我が家は地元でも結構古い家系だそうである。
私はそんな事は既に耳たこである。
でも、そんな事を知ってか知らずか、
この時期になると親父殿はよく我が家の歴史を語って聞かせるのである。
「お前、今年は神様に餅を置きに行くのに付き合え。」
親父殿は年もすっかり暮れた30日、こうのたもうた。
そうなのだ、我が家では毎年暮れか年明け早々に神様に挨拶に行くのである。
年中行事、
そう、これは我が家に代々伝わる年中行事なのだ。
こういう時ほど、我が家が古い家だというがわかるのだ。
「ノコ(鋸)持っていくぞ。」
と親父殿は付け足した。
は?ノコですか?
ともかく親父殿に逆らう事は出来ないので、小さいノコギリを持ち、
餅と下に敷く和紙、締め飾り、平仄のお飾りセットをもって家を出た。
我が家には昔池があったので、弁天様がいらっしゃるが、
こちらは既に親父殿が挨拶を終わらせていた。
昔の井戸にも既にお飾りを飾ってあった。
で、私が今から向かうのは稲荷塚である。
稲荷というからには奉られているのはお稲荷様である。
当然な事をいうんじゃない、俺!
いいじゃんかぁ、あんまいじめんなよ、俺ぇ。
ちっ、しょうがねーなぁ、俺。
大学に入る前はよく親父殿と一緒にお参りしたものだが、
つい、今日この日まで伺う事は無かった。
なんという不義理者だろう。
考えてみれば田んぼが多いこの土地で、お稲荷様は大変重要といえよう。
なんでも、この辺の集落にいらっしゃるお稲荷様の元締めなのだそうだ。
かーーーーーっ!なんてお方に不義理をこいてるんだ、ワシ!!!
ともかく一路稲荷塚に向かう。
「おとん(親父)、今年はもう御吾妻様には挨拶済んだんか?」
「もう終わってるぞ。」
「あ〜、オイラも行きたかったなぁ・・・・。」
そうこういってる間に稲荷塚到着。
「・・・・・・、おとんよ。」
「どうした?」
「以前よりすごい事になってるんじゃないか?」
「だから珍しく家にいたオマエに声をかけたんじゃないか。」
「左様(さい)で・・・・・。」
目の前に立ちはだかる竹、竹、そして竹・・・・。
これを切り開く為のノコでございましたか、はぁはぁ。
ともかく先ずは竹を掻き分けお稲荷様のもとへ向かう。
ここは塚の最上部に祠がある。これが神様の御住まいという訳である。
屋根の部分の石が割れている。
おとんによると、ここ数年の話らしい。
・・・・・、ええんか?
ともかく神様にお飾りと餅を供えてお参り、
するとである・・・・・・。
「おお、元気だったか?」
と突然声がかかる。
「は?」
当然のように聞き返すワシ。
「ここ10年ほど顔を出してなかったろう、お前は。」
???
「もしかして?」
「おう、俺だ俺だ。」
「お稲荷様じゃないですか、ここんとこ不義理してて申し訳ないです。」
「なぁに、気にするほどのことじゃない、俺らにとっちゃ、10年なんて一瞬だ。」
「それにしてもお元気でいらっしゃいましたか?」
「まぁ見てのとおりだ。安穏とした平和な日々だったよ。景色は随分変わっちまったけどな。」
「それって俺が小学校のときですよ?」
「ん?そうだったか?」
「畦道が画一化しちゃって面白くないって、俺も言ったじゃないですか。」
「おお、そうだったそうだった。」
「でも長年ここにいらして飽きませんか?」
「そうでもないぞ、ま〜いにち景色を見てきたが、飽きる事は無いぞ。年に一回とは言えお前たちが挨拶にも来てくれるしな。」
「そう言って頂けると嬉しいですよ。」
「それはそうとお前。」
「はい?」
「親父様も歳をとったし、そろそろここへ来るのも大変そうだぞ?」
「ううむ、家じゃ今だに元気な親父様ですよ。」
「結構強情なヤツだからなぁ・・・・、アイツがジャリ(小僧)だった頃から知ってるが、今だに通ってきてくれるんだから大したモンだよ。」
「あ〜、さっきも色々話してましたよ。」
「で、いつ親父様は孫を連れてきてくれるんだ?」
「それはあの兄貴に聞いて下さいよ。」
「その肝心の長男が顔を随分出してないじゃないか?こういった風習は嫌いみたいだしな。」
「まぁ、自宅には居つきそうに無い人種ですからねぇ・・・、アレは。」
「俺の近くを車で通りかかるだけだしなぁ・・・・・。」
「今度ガツンと言っておきますわ。」
「まぁ、俺も五月蝿くは言わんが、暇があったら頼むわ。」
「それにしてもお稲荷様?」
「何だ?」
「失礼を承知で聞きたいんですが良いでしょうか?」
「急に持って回った言い方しおって、なんだ?」
「ウチって、田んぼを全然持ってないじゃないですか、何でこの辺の稲荷様を統べるあなたを、我が家でお参りしてるんでしょうか?」
「なんだ?そんな事も知らんのか?教えてやるのどうしようかなぁ・・・・。」
「もったいぶらないでお願いしますよ。」
「そんなモンは後で親父様に聞けといいたいところだが、まぁいい、教えてしんぜよう。」
「あーー、話したくてウズウズしてたくせに。」
「お前、ジャリの頃から目敏いやっちゃなぁ・・・・。」
「へっへっへっ、お褒めに預かって光栄ですよ。」
「別に誉めとらんて、それでだな・・・・・・・・。」
そんなこんなで色々な話を聞かせてもらったが、これはまた別の機会にでもお話しましょう。
道に生えた竹を切り、再び人が通れる程度までまとめなおすと、
おとんが
「そろそろ帰るか。」
とのたもうた。
もう一寸お稲荷様と話していたかったが、仕様が無い。
「また来年きますよ。」
と声をかけると御神木の上からお稲荷様
「そっちにいる弁天によろしくな。またちゃんと来るんだぞ。」
と応えた。
更にこう仰る。
「おおっとそうだ。来年はお前も嫁くらいは連れてこんと、ここは女っ気がなくていかん。」
・・・・・・・、
大きなお世話です。お稲荷様っ!
こうして田舎の片隅は静かに新年を待つのである。
1999年12月31日