アルデンヌの森にて

時は1944年、欧州西部戦線、アルデンヌの森にて、激しい戦車戦が繰り広げられていた。
連合軍の破竹の進行に対し、物量に劣るナチスドイツは劣勢を強いられていたが、
大規模な攻勢に打って出たのだ。
これに対し連合軍は航空機を含む大兵力を投入、
戦線に大きな穴をあけさせまいとした。

このストーリーは、とある連合軍戦車部隊の活躍を描いたものである・・・。

森の中を三両のM4シャーマンが前進していた。
彼らの目的は、森に隠れた敵機甲部隊の殲滅である。
後の歴史でも語られることとなるが、当時の戦車の性能は、
明らかにドイツ機甲部隊に分があった。
これに対して連合軍のM4は、優れた整備性とその生産台数でドイツ軍に勝り、
結局持続力に勝る連合軍に勝利がもたらされる事となるのだが、
実際に敵と正面切って戦う前線の兵士たちには全く関係のない話であり、
己の身を守るのは所詮自分でしかないことには変わりはない。
気のいい連中がいた部隊がいた、仲の良くない部隊もいた。
そんな奴等が、ある日ふと姿を消してしまうのだ。
運のいい奴は生き残って傷病除隊か、新たに車両を与えられ、再び前線へ、
運が悪い奴は残った家族たちに一枚の電報が届けられ、
そこで全てが終わってしまうのだ。
いつも心のどこかで、
「明日はわが身」
と恐れおののき、言い様の無い不安と戦う日々が続く。
それがどんなに不条理とも言えるような命令でも、
実行しなければならないからだ。
もし、前線の兵士の心に寛容な軍隊があったら見てみたい。
きっと、
「死にたくない」
の一言で、軍隊そのものが根底から崩壊するだろう。

そして今回の作戦で全員の顔を暗くしたのは、
この作戦中、天候不良で空軍の航空支援どころか、
距離が離れ過ぎているため、支援砲火もえられない事だった。
殆ど死ねと言われているような状況で、作戦は始まった・・・・。

