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■舞台の下から■
前回の「意味を手放した日」を読み返していて、また一つ関連した体験を思い出しました。面白いことに、この体験も具体的な場所の記憶と結びついています。
大阪で会社勤めをしていた頃でした。大阪では「ミナミ」と呼ばれる難波(なんば)の中心街に新歌舞伎座の大きな建物があって、その前で仕事帰りによく待ち合わせをしていました。待ち合わせの相手は遅れることが多かったので、わたしはビルの壁にもたれたり、仕事でとても疲れているときは地面にしゃがみこんで、道行く人たちをぼんやりと眺めていることがありました。
そのとき不思議な感覚がやってきました。街を歩いているたくさんの人たちが、みんな舞台の上でお芝居をしている俳優さんたちに見えてきたのです。そして、その俳優さんたちは自分達がお芝居をしていることに気づいていないようでした。
喜んだり、楽しんだり、悲しんだり、苦しんだり、いろんな演技をしているのですが、みんな自分が演技をしているということをすっかり忘れてしまい、自分がその芝居の役柄そのものだと思い込んでいるんだ、ということがはっきりと見えてきたのです。まるで、この世界という舞台から降りて、その下にある客席から舞台の上で上演されているお芝居を見ているような気分でした。
思わず誰かに、こんなふうに話しかけたくなりました。「ちょっと演技をやめて、舞台の下に降りてきてわたしと話をしませんか?」と。
「人生はゲーム」なんていう言葉はずいぶん前から知っていました。でも、今考えてみると、その体験以前に自分の中でその言葉を使っていたときというのは、そのとき感じていた苦しみに直面することが出来ずに、なんとかまぎらわせようとして、その表現を利用していただけだったのかもしれません。
ところで、これを書いていて今初めて気づいたのですが、芝居を上演する場所である新歌舞伎座の前でこの気づきを得たのは偶然なのでしょうか?
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Written by Shinsaku Nakano
<shinsaku@mahoroba.ne.jp>
Last Update: 2005/12/14