ゴールを狙え!〜アンジェリーク争奪戦〜

「クラヴィス様、どうでしょうこのマント!俺に似合ってると思いませんか?」

一点の曇りもない満面の笑顔で、風の守護聖ランディは、闇の守護聖クラヴィス
の執務室でそう言った。

「あ・・ああ、そうだな・・新調したのか。」
クラヴィスは少し眉をひそめてそう言うと、ランディは瞳を輝かせて、マントを
つかむとひらりと一回転してみせた。

「そうなんですよ!なんかこう、騎士て感じがしませんか?注文通りの品だった
んで、あんまり嬉しくて!似合うって言って戴けて嬉しいです!それじゃ、俺、
エルンストさんにも見せて来ようと思うんです。失礼します!」

ランディはそう言うが早いか、踵を返して足早に執務室を出ていった。

「・・一体何をしに来たのだ、あの者は・・」
ため息まじりにそう呟き、ぼんやりと考えた。

・・最近、何故か私が外出するとよくあの者を見かけるが・・先日も何やらマルセ
ルやゼフェルたちとバスケットという球技に興じていた。私は特に目的もなかった
ので、暫く眺めていたのだが、この球技はなかなかに奥が深いようで、私も時間が
ある時はあの者たちが熱中している姿を観戦するようになっていた。

「私としたことが・・フッ。」

そんなことを考えながらクラヴィスは一人苦笑していた。

コンコンと、軽いノックの音が響く。

「・・入れ。」

執務室のドアを開けて入ってきたのは栗色の髪の女王、アンジェリークだった。

「こんにちは!クラヴィス様。今日はお話をさせて下さい。」

穏やかな微笑みを浮かべ、アンジェリークはクラヴィスの傍へと歩み寄る。

「・・で、どんな話がしたいのだ?」

アンジェリークは少し考えると、

「あの、ランディ様についてお聞かせ下さい。」

・・・。クラヴィスは今しがたランディがマントを見せに来た話をアンジェリーク
に語った。

「そうなんですか。バスケットって楽しそうですよね。私も一度やってみたいなっ
て思ってるんですけれど・・私、あまり運動は得意じゃないですから。ランディ様
は一緒にやろうって仰って下さってるので、上手くなれればなって思ってるんです。」
そう言いながら頬をうっすらと染めて笑うのだった。

「・・そうか。あの球技は、なかなかに楽しそうではあるな。」
クラヴィスは半ば慰めるようにアンジェリークに言うと、アンジェリークはぱっと
瞳を輝かせて笑い、身を乗り出すようにしてとんでもないことを言い始めた。

「そうだ!クラヴィス様もバスケット、やってみませんか?!」




・・・何故、私はこんな所でこんな格好で立っているのだろうか。あまり履いたこと
のないバスケットシューズ、半袖のシャツ、ジーンズ・・眩暈を覚え、その場に座り
込みそうになる。

きらきらと輝く笑顔で、アンジェリーク、ランディ、マルセルが駆け寄って来る。

「クラヴィスさま〜!準備できました〜!!」



「私が・・?フッ、何を・・」
そう言って一笑に付すつもりだったのだか、ふと顔を上げると、みるみるうちに
「うるうる〜っ」と音を立ててアンジェリークの瞳が曇り、

「ダメ・・ですか・・?わたし、クラヴィス様とご一緒させて戴けるのだったら、苦
手な運動も頑張れると思ったんですけれど・・試合もしてみたかったし・・でも、そ
う・・ですよね、ダメですよね、ごめんなさい、ヘンなこと言ってしまって。」

上目遣いでクラヴィスの瞳を悲しそうに見つめる。

”こ・・このような目で見つめられては・・くぅ、し、しかしバスケットなどと・・”
(この時点でクラヴィス様、天使の広場での告白を既に終了・・(笑)

「でも苦手なまんまじゃいけないと思いますから、私、・・ヴィクトール様にパート
ナーをお願いしてみます。体力もつけたいですし。」

何っ!ヴィクトールだと?!あの者は、ちょくちょくアンジェリークを誘い出している
ようだ・・先日も、私がたまたま通りかかった約束の地で、アンジェリークと何やら親
しげにしていた・・その前も、遊歩道で臆面もなくアンジェリークの服を見つめて、