「一時方向に敵戦車!!!」
戦車長からの声がヘッドホンに響く。
射撃手たる私はいつもこの声に心臓を握られる思いがする。
「使用弾は徹鋼弾!射撃準備!そこの林の影に入れ!!」
装填手から、
「装填完了!」
と声がかかる。
ここまでくると私の神経は一気に緊張が高まる。
敵を逃す訳にはいかない、逃がせばその分棺桶が近づいて来るのだ。
あのシルエットには見覚えがある。
4号突撃砲戦車だ。
こいつは歩兵支援を主な目的として開発されたはずだが、
ドイツ軍では、穴の空きまくった戦車部隊に投入し、
強力な対戦車砲を搭載して、ヒットアンドアウェイで攻撃するのだ。
特に正面戦闘では、低い車体が長所となって現れる。
実際、多くの味方がこの類の車両に撃破されており、かなりの実害となっている。
こんな時ほど、このM4を恨む事はない。
元になったM3LEEもそうだが、伝統的に車体の背があり過ぎるのだ。
しかも装甲は脆弱、相手のミドルクラスの75ミリ砲弾一発で、
即昇天する可能性が高い。
それを阻止する意味でも、早々に敵の息の根を止めなければならない。
覗いていた照準器に4突の姿が入ってくる。
まだこちらを発見した訳ではない様子で、砲は見当違いの方向に向いている。
「今しかないな」
76ミリ砲の射程を調整しながら一言呟いた。
「撃て!!」
の声と共に、私が発射した76ミリ徹鋼弾は、狙い違わず相手の車体下部に向かって吸い込まれる。
鈍く重い音と爆発音、それに続く車長の
「よくやった!」
の一言。
だが、これで終わった訳ではない。
情報によれば突撃砲戦車だけで2両、戦車で2両は潜んでいるはずだ。
場合によってはこれ以上の戦力がいる可能性がある。
味方車両からの通信が飛び込んでくる。
「1時方向に戦車発見!」
車長は素早く双眼鏡を握り、相手の位置を確認し、ブラボー2に指示を下す。
「敵は移動中で側面を見せている、狙うなら今だ!攻撃!攻撃!!」
合点承知といわんばかりに発砲を始めるブラボー2。
ブラボー3は、移動した先に敵影が無いためだろうか、すっかり索敵車両と化しているが、
味方からの情報は、何にもかえがたいものだ。
その時、ブラボー2から通信が飛び込んできた。
「敵、パンサー撃破!!」
一瞬周囲に喜びの声があがる。
東部戦線でソ連軍に鍛えられたパンサー戦車は、その装甲の傾斜がうまく処理され、
しかも正面装甲は4号戦車とは比べ物にならないほど分厚く、
しかも搭載された長砲身の75ミリ砲は、西側諸国の戦車ならば、
殆ど1000メートル離れていても装甲を撃ち破られてしまう。
そんな厄介な相手を屠る事に成功したのだ、これを喜ばぬ訳が無い。
そうなれば、後は戦車1、突撃砲戦車1、の計二両だ。
周囲を車長が再び索敵し始める。
「全車前進開始。ブラボー2は、橋を渡り、右側の林に寄れ、ブラボー1はこのまま橋を渡り、道を進む。」
いつ聞いても嫌な話だ。
つまり1号車を囮に、どこかに潜んでいる敵戦車を誘き出そうという魂胆だろう。
しかし、橋を渡った直後である。
「こちらブラボー2、一時方向にヘッツァー発見、攻撃を開始する。」
その直後、ヘッツァーが煙を上げて沈黙した。
あの場所からの発砲で敵車両を沈黙させたのは、まさにまぐれとしか言いようが無い。
「了解、ブラボー1はこのまま前進を続ける。バックアップは頼むぞ。」
そして街道を100メートル程移動したころだろうか、
「一時方向パンサー発見!攻撃開始!ブラボー2、バックアップ!」
私はそれを聞くと直ぐに照準器に張り付き、砲塔を旋回させる。
いた!!!
距離を測るのももどかしく、直ぐに一発目を発射。
この弾は大きく外れ、敵の正面の地面を抉る。
「どこ狙ってんだ!!!」
車長に怒鳴られながらも直ぐに着弾点から距離を測り次弾を発射する。
「ありゃ?こりゃダメか?」
着弾はしたものの、その装甲にはじかれ、空しく火花が散る。
とは言え、このまま射撃を止めてしまったら、照準を再調整したパンサーに狙い撃ちされるだろう。
こうなったら連続射撃で照準をずらしたままにしておかなくてはこちらが危ない。
車長が再び2号車に怒鳴りつけた。
「ブラボー2前進!攻撃を開始しろ!」
こうしてパンサー1両に対し、M4A1が2両で攻撃に入った。
しかしお互い有効な打撃を与えられず、ただ時間が過ぎようとした時だ。
「パンサーが逃げるぞ!」
と言う声が聞こえる。
照準器を覗いていた私の視界でも、パンサーが後退しようと移動している姿が見える。
そして敵が側面を見せたその瞬間である。
照準を合わせなおした私が発砲する・・・・・・。
瞬間、全てが現実感を失っていた。
死線を幾度と無くくぐり抜けるうちに、現実に対しての感覚が鈍ったのかもれない。
無理も無いこれを外せば、死神はこっちに漂ってくるのだ。
終わる事は無いとも思われるこの時間は、しかし突然終焉を迎える。
「敵パンサー撃破!!!!」
車長の大きな声がヘッドフォンに鳴り響いたからだ。
前方に展開していた偵察部隊からも、この地域のドイツ軍が撤退した事を知らされる。
全員が安堵の息をもらし、生き残ったことを共に喜んだ。
ブラボー2、3からも同様の声があがっていたことだろう。
そして小隊に一台も被害が無いことに小隊長を勤めている車長は、
ことさら大いに喜んでいた。
先に小さな集落が見える。
今日はここで後続部隊を待つことになるだろう。
解放を喜ぶ人々ときっと大騒ぎになるに違いない。
そして我々も大騒ぎするだろう。
でもそれは嬉しさの反面、次こそは死ぬかもしれない、
そんな考えを一瞬でも忘れたいが為だと思う。
この戦争が終わるまで、あと何日かかることだろう。
それまでは明日の朝を迎えられることを喜ぶ日々が続くのだ。

2000年2月22日

前に戻る_TOPに戻る_次に進む