前節

11

 大森の酋長の発議は、自分勝手を極めて居る。権現台のは早くもそれを見破った。

「それも必用ではあろうけれど、未だそれよりも他に為《す》る事が沢山に有りそうなもの」と言出した。

「然《そ》うだ。引受けて戦うよりも、此方から向うを攻めるという、然うした手段も取りたいものじゃ」とセンゾックが続いて言った。

「それには如何も船が足らぬで……」と二三の人から嘆声《たんせい》と共に出た。

「船? おう、船?」

 船は実に大問題である。

 大小酋長。溜息より他には出ない。其溜息は酒臭い。家の中一杯が其臭気《におい》。香炉形《こうろがた》土器 (30) で楠《くす》の木でも燃して貰いたい程。

 此時我慢仕難《しか》ねて、勃発的《ぼっぱつてき》に目を開いたはヌマンベである。

「船は敵のを奪って乗る?」と叫び出した。

「なに、船を奪う?」と権現台が問うより寧《むし》ろ詰《なじ》るという方。

「はい、敵に精々《せいぜい》造らして置いて、此方《こちら》から行って奪って来まする」とヌマンベは事も無気《なげ》に答えた。

「それは寔《まこと》に好い考えじゃ。併しそれには誰が行く?」と問は重なった。

「私が行きましょう」とヌマンベは凛《りん》として答えた。

「おう、和主《おぬし》が行くか」

「だが私一人では一隻が漸《ようや》くの事。夫《それ》より上は取れませぬ。他に行く人が多いだけ、船も多く取って来られまする」

「それは其道理じゃ。したが一人で行っても見あらわされる。大勢行けば如何しても敵に見られる。然うして直ぐと戦《いくさ》が始まるに極って居る。すれば甚だ不利益じゃが……」

「それに就て私には考えが有りまする」

「如何した考えじゃ」

「潮《しお》の入江の水の中に、全身を沈めて、唯頭ばかり出して行きまする。暗い夜に……寒い夜に……普通《なみ》の者の迚《とて》も行き得られぬ時を選んで、密《そつ》と船の処まで行きまする。それが敵に油断させる為で御座りまする」

「すると、雪の降る夜……氷の流れる夜……」

「其様な時が、別《わ》けて好いと思いまする」

「それでは体が凍《こご》えるぞよ」

「凍えましょう」

「凍えたら死ぬるぞよ」

「海鹿《あじか》の脂肪を体に塗って行きましょうで、それでも凍え死《じに》すれば、それまでで御座りまする」

 覚悟は既に極《き》めて居る。

 大小酋長等も、此若者の決死の覚悟にいたく動かされた。

「勇ましの若者よ」

「先ず炉の端《ふち》に来れ」

「木の美酒呑めよ」

「敷皮の上に胡座《あぐら》組めよ」

「肉を何んなりと取って食べよ」

 口々に歓待した。ヌマンベは聊《いささ》か面目《めんぼく》を施《ほどこ》した。

 此所《ここ》の主人は、ふッと酒の気《き》を吹出して、

「此ヌマンベの様な若者が、せめて十人も揃うて居たなら、我等はむざむざ敗れまいぞ。次第に北へは退《しりぞ》くまいぞ!」


30) 香炉形土器。美術的意匠を施したる小土器が時々出る。その形が香炉に似て居る。やはり香料を燃したろうとは思われるけれど、未だその内部の燻ったのが発見されぬ。東北方面にては比較的多く出て居るが、関東では極めて少ない。そうして又形式も異なって居る。余は先年、余山貝塚から、奥羽式の香炉形を一個発掘したが、これは異例である。それに関東方面では、両方に目を有する高杯の小土器を能く発見する。これも香炉形に数えられる物であろう。しかし関東出の同土器の代表的の珍品は、何んと云っても水谷幻花氏所蔵のであろう。香炉形土器については更に進んで、香料のみを燃したとも思われぬ。除虫菊の類を燃して、蚊やその他の毒虫を払ったのでは有るまいかとも考えて居る。未だ併し燻った形跡のを見出さないのが遺憾である。
 

12」へ続く

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