「お前のその服も、・・その、女性らしくていいと思うぞ。」

などとっ!30男が頬を染めて言うには不似合いなセリフを吐いていたし・・うう、こ
の上、バスケットで更に親睦を深めたりしてしまっては・・ま、まずい。

そんなことを考えていると、アンジェリークは深々と頭を下げ、

「じゃ、今の話は忘れて下さいね。失礼します・・」

そう言って退出しようとしていた。その声ではっと我に帰ったクラヴィスは

「・・待て。」

そう声をかけたのだった・・・。



その結果がこの格好なのである。普段のクラヴィスからは想像もつかないような格好を
しているせいか、バスケットに参加する者以外も、どうやら全員観戦に来ているようで、
視界の端に、私服とはいえきっちりとしたスーツに身を包んでいるジュリアスを見止め
た時は、何とも言えない敗北感のようなものがクラヴィスを覆い尽くした。出来ること
なら今すぐこの場を立ち去りたいところではあったが・・しかし、一度引きうけたので
あるから戻るわけにもいかず、仕方なくアンジェリーク達が用意していた日傘の下の簡
易チェストに座って、ゴールなどの準備が出来るのを待っていたのだった。
 クラヴィスは準備を手伝うと申し出たのだが、ランディやマルセル達は

「このくらい僕達にまかせておいて下さい、クラヴィス様!もうすぐですから!」と、
クラヴィスの申し出を謝辞したのだった。・・そのおかげでクラヴィスは座ったまま、
他の守護聖達や協力者達の好奇の視線にさらされることとなってしまったのである。

「へぇ〜、クラヴィスがあんな服持ってたとは意外だったネェ。」
オリヴィエはルヴァに耳打ちした。

「そうですね〜。でも、案外似合ってるんじゃないですかー?なかなかいいと思います
よー。」
にこにこと笑いながらルヴァが答える。

「・・それによー、クラヴィスの奴、普段ちっとも運動してなさそうなのに、結構いい
体つきしてやがる・・何か秘密の特訓でもやってやがるのかも知れないぜ。」
ゼフェルがそう呟くと、

「そうだな。その秘密の特訓とやらをお前もご教授戴いたらどうだ?少しは背が伸びる
かも知れないぜ。」
オスカーは笑いながらそう言っていると、ゼフェルの拳が飛んできた。

「うっせーな!ほっとけよ!」

しかしひらりと拳をかわすオスカー。
「ははは。さぁ、そろそろ始まるみたいだぜ。」



軽くタップを済ませ、体が温まってきたところで、そろそろ軽く試合をするという事に
なった。2on2の組み合わせで、クラヴィスとアンジェリーク、ランディとマルセルと
いうペアで前後半10分ずつという内容である。
 審判はチャーリーが引きうけることとなった。センターサークルでボールを構えて、
チャーリーは試合の開始宣言をする。

「さて、どちらもよろしいですか?ほな、はじめまっせ。・・いよっ!」

高く投げ上げられたボール。2秒ほどで頂点に達すると、たちまち落下をはじめる。そ
の瞬間を狙い、クラヴィスは全力で膝を伸ばしてジャンプした。同じくジャンプをしたラ
ンディの、ゆうに30センチは上のポイントでボールを捉え、視線の端にとらえたアンジェ
リークの立つ地点へ狙いを定め、ワンバウンドでボールをキャッチ出来るように落とす。

「クラヴィス様すごーい!!」
メルが感嘆の声をあげた。

「ランディも頑張っているようですが、あれだけの身長差があると、さすがに不利のよ
うですね。」
リュミエールはそうメルに笑いかける。

「そうですね、リュミエール様。ランディ様〜!マルセル様〜がんばれ〜!」
ぴょんぴょんとその場で跳ねながらメルは声援を送った。

クラヴィスからのボールを受けたアンジェリークは、ボールをしっかりと持ち、ランディ
のカットの手をかわしながら走った・・・

「ピィィィーー」

ホイッスルを鳴らしてチャーリーがアンジェリークに近づく。

「トラベリング!!アカンがな〜ボール持ったままダッシュしてどないすんねんな〜」
苦笑しながらアンジェリークに反則を告げた。

アンジェリークは、試合開始いきなりの反則に耳まで真っ赤にしてうつ向いてしまった。
しかし、やがて顔を上げて、

「ごめんなさい、続けて下さい!」

そう言って構える。クラヴィスはその様子をホッとして見つめ、歩み寄ると、

「・・気にするな。」

肩をひとつぽんと叩く。試合は再開された。ランディとマルセルの攻撃からである。

マルセルのスローインが鋭くランディに飛び、ランディについたクラヴィスの手をか
わしてキャッチされる。あとボール半個分だったか・・目測がずれた。しかし、ピボッ
トでクラヴィスのディフェンスをかわそうとするランディの体の前に、大きくストラ
イドを取って立ちはだかり、ランディが一瞬怯んだすきにボールをカットする。素早
く脇の下へボールを巻き込んでゴール下のアンジェリークに向かってパスを飛ばす・・
しかし。

アンジェリークはボールを見ていなかった。さっきのショックから抜け出ていなかった
のか?

