Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『Pretty Pretty』- 中編 -


 「何故……」

   勉強机の上に置かれた物を目にして、瞳子は改めて疑問を呟く。
 それが何をする物で、何故そこにあるのかは勿論解ってはいる。今日の下校時、M駅のモールに寄
 り道をして瞳子自らがレジに持って行き、会計を済ませて自ら持って帰ったのだから当然と言えば当
 然なのだけれど。

 「私は何故……」

 衝動買い。
 そんな言葉で片付けてしまって良いのかも知れない。
 金額的には全く大した事は無い。目の前の数品を全部足しても役に立たない参考書よりは幾分安い
 物でしかない。
 無かった事にして仕舞って置く事も決して考えない訳では無かったが、心のどこかでそれを頑なに否
 定する瞳子がいるのもまた事実だった。

 太さの違う2組、4本の編み棒と、薄いピンクとオレンジ掛かった赤い毛糸。

 原因は間違いなく、薔薇の館で交わされた祐巳さまと由乃さまのお話である。
 お二人がクリスマスに向けて、それぞれのお姉さま方へのプレゼントとして編んでいるマフラー。
 そのお話に触発されてこれらを購入した事は疑いようも無い。
 けれども……。

 「一体、誰に……」

 瞳子は、手芸に関して決して苦手な方ではない。
 毎年行われるレントゲン撮影で使われる白ポンチョを毎年自作して持ち込んだりもしている。
 今年は少々派手に装飾しすぎて先生に注意されてしまったけれど。
 しかし、編物は殆ど経験が無い。
 小等部、中等部共に家庭科の実習でも編物は無かったし、必要も無かったから今まで自分から編み
 棒を手にした事も無かった。
 それ以前に一体、作り上げた物を誰にプレゼントするのか。そこの所がどうしても引っかかった。

 祥子お姉さまに……。

 まっさきに浮かんだのは当然ながら幼い頃からの憧れの小笠原祥子さま。
 けれど、どうにもしっくりと当てはまらない。
 祥子お姉さまの事はとても好きだし、大切な人。
 でも、だからといってプレゼントを渡したい人だというかと、上手く当てはまらない。

 では、優お兄さま?

 これも違う。瞳子からのプレゼントは喜んで受け取ってくれるだろうけど、それだけだ。あの人は例
 えそれが手編みだろうが既製品だろうが女の子からのプレゼントで感銘など受けはしない。優お兄
 さまの性癖を知り抜いている瞳子にとってはある意味「どうでもよい」存在なのだし。

 「やめ……」

 軽く頭を振って、瞳子はいそいそと寝間着に着替え始める。
 いろいろ考えを巡らせるまでも無く、答えなんて出ているのだ。
 けれど、あの方に対してはどうしても素直になれなくてあの方に考えが及ぶ事を頭のどこかで避け
 てしまっているだけなのだ。
 編み棒や毛糸を買ったのも、それで何を編み上げるのかも、そして、それを誰に差し上げるのかも。
 全て既定の事のように決まっている事なのだから。

 祐巳さまに、手袋。

 机に向っていた約1時間。
 あれほどまでに悩んでいた事の答え。
 考える以前に全て決まっていた。ただ、それを素直に認めたくなかっただけの逃避だった。

 ───────── * ─────────

 「祐巳さん、どう?」
 「うん、一束使った練習が終わったところ」

 ようやく舞台劇の本読みが終わり、皆で一息ついていた時に瞳子の隣で祐巳さまと由乃さまが耳打ちで
 会話を始められた。
 祥子さまと令さまは先程の本読みの件でお話をされているようで、お二人の行動には気がついていらっ
 しゃらない。

 「成果はどう?」
 「お母さんに教えて貰いながらだけど、なんとか格好は付く様になってきた」
 「いいなあ…わたしなんて下手にお母さんに聞いたら洩れちゃうから……」

 由乃さまが溜息混じりに、心底羨ましそうに囁かれた。
 本などで独力で進めるのと、誰かに教わりながら進めるのとでは全く進行が異なるのであろう事は容易
 に想像できる。
 結局、瞳子自身も編み始めたマフラー。
 僅か数時間の格闘で、手袋などもってのほかの難易度であった事に気づいた瞳子は結局、オーソドック
 スな、そして初心者にも比較的簡単なマフラーを製作する事で落ち着いてしまった。
 なんとなく、気恥ずかしさが先に立ったので瞳子も本と向かい合っての独力だった。

 「最初の作り目からしてあんなに難しいんだもの」
 「祐巳さんなんか良いわよ。お母様に教えて貰いながらでしょ?わたしなんて本と睨めっこなんだから」
 「あはは……」

 毛糸の指の掛け方。編み棒を通す場所。
 ただ、最初の1段目をクリアすればあとは糸がなくなるまでは同じ作業の繰り返し一目に右手の編み棒
 の先を通して左手に掛けている毛糸を絡め、左手の編み棒から目を抜く。左の編み棒からそれがなくな
 るまで繰り返し、今度は左右の編み棒を握り替えてさらに繰り返し。
 驚くほどの単純作業。 <

 「まあ、いいわ。それなりに目処も立ってきたし、あとは慣れよね」
 「そうだね。お互い頑張ろうね」
 「うん」

 お二人の会話が一段落したところでふっと周りを見渡すと、可南子さんと乃梨子さんの二人が目に入る。
 なにやらそれぞれ自分の手を動かして、真剣にそれを見つめている。

 ─まさか……。

 よくよく二人の手を見ると、それは間違いなく編み棒と糸掛けの指の動きだった。
 ということは、二人とも瞳子と同じく祐巳さまたちに感化されて何かを編んでいるということで。
 乃梨子さんは間違いなく白薔薇さまへのプレゼントだろうから良いとして、問題は可南子さん。
 彼女の編んでいる物は十中八九、祐巳さまへのプレゼント。

 ─ま、負けるもんですか!

 その確信は程なく闘争心へと変わり、可南子さんには絶対負けないという固い意思へと変貌した。

 「みんな、もう一度頭から本読み始めるよ」
 「さきほどの練習でいくつか演技に変更を加えたいところがあるから、その都度説明するわ」

 令さまと祥子さまの声が響き、皆は口々に返事をして台本を手にし始めた。
 勿論、瞳子も先程の可南子さんへの対抗心と敵愾心を心の片隅に追いやり、練習へと意識を集中した。

 「じゃあ、志摩子。ナレーションから初めて頂戴」

 祥子さまが白薔薇さまに練習の開始を促す。

 「わかりました」

 白薔薇さまが応えて、練習が始まった……。

 

 − To be Next −


ごきげんよう、黄山です。
後編…ではなく中編です。すみません、すみません。終わりませんでした。
おちがぼんやりとしか頭に無く、経過も考えていなかった為かまとまりの無い作品になりつつあって
自分自身恐怖してます。
しかも、描写するのにマフラー編みの練習したりと……。
最初の作り目にすごい悩みました。編み始めると意外とすいすい行ったんですが、最初でこけると話
しにならないですね。編物って。
しかも調べ始めて気づいたのですが、指で編んでいく方法があってその一つが「リリアン編み」。
もう、超しまった!とか思いました。これで落ちがつけれたのにぃとか……。
次こそは終われるように頑張ります。


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