Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『松平瞳子の受難』


 「ゆ、祐巳さま?」

 可南子さんが訝しげに声を上げる。

 「やり方は解ったから安心して」

 しかし、祐巳さまは、可南子さんの意図すると思われる方向からは随分かけ離れた反応
を返してこられた。

 「いえ、そうではなくて……」
 「私は遠慮いたしますわ」

 可南子さんの声にかぶさるように、瞳子の声が部屋の中に響き渡った。
 そんな大きな声を出したつもりはなかったのに、祐巳さまや乃梨子さんの視線が瞳子に
集中する。祐巳さまが瞳子を注視されるのが気になったけれど、言うべきことは言わなけ
れば。という気持ちのほうが強かったのでそのまま言葉を続ける。

 「私は遠慮いたします。あまり占いというものは好きではありませんので」

 さも、それが当然といった態度で瞳子は言い切った。
 けど、本当は……。
 瞳子も年頃の女の子である。占いといった類の話題に興味が無いわけも無く、本当は物
凄く気になる。でも、先ほど聞かされた内容を聞く限り、結果が「大地獄」などになった
ら気分が良い訳も無い。ましてや今のところ、最もそりの合わない相手がすぐそこに居る
のだから。

 「そうなの?乃梨子ちゃん」
 「さあ……」

 祐巳さまが乃梨子さんに事の真偽を確められる。
 乃梨子さんと、そんな話題を話したとは無かったはずなので、本当の事が漏れる心配は
ないはずだった。

 「祐巳さま、わたしも遠慮します」

 いささか申し訳なさそうに、可南子さんも祐巳さまの占いを拒絶した。

 「えー。可南子ちゃんまで……」

 祐巳さまがとても残念そうに瞳子と可南子さんを見やる。
 その表情に、瞳子の心が小さくざわめくが、今は堪えるしかなかった。

 「うー」

 瞳子と可南子さん。二人共に拒否されるとは思っていなかったのか、祐巳さまがふてく
されたように小さく唸り声をあげる。

 「ねえ、可南子ちゃん、本当にだめ?」
 「……」

 一瞬前の表情から一変。今度はおねだりする様な表情で可南子さんに迫る。可南子さん
の方は、そんな祐巳さまのお顔に当てられたのか、困惑顔で思案している。

 「や……」
 「や?」

 搾り出すように発せられた可南子さんの言葉に、なにがしかの期待を込めたような表情
で祐巳さまが近づいてくる。

 「やっぱり、え、遠慮します」

 どうにか口にすることが出来たような可南子さんの言葉に、祐巳さまはがっくりと肩を落
として、チラッと瞳子の方を窺って来られる。

 (このままではまずい。)

 そんな祐巳さまを見て、瞳子の心の奥で警鐘が鳴り始める。
 この様子だと、祐巳さまは普段以上に瞳子に絡んでこられる可能性が非常に高い。そ
うでなくても最近は祐巳さまに逆らえなく在りつつある。可南子さんに見せたような表情、
もしかしたらそれ以上の顔をされて来るかもしれない祐巳さまを、断りきる自信は瞳子に
は無かった。
 かといって、占いの結果も聞きたくは無い。

 「ねぇ、瞳子ちゃん」

 (来た!)

 瞳子の心が揺さぶられる。
 甘く訴えかける祐巳さまの瞳には、十分すぎるほどの衝撃力があった。

 「お願い、占わせて」

 顔の前で両手をあわせ、拝むような格好で瞳子の様子を伺う。
 祐巳さまがじりじりと、瞳子との間を詰めてくる。
 その距離が小さくなっていくにつれて、抗いきれない何かが大きな力となって瞳子の
心を揺さぶり続ける。

 「あ、あの……」

 目の前の祐巳さまのみならず、可南子さんや乃梨子さんまでもが再び瞳子を注視する。
 このままだと断りきれなくなりそう。でも、可南子さんがいるこの場所で占いの結果も
聞きたくなくて。発すべき言葉にも、取るべき行動にも窮し、呼吸までもが止まりそうに
なる。

 「瞳子ちゃん?」

 祐巳さまがもう一歩近づき、瞳子に顔を寄せて来られる。
 そして、その瞬間、瞳子の中で何かが限界を越えた。
 右足を半歩下げ、その踵を基点にして体を180度回転し、そのままビスケットの扉に
向かって駆け出した。

 「あ!」
 「瞳子ちゃん」
 「瞳子」

 瞳子の見事なまでのステップターンに可南子さん、祐巳さま、乃梨子さんの三人が声を
上げる。駆け出した瞳子にもその声は届いたけど、その時点で瞳子は既にビスケットの扉
をくぐって二階の廊下に足を踏み出していた。

 「お待ちなさい!」

 瞳子が階段の手すりに手を掛けた瞬間、後ろから可南子さんの声が響いてきた。

 「どこへ行くつもりなの!」
 「どこでも構いませんでしょう!貴方には関係ありません」
 「関係ないですって?」

 可南子さんは背が高い。瞳子より軽く頭二つ分の身長差がある。
 ということは、その分だけ足が長いということでもあった。
 だからという訳でも無いだろうけど瞳子が振り返ると、可南子さんは階段を一段抜きで
駆け下り瞳子を追いかけてくる。

 「はしたないですわよ、可南子さん!」
 「貴方こそ、走っているじゃない」

 お互い、リリアンに通う乙女らしからぬ行動で、薔薇の館から飛び出す。
 幸いにも中庭に他の生徒の姿は無く、セーラーカラーが翻ったりしている様を咎められ
るような事にはならなかった。

 「待って、二人とも」

 二人の後ろから、祐巳さまの声が聞こえてくる。
 ちらっと振り返った視線の先、すぐ後ろを追いかけてくる可南子さんの影に見え隠れし
て、祐巳さまの姿が見て取れた。
 瞳子は、上履きのままなのも忘れて、そのまま中庭をお聖堂の方へ走って行った。

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