日は一転、梅雨入りということでどんよりとした一日になりました。とはいえ、境港では思っていたほど雨は降らず、ちょっと肩すかしされたような気分です。

今年は気温が低い日が続いたせいか、なかなか咲かなかったラベンダーの花がやっと開き始めました。乾燥させて香りを楽しむためには花が開く直前に収穫したほうがいいのですが、かわいい紫の花も楽しみたいので、しばらくはこのままにしておこうと思っています。

【2010/06/10】
最近読んだ(読んでいる)本。

以前このページでもご紹介したケンウィルバーの"Integral Life Practice"の翻訳が出ていたのでご紹介しておきます。

・「実践インテグラル・ライフ〜自己成長の設計図」 ケン・ウィルバー他著 鈴木規夫訳 春秋社

忙しい現代社会で生活している人のための自己成長と悟りへの実践法、といったおもむきの本です。今、どんな方法で気づきの道を歩んでいる方にも必ず役立つ本です。

理論的な部分は少し難しいと感じる方もいるかもしれませんが、具体的なエクササイズも豊富に掲載されていますし、特に時間のない人は「1分間モジュール」だけでも毎日行うことで、今あなたが行っている実践法(瞑想やセラピー)の効果をさらに促進できると思います。

私はこの本と一緒にケン・ウィルバーの「インテグラル・スピリチュアリティ」を買ったのですが、最近ぼんやりと考えていたいろんなこと(たとえば、宗教の名の下にテロや戦争が起こるのはなぜ?悟った(と思われている)人がときとして自己中心的であったりするのはなぜ?真の目覚めが起こったあとの変化のプロセスと(いわゆる)宗教との関係は?などなど、、)がとてもクリアーに表現されていて、目からうろこがばらばらと落ちていくような感覚を感じました。この本は「実践インテグラル・ライフ」の理論編ですから、かなり難しい部分もありますが、興味のある方は読んでみて下さい。ケンウィルバーの本をまったく読んだことの無い方は「無境界」から読んでみることをお勧めします。



その他、最近特に役に立った本は次のような本です。

「根本的な幸せへの道」 ジーナ・レイク ナチュラルスピリット
「誰がかまうもんか!!〜ラメッシ・バルセカールのユニークな教え」 ブレイン・バルドー ナチュラルスピリット
「いま、目覚めゆくあなたへ」 マイケル・A・シンガー 風雲舎


最近、時間がなくてなかなかホームページの更新もできませんが、そのうち「まほろばの本棚」のページも更新したいと思っています。

【2010/06/02】
一週間のお休みをはさんで、ちょっと久しぶりの大阪にやってきました。昨日は、いつもは掃除しないようなところまで念入りにセッションルームの掃除をして、気分一新、新しい週に臨んでいます。

数日前にちょっと不思議な夢を見ました。夢の中で教員免許を受け取ったのです。もう教えてもいい、という許可を得ました。

目が覚めて、ちょっと考えてしまいました。さて、何を教えていいのだろうかと。これまでに私が学んできたことはセラピーを受けに来られる方や、このページを見て下さっている方に、私の出来る範囲でお伝えしてきたつもりです。それに、そもそも私は、あまり人に教えるのが上手ではありません。でも、何かもう少し違った形もあるのかな、ということも感じているところです。

【2010/05/13】
ブレスワークのセラピーを行っていると、意識的な呼吸というものが心の癒しと意識の目覚めにはたす大きな意味を繰り返し実感することがあります。

人間は無意識に呼吸を抑えてしまうことで、自分の内面の自然なエネルギーの流れを閉じ込め、大いなる存在とのつながりを忘れてしまうので、意識的に深い呼吸を繰り返すことでそのつながりを取り戻していく、というのが理屈ではあるのですが、そのプロセスが自然に展開していく姿を目の前で見ていると、自然の癒す力の偉大さに驚かざるをえません。

もう一つ理屈を言えば、呼吸というのは、意識と無意識をつなぐ橋渡しのような役割もあります。普段私たちは無意識のうちに呼吸をしていますが、その呼吸を意識的にすることで、意識(自分で自分と気づいている部分)と無意識(自分の中にあるのにそれに気づいていない部分)とを結びつけることができるわけです。

