空が高過ぎる
いつもの電車、いつもの風景、見慣れた電車の車内をぐるりと見渡し彼女はふと息を吐いた。
朝いつも通りに目を覚まし、時間が無いので朝食を抜き、着ていく服に悩んでいる間に時間は自分の上を飛び去り、結果化粧をするのもそこそこに、駅まで必死の思いで自転車を漕いでやってきて今この電車に乗っている。
今の職場で既に3年。
社会人になる前はこの社会人生活と言うのに随分憧れていた。
だが実際やってみると何と変化に乏しい生活なのだろう。
自分でもそんなはずは・・・・、とか思いつつも、トレンディードラマのヒロインのように、まじめな彼氏に見初められ・・・・。
なんていうのを期待してみたが、所詮はドラマの中のこと。
最初の一年で思う存分思い知らされた。
にしたって、今時トレンディードラマなんて言い方も随分珍しくなったなぁ・・・・。
とか、関係ない方向に思考が向かってしまうのも、通勤電車に乗る時間が結構ある所為だろう。
電車は停車駅で停まる度、少数の下車する人々を降ろした後、大量の乗車する人々を飲み込み、徐々に空間が狭くなっていく。
ちょっと前なら一週間の間に痴漢の一つや二つ発生したものだが、最近ではそれも無くなった。
続発する痴漢行為の誤認逮捕というか女性側からの訴えも増えたので、少なくとも今乗ってる電車の中ではなりをひそめている。
混み始めた車内で、再びぼーっと車窓の景色に目を向ける。
なんとなくそこかしこに秋の気配が漂い始めていた。
何と言っても、あれだけ青く手に届くほど近かった空が徐々に高くなっていくのだ。
「今年の夏も、結局何にも無かったっけ」
その通り、期待に胸膨らませた夏も、結局のところ仕事の忙しさから海に一回も行かずに終わっていた。
「秋かぁ・・・」
巷では行楽シーズンだの紅葉の季節だの、色んな宣伝が始まっているが余り自分には関係無さそうだ。
ふと彼女の目に富士山の景色が入ってくる。
山頂部は既に雪がのっている。
「わぁ・・・・・」
思わず感嘆とも言える声が出た。
そしてふと気がついたのだ。
富士山に雪が積もったなんて言ったらニュースでやりそうなものだ。
なんかどんどん世俗から遠ざかっているような気がして不安になる。
しかし、澄んだ空気の向こうに見える富士山を見ながら彼女は思った。
「そうよ細かいことなんか気にしちゃ駄目ね、いつでも私らしくないと」
今まで随分思い悩んでいた割には、かなり前向きな御仁らしい。
こう思うと、高くなった空も、それなりに気持ちが良いと言うものだ。
そう、私はこの澄んだ空気のように、ピュアな気持ちでいないと。
そんな決意も見て取れる。

やっとこさ辿り着いた会社の自分のデスクに、一輪の花とメッセージカードが添えられていた。
なんかドラマのような状況である。
彼女にも、やっと春が来たのかなとか思う横で、聞こえた一言は・・・・・。

「罠?」

心が秋空並に高くピュアになるにはまだ遠い・・・・・、らしい。



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