Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『松平瞳子の受難』


 しばらく中庭を走り続けたところで、お聖堂が瞳子の視界に入ってきた。
 さほど信仰心の強くない瞳子にとっても、お聖堂だけはなにがしか荘厳さを感じさせる。

 「瞳子さん!」

 そんな瞳子の心情を逆なでするかのように、少し後ろから可南子さんの声が届く。
 瞳子は、お聖堂を超えたところで急に向きを変え、お聖堂脇の雑木林の中へと駆け込んで行く。
 既に逃げている理由など見失っている。
 確かに、最初に薔薇の館から逃亡を図ったのは占いの結果を聞きたくなかったという他愛も無い
想いからだったけれど、中庭を駆け抜け、こうしてお聖堂の脇まで逃げてきた時点で、動機と目的
が曖昧になってしまっていて、可南子さんと祐巳さまが追いかけてくるから逃げているという意味
の無い行動になってしまっている。

 (どこか身を隠せるところは……)

 そう考えて、木々が邪魔になっているためにやや走る速度を落とした瞳子は、進行方向周辺に
身を隠せるような場所を探して視線を左右に忙しく巡らせた。
 背の高い立ち木の中に、どうにか身を隠せそうな潅木を見つけ、瞳子はその影に体を滑り込ま
せる。客観的に見れば、この小さな雑木林の中で身を隠せそうな場所はその潅木程度しかなく、
逆にそこに居ると伝えているようなものだったのだけど。

 「ふう」

 どうにか身を隠したことで、頼りないながらも安堵を感じて息を吐く。

 「瞳子さん」
 「ひっ」

 その瞬間、背後から声を掛けられ、心臓が飛び上がらんばかりに跳ね上がる。
 おっかなびっくり振り向くと、身をかがめた瞳子にあわせるようにして、正座に近い格好で瞳子
を睨み付けている可南子さんがいた。

 「突然、逃げ出すなんて一体どういう了見か聞かせて貰えるかしら」

 可南子さんは、口調こそ丁寧だったが、その声は祐巳さまの側に居るときとは全く違う、冷徹
さすら感じされる声だった。
 普段の彼女が放つ声を聞きなれている瞳子にとって、さして恫喝にもならない可南子さんを見
て「ねこかぶり……」と思わず呟いてしまう。

 「なんですって?」
 「なんにも」

 瞳子の呟きを聞き漏らすことなく咎める可南子さんに知らんぷりを決め込む。

 「貴方だって祐巳さまの占いの結果を聞きたくなかったのではなくって?」
 「だからといって逃げ出すことなんてないでしょう」
 「逃げてなんていませんわ」
 「これが逃げているのではなかったら何なのかしら」

 一通り言い合った後、瞳子と可南子さんは、ハブとマングースのように互いに睨み合う。
 可南子さんがどう思っているかは判らないけど、やはり乃梨子さんの言う様に、二人は天敵な
のではないかと瞳子は改めて感じた。

 「瞳子ちゃーん、可南子ちゃーん。どこ?」

 雑木林の入り口の方から祐巳さまの声が聞こえる。

 「祐巳さ……むぐ」

 声のする方に振り向き、祐巳さまを呼ぼうとした可南子さんの口を、瞳子は慌てて両手で塞
いで黙らせる。

 「むむー」
 「折角隠れたのにいきなり祐巳さまを呼び込まれたらたまりませんわ」

 押さえ込まれた可南子さんが、もごもご言いながら瞳子の手を口から離している仕草を見て、
不覚にも可愛いところもあるんじゃないと思ってしまった。

 「貴方ね、いい加減にしなさいよ」
 「いま祐巳さまに見つかったら二人とも占いを聞かされるまで開放されませんわよ?。貴方が
占いの結果を聞きたいのは別に構いませんけど……」
 「う……」
 「私まで巻き添えになさらないでくれます?」

