6時方向に注意せよ
ふと気がついた。
「見られてる?」
予感があった。
昔の剣術使いは、敵が後ろにあってもその殺気を感じ取ったという。
恐らくそれにかなり近いものだろう。
普段から鈍感な私がそれに気付くのだ、よほどの気配を周囲に振りまいているに違いない。
但し今は仕事中だ、ともかくこれを先に終わらせなければならない。
HUBにLANケーブルを接続し、愛用しているノートPCの電源をONにする。
このPCには、LAN管理用ツールを仕込んであり、私物でありながら殆どの作業を行えると言うメリットがある。
OSはいたって普通の窓共98だ、SP1を適用しただけで、SEにはしていない。
でもこの辺は個人の持ち物で、使ってる人間がヲタクなので、それ相応にカスタマイズが施されている。
起動画面からして既に違うのだから、見られてるこっちは冷や汗モノだ。
因みにこのノートPCは窓共2Kもインストールされており、普段はこっちを愛用しているのだが、客には
「絶対入れないで下さいよ!」
と念を押している為、堂々と使う訳にはいかない。
さて窓共98が起動し、起動音が聞こえたところで作業を開始する。
真っ先にDOS窓を開いてぱぱぱっとネットワークプリンタが接続状態にあるかを確認すると、まだ使えない状態だ。
機器の電源を一度切り、再度起動させる。
今度はあっさり接続完了だ。
サーバー側でもプリンタが接続状態であることをコンソール上で知らせている。
後方にいる人物は、きっと目を白黒させていただろう。
何せこの間の作業はPC起動後わずか3分。
私が何をやっているかさえ分かっていなかったものと思われる。
特にDOS窓は、フォントのカラーを緑にしているので、ことさら分からなかったはずである。
因みにフォントのカラーをわざわざ緑に変えているというのにも訳がある。
いかにもなオタッキーぶりの事情だが、なんとなくメインフレームっぽいのである。
(く、くだらない)
さて、後方の人物はどうしたかと言えば、突如私の前方に回りこんできた。
困る、はっきり言って私は困る。
ただでさえ後方から視線を浴びせられ、緊張をしていた私である。
前方に回られるなんぞ、緊張に輪をかける以外の結果を生む訳が無いではないか。
さてネットワーク接続が確認できたプリンタを手早く自分のPCで印刷できるように設定し、テストプリントを実行しようとしていた時である。
前に居を構えたさっきの御仁が、私の入門証をじっと見ながら唐突に私に語りかけてきたのである。
「どこの会社からみえられてるんです?」
そのとき私は初めて相手の顔を認識した。
年の頃なら40代、髪が少々淋しくなっているが、係長かその辺の役職であろう。
客商売が長い成果であろう、私はそんな事を考えている事を相手に気取られること無く、声をかけられた直後に返答した。
「ええ、○○○です」
(実を申せば派遣社員なので○○○なのだが・・・)
「へぇ、○○○さんと言えば、今度どこかと提携して仕事するらしいですね」
「あ、そうなんですか?」
(派遣の俺がそんなん気にする訳無いやん)
しかし、そんな事を言っては、客にも雇ってくれている会社にも失礼だ。
ともかく話しにのってるふりをしてみる。
「いやー、本社に殆ど寄らないから、結構気づかないんですよねぇ」
「あ、そうなんですか。え〜と、どこと提携するんだったかなぁ・・・」
御仁が思案に耽った隙を見て設定を完了、テスト印刷を実行する。
「を?印刷できたみたいですね」
御仁も、考えていたことをすっぱり忘れ、プリンタから出てきたテスト印字を確認している。
「処で、」
しかし、別のことが気になったらしい。
「何かの資格を持ってらっしゃるんですか?」
・・・・・・・・・・、
「・・・・・、いえ特には。」
(ほっとけ)
「へぇ〜〜〜〜〜」
この業界に限らず、やはり最後にモノを言うのは経験だと思う昨今。
資格社会の厳しさをちょっと感じる今日この頃である。


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