「アンジェ!!」

思わず叫んだ。アンジェリークははっとして顔を上げたが、・・遅かった。とっさに手
を出したものの、ボールは掌の端に当たって転がり、アウトボールになってしまった。

「あ・・私・・ご、ごめんなさい・・」
赤面して今にも泣き出しそうになるアンジェリーク。クラヴィスは駆け寄って励まそう
とした。

その時。

「アンジェ!泣くんじゃない!」

そう叫びながらコートの中へ走ってくるものがいた。・・精神の教官・ヴィクトール
だった。あとに続いてランディ、マルセルも走り寄る。

ヴィクトールはアンジェリークの肩をその大きな両手でがしっと掴むと、ぐっと顔を
近づけてじっとアンジェリークの瞳を覗き込む。
驚いた様子のアンジェリークだったが、そうしているうちに少し落ちついてきている
ようだった・・

ヴィクトールはそんなアンジェリークに、

「大丈夫だ。俺と特訓しただろう?あの時の感じを思い出せばいい。お前ならきっと
出来る。」
 そう、耳元で囁いている・・

なんだと・・?

「あーらら、あの堅物のヴィクトールがねぇ。」
オリヴィエは驚いて目を見張った。
「あの様子じゃ、相当アンジェにイカレてるって感じだよねェ〜。」
ルヴァも頷き、
「そうみたいですねー。ヴィクトールの真剣な眼差しを見てもわかりますねー。」

そんな二人の会話を、クラヴィスはショックにうちひしがれながら聞いていた。ヴィクトール、
いつの間に・・クラヴィスの中で嫉妬の炎が燃え上がった。

つかつかとアンジェリークとヴィクトールの傍へ歩み寄ると、強引に二人の間に割って
入る。

「アンジェリークが出来ぬ部分は、私が全てカバーしよう・・」
ヴィクトールに向かって言い放つ。
「アンジェリーク・・安心するがいい。お前はまだまだ初心者なのだから、私のプレイ
をフォローしてくれるだけでいい。・・いいな?」
優しく言うと、アンジェリークもクラヴィスを信頼した瞳で見つめ、
「はい。」と明るく頷いてくれた。

そうしてクラヴィスはアンジェリークを自分の後ろに隠すように立ち、ヴィクトールを一瞥した。
「・・アンジェリークをコーチしていたようだが・・いらぬ世話だ。私がパートナーな
のだからな。」冷たく、そう呟く。

ヴィクトールは琥珀色の瞳を怒りに曇らせ、拳を握り締めていた。・・が、その内顔を
上げると、傍でおろおろしていたマルセルに向き直ると、

「マルセル様、・・申し訳ありませんが、少しの間、私と変わって戴けませんか。」
出来るだけ感情を声に表さないように努力しているといった感じの話し方だった。額に
は怒りのためか筋が浮かび上がっている。その表情を見て、少し怯んだ様子のマルセル
は、ランディにすがるような目を向けた。
 ランディはマルセルに、

「・・ここは、ちょっと交代してあげた方が良さそうだぞ。」

と小さく耳打ちした。マルセルは頷くと、ヴィクトールに

「わかりました。じゃあ、メンバー交代しますね。チャーリーさん!」
いつのまにか傍まで来て成り行きを見守っていたチャーリーは、

「わかりました。ほな、メンバーチェンジっちゅうことで。」
そう言うとホイッスルを鳴らした。

マルセルと手を合わせてから、ヴィクトールは着ていたジャケットを無造作に脱ぎ捨てる。
鍛え上げられた彫刻のような厚い胸板、引き締まった腹部、惚れ惚れするような上腕の筋
肉・・見物に来ていたアルカディアの住民達からは(特に女性が多かったようだが)感嘆
のため息が洩れた。

ヴィクトールは軽く屈伸などをして筋肉をほぐしてからチャーリーに、

「OK。さぁ、はじめよう。」
そう言って大きな体を落とし、低く構える。

「では、試合再開ですわ。ランディ様、スローインです。」
チャーリーのホイッスルが鳴り響く。

スローインをしっかりと掴んだヴィクトール。クラヴィスはすぐにディフェンスにつく。両手で大き
くディフェンスの壁を作り上げてヴィクトールの動きを観察する。

ヴィクトールはゆっくりとドリブルをしながらクラヴィスやランディに目を配っていたが、ふっと息
を抜く・・そして。

チェンジ・オブ・ペース。ゆっくりとしたドリブルから急に鋭いターンでクラヴィスのディフェンス
を驚くほど低い姿勢で抜けた。クラヴィスは内心

「しまった!」
そう思いながらヴィクトールの後を追う。ランディへのパスがあるかと思ったが、ヴィクトー
ルはそのままゴールへと走り抜けた。

ガンッ!!

