地獄のファレーズ

時は1944年、欧州西部戦線、後の歴史にも記される戦闘があった。
ファレーズの戦闘である。
追う連合軍、本国へ脱出を図るドイツ軍、そしてその追撃戦へ我々も参戦したのだ。

「くそっ!道が開け過ぎてるぞ」
前任者が怪我をし、後方へ下がった時から、
私は部隊の命を預かる身となってしまった。
迂闊だった、気が付いたら自分が最先任下士官だったのだ。
「各車、前方の町に突入をかけるが、周囲への警戒を怠るなよ!!」
「了解」
の声が各車両から届く。
先行した部隊が、早くも戦闘を開始した。
どうやら対戦車陣地を発見したらしい。
私たちの部隊も町の入り口近辺までやってきたが、ここで敵の攻撃を受けることとなる。
「クソったれ!!11時方向、アサルトタンク!!徹鋼弾用意!!!」
装填手が弾を込める間に砲手が砲塔を旋回させる。
「ブラボー2、側面にまわりこんでくれ!撃て!!!!」
矢継ぎ早にブラボー2と自車の砲手に指示を与える。
二方向からの攻撃に一瞬躊躇した敵は、一発目を弾いたものの、
照準を微調整したブラボー1に撃破された。
「まだ潜んでるかもしれん、ブラボー2はブラボー1のバックアップ、ついて来い!
ブラボー3、4は、町をしらみつぶしに移動、敵を発見次第沈黙させろ!」
戦闘の最中にありながら、私はふと思ってしまった。

「自分も小隊長と同じ事をやってるな・・・・・。」

そう、以前にも同じような場面を味わった覚えがある。
この時まだ私はただの砲手だった。
指揮官にとって一番怖いのは、味方に犠牲を出すことだ。
これで大きなトラウマを持ち、後方に下げられる人間もいたほどだ。
ならば自分が死ぬほうが何倍も気が楽という事なんだろうな。

そう長いこと考えていたわけではない。
視界に飛び込んできたタンクキラーがいたのだ。
「マズい!ラング(4号突撃砲戦車L70)だ!狙いは車体下部、高速徹鋼弾用意!10時方向だ!!」
「照準良し!」
「撃て!!!」
しかし初弾は弾き返される、着弾点が上過ぎたのだ。
「装填完了!」
「距離そのまま、ちょい下に合わせろ!撃て!!」
遠くで煙が上がる。
「こちらブラボー2、川の対岸にハーフトラックです!!!」
ペリスコープから対岸を覗くと、土煙を巻き上げて突っ走るハーフトラックが見えた。
「次弾装填!徹鋼弾!目標ハーフトラック!!!・・・・・、撃て!!」
一瞬、搭乗している兵員が視界に入った。
「全員は助からんが、上手く撃ち抜けば怪我程度で助かる奴もいる。」
普段の対戦車戦闘や、対戦車砲攻撃には躊躇はしないだろうが、
今回はマシンガンしか搭載していない、しかも逃亡中の、しかもただの兵員輸送車だ。
この迷いは、この戦争の間、ずっと心に蟠っている問題だった。
攻撃の意思の無い目標に砲弾を叩き込むのは、
自分が大罪を犯しているような気分になる。
恐らくこの戦争が終わっても、一生悩むに違いない。
「命中!」
そんな声が聞こえる、畜生!悩むのは生き残ってからだ!
そう、悩めるのは生きている証、死んだ奴には悩んでいる暇など、永遠に無いのだから・・・。
「もう一台だ!!!撃て!!!」
兵員輸送車を撃破すると、ブラボー4から報告が入る。
「町に潜んでいた突撃戦車及び、対戦車陣地破壊、
ブラボー3がやられました。負傷者1名、幸い軽症、戦死者1名・・・・、デニスです。」
先行していた部隊はどうなったのだろう?
通信機が伝えるのは自分の隊の声だけだ。
「ベンハーの各車はどうなった?」
「町に突入前に二台ほどやられたようです。他は不明、恐らくは・・・・・・・。」
「乗員が生きててくれりゃいいんだが。」
その瞬間、前面装甲で砲弾が弾け、衝撃に車体前面が沈み込む。
「まだ何処かに潜んでるのか?!」
「ブラボー2より1、1時方向にタンクキラー発見。シルエットからすると、こいつもラングです!」
「車体を後ろにちょい下げろ!トマス、狙えるか?」
「ばっちり、照準に入ります!」
「よし!高速徹鋼弾用意!」
「ブラボー1より2、全周警戒、発見次第攻撃しろ、いいな!」
「了解」
「撃て!」
先ほどの経験が生きているのか、着弾はしっかり車体下部に入った。
「よし、良くやった!!ついでにもう一度たのむ、12時方向だ。」
撃破を確認直後に、視界にもう一台見えたのだ。
「落ち着いていけ、向こうさんは、建物が邪魔で、こちらを見つけられないようだ。」
「任して下さい!」
「気をつけろよ、相手は38tをいじった奴だ。目標が小さいぞ。」
「準備良し」
「撃て!」
建物の隙間を縫って飛んだ砲弾が、ヘッツァーに吸い込まれ、爆炎があがる。
「全速前進!橋を渡って対岸の敵を叩くぞ!ブラボー2は、現状にて1のバックアップ!
4は、3の乗員を後方に下げろ、味方に引き渡したら町の警戒に入れ!」
緊張の漂う車内、橋の通過は隙が大きくなってしまい、どこから攻撃を受けるかわからない。
「減速だけはするなよ、一気に駆け抜けろ。道をこのまま前進するんだ。」
ギヤはトップのまま、出せる限りのスピードで走りつづける。
これならば、対戦車砲が両脇のボカーシュに一つや二つ隠れていても、狙われる前に前を通過できるだろう。
「なんか今、9時方向に対戦車砲が居た気がしますが?」
「そんなの無視しろ、今は撤退する部隊を攻撃するんだ!
でないとベルリンにつく前にそいつらからお礼参りを喰らうぞ!・・・そらきた!12時にタンクキラー!!!」
「狙いはばっちりです!!」
「撃て!!」
爆煙を視界の片隅で捕らえながら10時方向を見ると、3両の兵員輸送車が見えた。
「どうやら、対戦車砲の部隊を回収に来たようだな、10時方向だ、しっかり狙えよ。」
「全部視界に入ってます。」
「なら、後は任せるぞ。」
程無くして三つの煙が、狼煙のように上がった。
ここで通信が入る。
「司令部よりチームブラボー、町の確保は終了した。
敵も居なくなったようだ。任務完了。後続部隊到着まで、待機せよ。」
「こちらブラボーリーダー、了解した。」
私は先ほどの対戦車砲の近辺まで車体を戻すように命じると、敵に投降を呼びかける。
脱出方法が無くなった事と、味方の脱出を確認した時点で、彼らにとっての「戦争」は終わったのだ。
素直に武装解除の上、投降してきた。

勝つには勝ったが、心は晴れる事は無い。
今日の野営地で、私はうんざりするような手紙を書かねばならないのだ。
出だしはいつもこうだ。
「私の有能な部下であり、勇敢だったデニスは、本日戦死しました。」
戦争が終わるまで、何通書くことになるのだろう・・・・。
非情な戦争は、まだ続く。

2000年3月6日

前に戻る_TOPに戻る_次に進む