ここにお店を出そう。
頬にかかる髪をかき上げもせずにその建物と向かい合っていた。

風で打ち寄せられたゴミが岸壁に体当たりを繰り返している。
こんな場所にエサがあるのかしら。カモメが驚くほど近くを飛び抜ける。
道には急ぎ足の人はいない。みんなのんびり歩いている。
遠くにそびえ並ぶ大型クレーンは、まるで鉄骨製のキリンのよう。

どうしてここが気に入ったのだろう。
建物の角まで足を運ぶと、風は回り、髪は後ろへなびいた。
この風のように人の心も急に向きが変わるものだと、
もっと早く気付けば良かったのかしら。
私はあの人を愛していた。少なくともあの時はそう思っていた。
でも、今はわかる。
私は、あの人の愛し方を受け入れることのできた私自身を愛していたのだと。

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