大きくリングが震える。重力の影響などものともしないような跳躍。リングよりもずっと高い
位置から、ヴィクトールは力強いダンクを決めた。観客から大きな歓声が起こった。

地上に降り立ったヴィクトールは、ボールをひょいっとコートの中へ放り投げる。そして挑発
するように、

「さぁ、そちらの攻撃です。」
そう言って笑った。

 アンジェリークからのスローイン。クラヴィスはヴィクトールの手をかわしてキャッチした。
一瞬も気が抜けない。ヴィクトールのディフェンスはフェイスガードに近い。こうべったり張り
つかれてはなかなか迂闊には動けない。左手でヴィクトールの動きを牽制しながら様子を伺う。
ヴィクトールの意識はほぼ全部クラヴィスに注がれているようだ。ならば・・

クラヴィスはちらりとアンジェリークを見やる。アンジェリークはクラヴィスの支配するボール
に神経を集中させているようだ。

ヴィクトールの瞳を見つめたまま、クラヴィスはアンジェリークへパスを出した。アンジェリー
クはしっかりと両手でキャッチする。その姿を見てクラヴィスはすぐにダッシュした。一気に
ゴール下までの距離を詰める。

「すごい・・・!」
観戦していた守護聖や協力者たちはクラヴィスのダッシュに驚いていた。トップスピードに乗る
までが物凄く速い!あれならゴールまでの距離は無いに等しい。

アンジェリークはドリブルする必要もなく、ほぼ一瞬で自分の傍まで走り詰めて来たクラヴィス
にボールを渡す。走りながらアンジェリークからのパスを受けたクラヴィスは、先ほどのヴィク
トールのゴールのお返しとばかり、大きく膝を入れると一気に高くジャンプした。

ガツン!

ボードもリングも大きな音を立てる。弓のようにしなったクラヴィスの体が、ボールを一気にた
たきつけた。

一瞬の沈黙の後、大きく歓声が上がった。

「これは恐れ入った。」
オスカーは驚愕の表情を浮かべて言う。
「まさかあのクラヴィス様がここまでやるとは・・わからんものだな。」


試合は、ほぼヴィクトールとクラヴィスの1on1の状態となっていった。ヴィクトールがゴー
ル下でディフェンスを強くすると、クラヴィスはフェイダウェイショットを決める。クラヴィス
がボールをキープし、ゴール下へ切り込もうとするとヴィクトールは低い姿勢から一瞬のスキを
ついてスティールする。ダンクショットだけでなく、ランニングシュート、3ポイント、はては
ダブルクラッチなど、次々と高等技術を二人は駆使し、得点を重ねて行った。

前半終了。しかし得点は46/46.同点である。

ベンチへと戻り、流れる汗をぬぐうクラヴィスとヴィクトール。アンジェリークはスポーツドリ
ンクをクラヴィスに渡してから、もう一本ドリンクを持ってヴィクトールの元へと駆け寄り、手
渡す。横目でヴィクトールの様子を、じっとクラヴィスは観察していた。

アンジェリークが手渡したドリンクのボトルを、嬉しそうに眺めている。そして

「ああ、悪いな。ありがとう!」
そう言うとボトルのストローを口に含み、美味しそうに飲む。そして踵を返し、クラヴィスの元
へと引き返そうとするアンジェリークを呼びとめた。

「あ、その・・」
傍へ戻ってきたアンジェリークの頬に、そっと手を当てたヴィクトールは、暫くじっとしていた
が、やがてこう言った。

「また、俺と一緒に練習しよう。待ってるからな。」

この様子をずっと見ていたクラヴィスは、とうとうキレてしまった。

「私がまだ触れたことのないアンジェリークの頬に触れるとは・・許せぬ。」

暗く激しい嫉妬という激情に身を焦がしたクラヴィスは、ゆらりと立ち上がり、ヴィクトールの
元へと歩み寄った。

手にしたボールを、無言のまま乱暴にヴィクトールに向かって投げつける。ヴィクトールは片手
でそれを受けとめた。

「後半・・決着をつける。1対1でな・・異存はないな。」
クラヴィスは怨嗟のこもった声で低く呟いた。

「・・・わかりました。受けて立ちましょう。」
ヴィクトールも琥珀色の瞳に決意の色を揺らめかせていた。



さぁ、試合の結果はどうなるでしょうか?これは、私としてはホントはクラヴィスに勝たせて
あげる筋を当初考えていました。がっ。それだけではヴィク様がかわいそう(;_;) なので、こ
うなったら両方用意しちゃえ!ってことで、ヴィクトールが勝った場合と、クラヴィスが勝っ
た場合とを書いてみることにしました。ヴィクトール様に勝って欲しい貴女は「Victor Side」
へ、クラヴィス様に勝って欲しい貴女は「Clavis Side」へ進んで下さいね。

  ☆Victor Side

  ☆Clavis Side