大森の酋長の発議は、自分勝手を極めて居る。権現台のは早くもそれを見破った。
「それも必用ではあろうけれど、未だそれよりも他に為《す》る事が沢山に有りそうなもの」と言出した。
「然《そ》うだ。引受けて戦うよりも、此方から向うを攻めるという、然うした手段も取りたいものじゃ」とセンゾックが続いて言った。
「それには如何も船が足らぬで……」と二三の人から嘆声《たんせい》と共に出た。
「船? おう、船?」
船は実に大問題である。
大小酋長。溜息より他には出ない。其溜息は酒臭い。家の中一杯が其|臭気《におい》。香炉形《こうろがた》土器 (30) で楠《くす》の木でも燃して貰いたい程。
此時我慢|仕難《しか》ねて、勃発的《ぼっぱつてき》に目を開いたはヌマンベである。
「船は敵のを奪って乗る?」と叫び出した。
「なに、船を奪う?」と権現台が問うより寧《むし》ろ詰《なじ》るという方。
「はい、敵に精々《せいぜい》造らして置いて、此方《こちら》から行って奪って来まする」とヌマンベは事も無気《なげ》に答えた。
「それは寔《まこと》に好い考えじゃ。併しそれには誰が行く?」と問は重なった。
「私が行きましょう」とヌマンベは凛《りん》として答えた。
「おう、和主《おぬし》が行くか」
「だが私一人では一隻が漸《ようや》くの事。夫《それ》より上は取れませぬ。他に行く人が多いだけ、船も多く取って来られまする」
「それは其道理じゃ。したが一人で行っても見あらわされる。大勢行けば如何しても敵に見られる。然うして直ぐと戦《いくさ》が始まるに極って居る。すれば甚だ不利益じゃが……」
「それに就て私には考えが有りまする」
「如何した考えじゃ」
「潮《しお》の入江の水の中に、全身を沈めて、唯頭ばかり出して行きまする。暗い夜に……寒い夜に……普通《なみ》の者の迚《とて》も行き得られぬ時を選んで、密《そつ》と船の処まで行きまする。それが敵に油断させる為で御座りまする」
「すると、雪の降る夜……氷の流れる夜……」
「其様な時が、別《わ》けて好いと思いまする」
「それでは体が凍《こご》えるぞよ」
「凍えましょう」
「凍えたら死ぬるぞよ」
「海鹿《あじか》の脂肪を体に塗って行きましょうで、それでも凍え死《じに》すれば、それまでで御座りまする」
覚悟は既に極《き》めて居る。
大小酋長等も、此若者の決死の覚悟にいたく動かされた。
「勇ましの若者よ」
「先ず炉の端《ふち》に来れ」
「木の美酒呑めよ」
「敷皮の上に胡座《あぐら》組めよ」
「肉を何んなりと取って食べよ」
口々に歓待した。ヌマンベは聊《いささ》か面目《めんぼく》を施《ほどこ》した。
此所《ここ》の主人は、ふッと酒の気《き》を吹出して、
「此ヌマンベの様な若者が、せめて十人も揃うて居たなら、我等はむざむざ敗れまいぞ。次第に北へは退《しりぞ》くまいぞ!」