思ツタコト No.14

ストーカー


春の夜の少しひんやりとした心地よい風を受け、私は家に向かう道を一人歩いていた。ふと、ほのかな香水の香りを感じ、前方に目を凝らすと、女性が一人、家路を急いでいた。
「あれ〜、この香水の匂い、どっかで・・・そう言えば、あのおね〜ちゃんの服も見覚えがあるなぁ」
「そうだ、思い出した。さっき乗っていた電車の中で隣に座っていたおね〜ちゃんだ」
はたと手を打った瞬間、件の女性は背後に人の気配を感じたのだろう、こちらを振り向いた。思わず、目が合ってしまう。

ここは、駅から家に向かう一本道である。周りは人家も多少あるが、畑と荒れ地が多く、人通りも少なく、車もほとんど通らない。しかも今は夜の10時過ぎである。
「まずいなぁ、どうしようかいな。私が電車の中で隣に座っていた人間だと気づいてしまったかなぁ」
ここで、考えられる選択肢は三つ。

私は、歩くスピードを落とした。しかし、件の女性の歩くスピードもかなり遅い。したがって距離はあまり広がらない。そもそも、なぜこれだけ歩くスピードが遅い人より、私が後ろにいるのか。同じ電車に乗ってきたのではないか。敗因は、私が駅のトイレに立ち寄ったことにあった。
彼女との距離は相変わらず広がらない。
「い、いかん。これではまるっきりストーカーではないか」
彼女は、また後ろを振り向いた。またまた目が合ってしまった。こんどこそ完全に気づいたようだ、私が電車の中で隣に座っていた人間だったということを。
突然、彼女の歩くスピードが速くなった。

「ね、ね。そこのお嬢さん。お茶でもどうですか・・・ちがうちがう、あのね、私はあなたのことをつけてきたわけじゃないの。私の家もこの先にあるんですよ。ね、信じてくださいよ。だから、ちがうってば。ほんとにほんとなんだってば。」

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