Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『ココロ ニ タツ チイサナナミ』


 午前の授業はつつがなく終わり、お昼休みになった。
 お弁当を手に持って教室を出ようとした所で敦子さんが声をかけてきた。

 「瞳子さん、お昼ご一緒いたしませんか?」
 「ごめんなさい、今日は約束がありますの」

 −嘘。本当は約束なんてない。でも折角声をかけてくれた敦子さんに申し訳がないので
 そんな事は微塵も感じさせないように笑顔をつくる。

 「そうでしたの。呼び止めてしまってごめんなさい」
 「わたしの都合ですからお気になさらないで」

 そう言って敦子さんにごめんなさいした後、教室を離れた。
 特に目的地と言ったものがあった訳でもないけれど、とりあえず中庭に向かった。
 もちろん、薔薇の館のないほうの…。
 祐巳さまに逢う訳にはいかなかった。少しの間一人になりたかったから。
 ここ数日、他に考える事が無いときには必ず祐巳さまに逢ったときの自分の感情がなんな
 のか考えてしまっている。まるで愛しい人を想うように。
 自分の部屋で考えてもどんどん訳がわからなくなって行くのにもうんざりだった。

 −明るい所で考えたら少しはまともな答えが出るだろうか?
 
 なんて考えて昼休みに一人になってみたけど…
 そんな事で答えが出るとはなかった。

 「あ…」

 中庭で、お昼をとっている幾つかのグループから離れたところに腰を降ろした瞳子はそこ
 で忘れ物に気が付いた。
 お昼には必ずと言っていいほど飲んでいる「いちご牛乳」を買いに行くのを忘れていた。

 「しょうがないかな…」

 今からミルクホールに行くのも面倒だし、折角見つけた静かな場所を手放すのももったい
 なく思ったのでそのままお弁当箱を開いた。

 お弁当を口に運びながら祐巳さまの事を考えてみた。
 はじめはなんとも思っていなかった。
 祥子お姉さまの妹になった人だからどんな人かという興味はあったけれど、それ以上は何
 も思わなかった。2学年下の自分が祥子お姉さまの妹になれるなんて厚かましい期待をす
 るほど愚かでもなかったから気にもしなかった。

 少し祐巳さまが気になりだしたのは梅雨のすこし前。
 薔薇の館に祥子お姉さまを訪ねて行き出して少しした頃だった。
 あからさまに瞳子のことを「面白くない」といった表情で見ていた祐巳さまを、祥子お姉
 さまが微妙なお顔をして見ているのに気が付いた時だった。

 「祐巳さまも随分鈍感な人だわ」

 思わず口から零れてしまった。
 祥子お姉さまのお心を感じ取れないばかりか、自分から沈んで行ってしまって。
 彩子お祖母さまの事で沈みがちだった祥子お姉さまが祐巳さまの事でまでお気を患わせて
 いるのを見かねてあの日玄関で祐巳さまに祥子お姉さまとお話できるように声をかけて差
 し上げたのに自分から逃げ出して。
 そのあとどれだけ祥子お姉さまが心を痛められたことか…
 お二人の仲が良くなられて、祥子お姉さまが立ち直られた事は素直に嬉しい。

 でも…

 今度は逆に瞳子のほうが妙な事になってきた。
 夏休みにゆかり様の別荘で意地悪を仕掛けられた時に見た祐巳さまの表情。
 あのお顔を見たときからだったかも知れない。
 珍しく不安な心をお顔に出してしまっていた祥子お姉さまとは裏腹に祐巳さまはゆとりさ
 え感じられる微笑を浮かべて「マリア様のこころ」を唄われた。

 そこまで考えて何か答えのようなものが見えたとき、早歩きで教室に向かう生徒たちが目
 に入った。
 はっとして、左手の腕時計を見る。
 もうすぐ午後の予鈴がなる時間。

 「大変!」

 瞳子は慌ててお弁当を片付けて教室へと歩き出した。
 もう少しで答えが見つかりそうだったのに…


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