トレイルブレイザーズ・テンピース・ブラス
in アメリカ (4)

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●2000年 6月10日
どこへ行っても大ウケ!和物打楽器おそるべし
朝6時半に寮を出発し、車で1時間の日本人学校に向かう。朝日の昇るのを見ながら移動して音教…、ギョーカイの人にはわかるネタ? 到着すると、巻寿司とおいなりさんのお弁当&麦茶が用意されていた、感涙。ステージを作って、リハをして、本番は8時50分から。それで11時にはフェスティバル会場に戻らないといけない…ハードな1日の始まり〜。

昨日心配していた打楽器たちは、過不足なく到着していて、無事ステージを始めることができた。プログラムは、Trailblaze、ヴィヴァルディ「春」より1楽章、ラッパ吹きの休日、茶色の小バス、となりのトトロ・メドレー、G・S(グループ・サウンズ)メドレー、八木節、以上約50分のステージ。八木節は、当初はアイデアになかったが、ここの校長先生(もちろん日本人)がご趣味でマイ和太鼓をお持ちで、それをぜひ使って欲しいというご要望が5月末に届いたため、急遽アレンジして持っていった。しかしこれは大ヒットで、この後、フェスティバルのステージでも毎回演奏したが、とにかくウケた。校長先生に大感謝!である。

この学校は、レキシントン周辺の日本人家庭のお子さんたちが、週に1回土曜日だけ日本語で授業を受ける補習校で、子供達はふだんは現地のアメリカの学校に通っているそう。この日は、親御さんたちも一緒に鑑賞していただいたが、G.Sメドレーがウケたのは、言うまでもない…。後日、子供達からのお手紙や感想文を校長先生がまとめて送ってくださったが、その表現の明るく自由なこと! 正直キツい日程で、かなりリスクの高い本番だったのだが、その文章の1枚1枚を読んだら、そんな思いは吹っ飛んでしまった。メンバー全員「みんなに会えて良かった!」と心から思ってるよ!、ありがとう!!

日本人学校のステージが終わって、速攻でフェスティバル会場に移動。フェスティバルの開幕パレードに参加する。炎天下、町のメインストリートを約30分のパレードだが、私たちは楽器演奏はパスさせて頂き、そのかわりめいめい打楽器の小物を持ち、鳴らしながら歩くことにした。出番を待っていると次々に「あなたたち日本から来たバンドね。日本語の挨拶の読み方を教えて!」というオバさんや、「わしは昔、横須賀にいたことがあるんじゃ」というオジさんが現われたりして、フレンドリーな興味を持たれていることになんかホッとする。(注;セリフはもちろん英語)

Saxton's Cornet Band の衣装。このバンドは3種類のコスチュームを持っていて、これは1850年代の典型的なタウン・バンドのユニフォームを模しているそうな。

Olde Towne Brass の衣装。プログラム・ブックのプロフィールによれば、彼等の楽器も衣装も、南北戦争当時の“本物”を使っているとのこと。楽譜は、オリジナルのスコアからアレンジし直したものを使用しているらしいが、当時の南軍北軍で歌われていた曲、双方合わせて、そのレパートリーは1,500曲以上とある。135年前の精神を現代に伝えるコスプレ・バンドですな。

今回ドラムの奥田のエキストラで参加してくれた斉藤孝クン(フリーのドラマー。時々テレビの歌番組とかに出ていたりするらしい)が、先頭に立ってチャンチキを叩いて歩く(ちなみに旗手は、カレッジの学生クン)。これが、もう、やたらとウケた。他にも、ササラや木鉦(もくしょう)などの和物と、あとは鈴やタンバリン、クラベスなどを思い思い(いちおう日本民謡風の伝統的なリズムにのっとって)叩きながら歩いたのだが、和物打楽器おそるべし、その威力は想像以上にアピール度の高いものだった。沿道を埋め尽くした人々が口々に「コンニチワー(日本語)」と声をかけてくれたのが、うれしかった。

トリは馬車に乗った The Advocate Brass Band のみなさん。地元新聞The Advocate-Messengerのスポンサードで運営されているバンドで、メンバーはプロ・プレイヤー、高校バンドの指導者、大学生、本業はエンジニアや学者さんといったキャリアの長いアマチュアさん、などなどで構成されている。地元に深く愛されているだけでなく、海外公演などもこなしているそう。平均年齢は高そうなのに、みんな元気によく吹く、よく叩く! 親子でメンバーもいるとのこと。いいねぇ、こういうバンド。


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