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 売国奴カンニャックの最後は悲惨で有った。眉間《みけん》を割られて即死して、洞穴の中に打倒れた。

 其煽《そのあお》りで焚火の焔は、傍の枯松葉に燃附いた。忽ち洞穴一杯の猛火と成って、妖婆ウノキの白髪を焼き、毛皮を焼き、身を焼かんとす。斯う成って見ると、神通力は何の役にも立たぬ。

 留《とど》まって居れば焼死ぬ。飛出せば撃殺される。ウノキの進退谷《きわ》まった。

「助けて下され」と呼わりながら、息切って飛出した。

 右の手をセンゾック。左の手をタックリ。

「やァ骨を砕いても (53) 慊《あきた》らぬ妖婆! 和主《おぬし》を助けたら誰を殺そう?」とセンゾックは呼わった。

「歯の無いわしにも和主の肉だけは咬《く》わいでか」とタツクリも呼わった。

「殺すとか。如何しても此巫女を殺すとか」とウノキは忽ち不真腐《ふてくさ》れた。

「殺すのは勿論じやが、如何して殺そうかを考えるのじや」とセンゾックは睨付《ねめつ》けた。

「殺せ! 殺せ! 既《も》う斯《こ》う成っては仕方が無い。如何様にもして妾《わし》を殺せ。じゃが、わしを殺して了うたら、ヌマンベを助ける工風《くふう》が有るまいぞ」と段々にウノキは太々《ふてぶて》しい。

「何? ヌマンベを助ける工風」

「火の合図で忍びの者の行った事を、川の向うに知らしたばかりじゃ」

「おう、共事は陰で今聴いて居った」

「助けようと思うたら、再び此方から火の合図して、其者は途中から引還《ひつかえ》したと、川の向うに知らせるのじゃ」

「おう、二度の合図……」

「すればヌマンベは助かるが……其《その》合図を知って居るのは、此ウノキより他には無い。妾の命を助けるなら、ヌマンベを救うても遣《やろ》うじゃが、妾を殺して了うたら、それまでじゃ」

「おう、寔《まこと》に……」

「それとも、妾を殺しなさるか」

「おう……」

「ヌマンベは助けたくないか」

「うむ……」

「二度の合図を望まぬなら、さア妾を殺しなされ。さア焼殺すか。撃殺すか。身を八裂きにしなさるか。如何じゃ!」

 憎々しい妖婆の態度! 毒々しい巫女の言語《いいぶり》!

 大酋長《おおがしら》センゾックは、タツクリの翁と顔を見合せて、これには太息《といき》を吐かざるを得ね。


53) 人骨の砕いたのは、諸所から発見されている。余も下総堀の内貝塚で大腿骨の砕いたのを掘出した。モールス氏の大森貝墟篇に−−往々人骨あるを認め疑うて、これを或いは古塚旧墳の跡ならんと。なお熟ら察してその一も倫序を成せるものなく、あたかも世界各所の貝墟に於ける食人の跡と正に一轍なるを知れり。即ちその片は往々他の鹿猪の骨と共に、その当時骨髄を収め、或いは鍋に投ぜんが為に摧析せられたるの痕を留めて、人為の痕班々掩う可らず云々。
 

23」へ続く

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