前節

 漸《ようや》く目的の大軍議に入った頃には、集合者の大部分は可成り酔って居た。ヌマンベが命賭の斥候《ものみ》をして、辛《かろ》うじて探った敵情。誠忠溢れる報告も、余りに注意は惹かなかった。

 大森の酋長は、それでも海岸近く在るだけに、三十隻の船を揃えて攻寄て来るという事を、酷《ひど》く恐れた。

「斯《こ》ういう事に成ろうと思ったら、此方へ来る前に、川の向うの楠《くす》の木という楠の木は、残らず焼枯らして来れば好かったのに」と今更《いまさら》追着かぬ事を言出した。

 権現台の酋長は、之よりも少しく分別《ふんべつ》はある。

「や、今日まで我々の戦《いくさ》の仕方が手緩《てぬる》かった。向うが鉄の鏃《やじり》を用うるのに、此方では唯普通の石の鏃を遣うて居た。余りに人が善過ぎたでは無いか。毒矢(28)を遣って戦おうでは無いか、毒矢を?」と、言出した。

「毒矢? 猛《たけ》しい獣《けもの》を射殺す様にか」と叫ぶ者が有った。

「どの道戦は人を殺すのじゃ」と権現台は説を張った。

「全く我々は惨《むご》たらしい事を喜ばぬ。人を殺す事を喜ばぬ。向うから荒立たねば、一緒に仲好く暮らしたい。此方から物を持って行こう。彼方からも物を持って来よう。それを取替え合って睦《むつ》まじく過したいのが望み。それを向うから攻めて来る。已《や》むを得ず始めた戦じゃ。射れば其《その》傷口、忽《たちま》ち紫色に変り、毒が全身に廻れば苦しみ死《じに》に死ぬ、あの毒薬を塗った矢まで射るのは、敵ながら可哀そうなと、ついつい許して遣って居たのが、矢張今日のわざわいと成ったのか。兎角《とかく》我等に惨たらしい事は出来ぬ」と一老人が一言出した。

「それに毒薬は却々貴《なかなかたっと》い。すべての強者《つわもの》の矢に塗る程造るのは、並大抵の事でないので……」と言うのも有った。

「毒矢の事も好かろうが、それよりも、巫女《みこ》に頼んで見ては如何か。敵人《てきじん》をして一歩も川を渡らさせぬ様、祈禱{祷}《きとう》をして貰うたら如何であろう」と言出したのも有った。

「それこそ嶺の千鳥窪《ちどりくぼ》の老巫女が一番じゃ。あの巫女は、怪しき鳥の日を食う時を知り、又月を食う夜を知り、天を見て雨を知り風を知る、其他《そのほか》人の生死《いきしに》を予《あらかじ》め知らせもする。重い病も治して貰える。総てに不思議の力を持つ。人では無い、神様じゃ、生き神様じゃ。あの巫女に祈禱{祷}を頼むが好い」と忽ちに賛成の声。

「それにしても、備え物に、毛皮や、宝石や、数多《あまた》の食物、いろいろに納めねば成るまいが。それに少しく困った」と、言うものも有った。

 今まで沈黙して居た馬籠の酋長センゾックは、此時初めて大声出して、

「巫女も矢張我々と同じ種族《なかま》じゃ。頼まずとも祈禱{祷}するのが当然《あたりまえ》じゃ。頼うだとて礼物《れいもつ》取らぬのが当然じゃ」と言立《いいた》てた。

 年寄の愚論百出に呆れて居たヌマンベは、センゾックの発言を痛快に感じて思わず知らず、

「然《そ》うだ然うだ」と連呼した。


28)毒矢。現在アイヌは毒矢を使用して猟をして居る。南洋の原地人にもそれが有る。遣物中に小土器の腰に提げたらしき造りのがあり、その中に附着物の有るのを二三実見した。これに毒薬でも入れて猟に出たのでは有るまいかと思われる。なお考うべしである。それから毒矢を控えて発せぬというのは、現今、ダムダム弾を禁じた平和会議の規則から思い着いたに過ぎないが、滅亡せる民族が、多く練武を怠り、常に歓楽に耽った結果というに思い合せ、土偶の面の優しき相を現わすのから推して、余は石器時代の人民を、飽くまで平和好きと解釈して居る。それをも毒矢禁止の一理由とした。
 

10」へ続く

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