【2010/05/07】
昨日までの夏のような暑さはおさまって、さわやかな晴天になりました。午後は時間が空いたので、大山(だいせん)がきれいに見える海辺に車をとめて、心地よい風を感じながらしばらくぼーっとしていました。

目覚め(=癒し)のプロセスが深まるにつれて、自分の中の、まだ目覚めていない(=癒されていない)部分が否応無しに意識の表面に浮かんでくるのを感じています。一度きちんと意識に上ってくることで、気づきの光があたり、その部分を手放していくことができる、ということは頭では理解していても、実際にそれが起こるときというのは、少し辛い感じ、何か「痛い」感じがあります。

今私が感じているのは、微妙な自己否定の感覚です。特に何かをした後に「これでよかったのだろうか」というような思考とともにやってくる微妙な不安や恐れ。そういった感覚があることは、もちろんずいぶん昔から意識していたし、かつてはもっともっと大きかったそういう感覚がかなり小さくなって、信じられないほど楽になってきました。でも、自分がより深く目覚めてくるにつれて、心のどこかに「もうそんな感覚はなくなった」「もうそんな感覚は卒業したよ」というような、おごりのような気持ちがあったのかもしれません。

目覚めていくプロセスの中では、そういった「自己否定の裏返しの優越感」のような感覚にも光をあて手放していくということが、とても大切なことだと感じています。

【2010/05/02】
一番の基本は、自分がこの心と身体を超えた大いなる存在の一部である、ということをできるだけいつも意識しながら生きる、ということです。具体的には、身体の中にあるエネルギー場を感じる、身体の感覚を感じる、ということです。

これらの感覚がどうしてもわからないうちは、自分がやりたいと思うことを自由にやって、そのとき心と身体の中に起こる感覚を出来る範囲でいいですから、味わうようにして下さい。

何をしようと、何をしないでいようと、常にそのままで完璧だし、同時に、いつもそのことを思い出す道に上にいるわけです。

身体のエネルギー場を感じる、ということに関しては次の文章も参考にして下さい。
「自分を愛する」ということ
「自分を愛する」ということ〜2

【2010/04/29】
久しぶりに【まほろば通信】発行しました。今回のテーマは「存在の神秘」です。購読の登録をしていない方はこちらからバックナンバーをご覧下さい。まほろば通信バックナンバー

雨もあがって、大阪はいい天気になってきました。

【2010/04/11】
最近、数年ぶりにプールに通うようになりました。その動機となったのは、少し前にも書いたケンウィルバーの"Integral Life Practice"という本です。この本の中に、body(体)、mind(心)、spirit(霊)、shadow(影〜自己の内面の認識されていない部分)の4つのmodule(構成単位)それぞれに対応するPractice(実践)をバランスよく行うことが大切だ、という話がありました。

私自身、魂の宿る聖なる器としての身体の大切さは理解していたつもりなのですが、やはり、mind、spirit、shadowに関わる実践ばかりを重視して、身体はどこか置き去りにしていたような気がしていたのです。この本に紹介されているcausal body 、subtle body(目に見えないエネルギーとしての身体)のエクササイズと平行してgross body(目に見えて触ることのできる、この物理的な身体)をきたえるためのエクササイズの一つとして久しぶりにプールに行こうと思い立ったというわけです。

正直なところ、普段あまり身体を動かさないので、最初はちょっと水の中を歩いただけでハーハー言っていたのですが、続けてやるということは大切なもので、何回目かに行ったときには50メートル休みなく泳げるまでになってきました。身体のエネルギーの流れがよくなってくると、内的な気づきもさらに深まっていくような感じがします。

【2010/04/09】
昨日はよい天気に誘われて、近くの桜の名所を巡ってきました。真っ青な空に向かって爆発し、あふれだしていくような満開の桜を見ていると、この世界の神秘に圧倒されそうでした。

意識が目覚めていくということは、聖人君子のような完全な人間になることではありません。一見、完全であるようには見えない自分や他者、そして、この世界全体が、常に完璧であったし、これからも完璧でしかありえない、ということに気づいていくということです。

