その店は海の近くにあった。潮風が高速道路の橋桁を吹き抜けてきた。
風化した赤レンガは、まるで老練な海の男の肌のようだ。

晴れた昼下がり。10月も半ばを過ぎたというのに少し汗ばむ。
男は海から吹く風にネクタイを緩め、左手の小さな店に目を止めた。
カモメ珈琲亭。

いらっしゃいませ
小さな店内を見回すと窓際のテーブルに着いた。

コーヒーを下さい
開店して最初の客はメニューも見ずに言った。

はい
水のグラスを置き remi はカウンターに向かった。
氷がグラスに当たる音が背中に聞こえた。

遠く飛ぶ鴎が風に煽られる。
流れる雲で波乗りをしているようだ。
コーヒー豆を挽く音が一瞬ビートルズをかき消す。
ミルが止まり、まもなく芳ばしい空気が店を満たす。

おまたせいたしました
ありがとう
ごゆっくりどうぞ

The long and winding load.
気まぐれな風に吹かれて来た鴎。
どうして私を知っているの?
あなたはどこから来てどこへ行くの?

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