「あ、そうだった」
今更ながらなボケぶりである。
しかし、一度娘のことを思い出せば、たちまち一緒に過ごした時間が頭の中で走馬灯の如く蘇り、それこそ何も手につかなくなってしまう。
仕事をすっ飛ばし娘の顔を見に行ったあの時、病気にかかってしまった時、成長する姿に目を細め、稀にプレゼントを買って娘に贈ってみたりしたものだ。
拗ねて、言うことを聞かなくなった時、それを諭した時。
一緒に出かけた時や、社会人になった時、思い出すとかくも多くの思い出があったことかと自分でも驚くほどだ。
居なくなってから初めて気付くのは、そんな生活があたりまえの如く続くと思っていた所為か?
という具合に、今はまだそんな風に浸ってしまうが、いつかは気にしなくなるだろう。
そして、気にしなくなるまでは、まだ時間がかかりそうである。
時計を見上げると、既に出勤時間だ。
「いかん、また朝飯は抜きだ」
いそいそと服を着替え、顔を洗って髭を剃り、歯を磨くと慌てて仕事に出て行く。
「行ってらっしゃい」
耳の奥に、そんな声が聞こえた気がする。