【2010/03/27】
目覚めのプロセスというのは、もともと、とても矛盾に満ちたプロセスです。

ありのままでいいとわかっていながら、本当にそのことを実感するためには、さまざまな実践を意識的にやっていく必要があります。

すべてははかないものであると同時に、とても貴重で尊重されるべきものです。

すべては私であって他者というものは存在しないとわかっていながら、すべての人が目覚め、楽になっていくために、できることがあります。

すべては空であって、本当は何もないとわかっていながら、同時に、その空そのものが、この素晴らしい世界となって現われています。(色即是空空即是色)

目覚めのプロセスとは、
これらの矛盾そのものが、意識を自然に拡大していくプロセス、
矛盾をありのままに認められるようになるプロセス、
と言ってもいいかもしれません。

【2010/03/10】
昨年暮れあたりから、とても大きなエネルギーのシフトが起こっているような感じがしていたのですが、3月に入って急に流れがスムーズになって、エネルギーが軽くなってきたように感じています。一方で、人によっては、未解決の問題が解決へと動き始めることで、これまでにない辛さを感じている方もいるかもしれません。変化に対して抵抗していると、その辛さが長引くこともあります。力を抜いて、宇宙全体があなたをサポートしてくれていることを感じてみましょう。

まず身体の緊張を感じとり、その緊張を無理にゆるめようとするのではなく、ただ意識を向けてその緊張とともにいる感覚を味わってみて下さい。問題をすぐに解決しようとするのではなく、問題それ自体が自由に展開していけるようなスペースを作るような気持ちで。

【2010/03/08】
昨日の朝、内容はよく覚えていないのですが、なんだか不安な感じのする夢を見ました。自分が死ぬことに関係しているような不安でした。目が覚めてもその不安な感覚が微妙に残っていたので、少し嫌な感じだな、と思っていたのですが、ふと気づいて、布団に横になったまま目を閉じて身体全体でその感覚を味わってみました。

しばらくすると急に身体が軽くなった感じがして、突然いらないものを捨てたくなったのです。

こんな感覚は年に何回かあって、そう思うだけで行動にまで至らないこともあるのですが、今回は突然起き上がって、この部屋に引っ越して以来本棚に積み上げてあった古い雑誌や、何年も着ていない古い服、壊れた電気製品などをドサドサ捨ててしまいました。また少し何かが死んで、生まれ変わったかな?(^_^)

【2010/02/27】
昨日は久しぶりにカレー以外の料理を作りました。メニューは肉じゃがと豚肉のしょうが焼きです!実はカレーも含めて、最近ずいぶん長いこと料理していなかったのに、急に作ってみたくなったのはなんだか不思議な気分です。自分で作ると実際以上においしく感じられて、ちょっと食べ過ぎです〜。

急に料理をしたくなったは、最近読んでいる"INTEGRAL LIFE PRACTICE"という本の中に、食べ物に意識を向ける、というような話があったのがきっかけかもしれません。

自分が口に入れている食べ物が地球や太陽の恵みをうけ、栽培する人や、輸送する人、販売する人、それらのシステムを作る人などなど、多くの人々とエネルギーの循環の中で自分のところまで届いているということを意識すると、この「私」という存在が、瞬間瞬間に宇宙全体とつながっていることを再確認できるような気がします。

"INTEGRAL LIFE PRACTICE"という本はケンウィルバーも関わっている本ですので、そのうち翻訳が出るのではないでしょうか。とても面白い本なので、また機会があれば、少しずつご紹介したいと思っています。

【2010/02/25】
昨日は境港でも最高気温が20度を超えて、もう気分はすっかり春でした。暖かい日差しに包まれて庭でぼんやりしていると、スイセンの甘い香りが漂ってきて、しばしうっとりとしていました。

今週はなぜか料理を作りたい気分になっています。普段作る料理と言えばカレーくらいですが、さてカレー以外の何かを作れるでしょうか??

