冬の日に下沼部の台地で、石器時代の少女が四人、日当りの好い場所を選んで、盛んに蛤《はまぐり》貝を剥《む》いて居る。剥身《むきみ》を土器の中に入れ、貝殻を横手に捨てる忙しい手つきと共に、何事をか語り戯《たわむ》れて、口も敗《ま》けずに動かして居る処へ、森の方から無髯《むぜん》の若者が遣って来た。
鹿の皮を裏がえしに縫った裘《ころも》を着て居る。毛の方が肌に着くので暖かい。表に出た皮の部分には、朱《しゅ》で連続模様が画いてある。皮靴を穿いて、皮|頭巾《ずきん》を後に投げのけて居る(5)。
顔には微笑を含んで居る。
「遠くから聴えるのは、貝殻を捨てる音で、それから近寄ると、其音に混って、能《よ》く喋るお前達の声が聴えた。斯う近く来て見ると、貝殻の音よりもお前達の声の方が高い。何をそんなに語り合って居るのか」と若者は揶揄《からか》い掛けた。
「別に珍らしい事を口にして居たのでは無い。極有触《ごくありふ》れた事を話し合って居たのよ」と第一の少女は答えた。
それに次いで第二の少女も口を開き、
「妾《わたし》達は斯うして一生懸命働いて居るが、何故若い男達は、怠けてばかり居るであろうと、然ういう事を話して居たわ」
又第三の少女も之に次いで、
「此様に働いて居ても、やれ、キシャゴの肉汁《つゆ》のこしらえ方が拙《まず》いの、アサリの砂の吐かせ様が足りなかったのと、小言は必ず働かぬ人の口から出る」
最後に第四の少女も、
「其処へ行くと男は徳なもの。別してお前などは何んもせずに、ぶらりぶらりと日を暮らして居る。チト貝殻を彼方《あちら》に捨てる手伝いでもしてお呉れ」と叱る様に云った。
若者は手を以て少女達を制して、
「私が何んで遊んで居よう。私は非常な働き手である」と確信ある者の如く言放った。
「と云ってお前の石斧《せきふ》を砥《と》ぐ(6)のも見た事が無い」と第一の少女。
「石鏃《せきぞく》を造る処も未だ見ない」と第二の少女。
「土器を破壊《こわ》すのは見た事がある」と第三の少女。
「然うして鹿の片腿《かたもも》を大方一人で食ったのも見た事がある」と第四の少女。
若者は屹《きっ》と成って、
「それはお前達の目が、手近の物だけ見て居るからだ。私が人の知れぬ処で、非常な骨折して居るのを見るだけの目が無いからだ」と言返した。
「それでは、どの様な骨折をして居てか。此処で話して聴かされぇ。妾達は働きながら聴きましょう」と第一の少女。
他も口々に其意を述べて、矢張貝を剥《む》くのに熱中した。