【2010/02/20】
どうしていいかわからなくなったとき、急いでわかろうとしないこと。

結論を出そうとしないこと。

「わからない」という状態にとどまること。

その中途半端な状態をよく味わうこと。

中ぶらりんな、不安定感を楽しむこと。

時がくれば、状況それ自体から、答えは自然に生まれてくる。

【2010/02/17】
「私」という夢をみていた。

その夢を現実だと思い込み、

夢の中で苦しんでいた。

【2010/01/30】
意識の目覚めをサポートするセラピー( 悟りセラピー)というページを作ってみました。「作ってみました」というのは、まったく新しい何かを始めたわけではなく、これまでもすでに行っている内容をまとめただけだからです。

私の目覚めのプロセスが落ち着いてくるにつれ、かつての私と同じように自然な目覚め、悟りを体験し、それが何なのかわからずに不安になったり、どうやってそれを深めていっていいのかわからずにとまどっているような方が、私のサポートを求めてこられることが増えてきました。特に、継続してセラピーを受けておられる方の中には、かなり以前からこのページに書いているのと同じような関わり方をしてきている方もいます。

こういったサポートが私のライフワークになるということは、20年前から直観していたのですが、それをやっとまとまった形でご紹介できるまでに、私自身が深まってきたのかもしれません。

【2010/01/17】
本当の「自分探し」「自己探究」というのは、「自分とは何か」「なぜ生きているのか」という疑問への答えを見つけることです。多くの人が人生のどこかの地点でこの疑問を感じますが、その疑問は真剣に取り組むにはあまりに大きすぎ、しかもどうやって向き合えばいいのかわからないように感じるため、ほとんどの人はそれに直面するのは後回しにして、その代わりになりそうなもの(お金、知識、地位、健康、人間関係、など)にエネルギーを注ぎます。しかし、それらがすべてはかないものだということを意識し始めたとき、あなたは真の探究へと、否応無しに招待されていくのでしょう。

そのときに大切なことは、その招待を素直に受け取る、ということかもしれません。疑問の中にすでに答えはあります。その疑問を感じたということは、あなたの中のある部分は、人生にはあなたが考えている以上の何かがあると知っているからなのです。それを思い出したときに初めて、あなたは満たされた人生を生きることができます。

【2010/01/14】
「目覚める」というのは「この身体と心が『私』なのだ」という幻想から目覚め、すべてのものとの一体感を思い出すことなのですが、それは身体と心を否定することではないようです。身体の欲求、心の欲求を自分の人間的な側面の現れとして素直に認め、でも私というのはそれだけではなくて、その身体と心を動かしているパワーそのものだとわかってくる、そんな感覚です。すると、いわゆる苦しみや困難があったとして、それにまきこまれることなく、その状況が必要とするもっとも適切な行動を取ることができるようになります。「私」が行為しているのではなく、存在全体が私を通して行為しているのです。

【2010/01/05】
新年最初の大阪にやってきました。日本海側は雪による交通の乱れも心配されたのですが、特に大きな遅れもなく到着しました。いつもと同じ1週間ぶりなのですが、なんだかずいぶん久しぶりに新大阪のセッションルームに来たような不思議な感じがしています。

意識の光が少しずつ強くなってくると、心の奥深くに潜んでいた過去の痛みが自然と浮上し、浄化されていくようです。涙が続いていたのは、そんなプロセスだったのでしょうか。

【2010/01/02】

新年 あけまして おめでとうございます
本年もスペースまほろばを
どうぞよろしくお願い致します



今年のお正月は雪の境港の自宅で迎えました。年末から私の中で何かが急速にシフトしていて少し落ち着かなかったのですが、流れに身をまかせれば大丈夫なんだ、ということを思い出してから、急に心が静まって、身体もリラックスしてきました。そして、ちょっとしたことで涙があふれてきます。誰かの笑顔、太陽の光、月の輝き、雪の庭、そこにあなたがいること、ここにわたしがいること、それらを支えている存在そのもの、そんなものを感じた瞬間にどうしようもなく涙がこぼれてくるのです。

みんなが夢の中で苦しんでいる。でも、望むならば、その夢から抜け出すこともできる。今、ここでできる。そのために、大変な努力をして修行する必要はないのです。ただ、少し力を抜いて、ありのままの自分を感じ取るだけでいいのです。ただ、そのままでいて、少しだけ視点を変えれば、それだけでいいのです。あなたのままでいいのです。

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Written by Shinsaku Nakano <shinsaku@mahoroba.ne.jp>
Last Update: 2010/01/02