 可南子さんも瞳子と一緒に占いの結果を聞くのは躊躇われた様子で、瞳子の言葉に眉をひ
そめながらも、押し黙った。

 「ふたりとも何処にいるの?この辺りに居るんでしょう?」

 潅木の影にしゃがみこんでいるため、祐巳さまの姿は見えないけれど、声の聞こえ方からし
て、先ほどよりも近くにいらっしゃることは間違いなかった。

 「それで、何故わたしまでここに居なくてはならないのかしら。瞳子さん」
 「誰も一緒に逃げてくれなんて頼んでませんわよ」

 とげとげしく言い放つ可南子さんに向かって、憎まれ口を返しながら瞳子は静かに影から頭
を覗かせた。
 軽く辺りを見渡して、祐巳さまの位置を確かめてみる。
 ほんの数メートル先に、背を向けて忙しなく頭を動かしている祐巳さまを見つけて、慌てて頭
を引っ込める。

 (それにしても……)

 瞳子は現在の状況を苦々しく思ってしまう。自ら招いたこととはいえ、まるで占 いの結果を、
それも絶対にこうあって欲しくは無かった嫌な方の結果そのままの状況が目の前で起こって
いる事が面白くなかった。

 『そりの合わない人と一緒に行動することになるでしょう。嫌なこと、気に障ることが沢山降り
かかってきます。しかも、大好きな人から逃げなくてはならない事態に陥りそうです。場合に
よっては恋敵に好きな人を獲られるような事にもなりかねません。気をつけましょう』

 薔薇の館で聞いた、祐巳さまの言葉が頭の中でリピートされる。
 傍らにしゃがみ込んでいる可南子さんを窺うと、ばっちりと視線が逢ってしまった。刹那、可
南子さんが口を開く。

 「大体、貴方ははなぜ薔薇の館に出入りを始めたんですの?」
 「なぜって、祥子お姉さまのお手伝いがしたいからに決まっているじゃない」
 「本当かしら?」

 可南子さんの言葉に、今度は瞳子が眉をひそめて睨み返す。

 「あなただって、祐巳さまに失望したのではなくって?」
 「私は祐巳さまの賭けに負けたから手伝っているだけよ」
 「本当にそれだけなのかしら?」

 売り言葉に買い言葉。
 二人は再び静かに睨み合う。

 「瞳子ちゃん、見つけた!」
 「きゃっ!」

 可南子さんと睨み合っている最中、突然、聞きなれた声と共に後ろから抱きしめられて、瞳子
は思わず声を上げた。
 いつも聞いているお声。何度も抱きしめられた細い腕。
 間違いなくその相手は祐巳さまだった。

 「ごめんね、瞳子ちゃん。機嫌損ねちゃったのなら謝る。ごめんなさい」
 「祐巳さま」

 瞳子に巻きつけられた、祐巳さまの腕の感触に妙な暖かさを感じてしまう。
 かつて、祥子お姉さまの妹の座に突然居座った祐巳さまをあれほど憎らしく思っていたのが
遠い昔のことのように思えるほど、いつのまにか祐巳さまが側に居ることがとても心地よくなっ
てきている。
 少しの間、祐巳さまの腕に抱かれることを堪能して、目を開けると、眼前に恨めしそうな、羨ま
しそうな可南子さんの顔があった。

 「可南子ちゃんもごめんね」
 「ゆ、祐巳さま!」

 そういって、祐巳さまは瞳子から腕を解き、今度は可南子さんに抱きついた。

 「あ……」

 可南子さんと立場が入れ替わり、瞳子が羨ましげに可南子さんを見つめる。

 「ゆ、祐巳さま。聞いて差し上げますわ」
 「え?」

 祐巳さまが可南子さんに抱きついたのが面白くなくて、瞳子は二人を引き離すために切り札
を口にした。

 「占いの結果です。ここまで瞳子を追いかけてきたご褒美です」
 「あ、いいの?」
 「わ、わたしも聞かせていただきます」

 瞳子の好きにはさせないとばかりに、可南子さんも同じように言う。 そんな可南子さんを見て、
瞳子の心に再び対抗心が沸き起こってくる。
 祐巳さまはどうしようかなといった感じで、瞳子と可南子さんを見比べ、ゆっくりと口を開いた。

 「あのね、ふたりとも「天国」だったんだけど……」
 「は?」
 「え?」

 祐巳さまがへらっとして話された結果は、いままで逃亡劇に何の意味も無かったという事を
冷徹に告げるものだった。
 学園祭の準備ももそろそろ詰めを迎えるこの忙しい時期に、数十分を無駄にしただけに終
わった逃亡劇は、起こって欲しくなかった結末を、瞳子と可南子自身が招き、作り出しただけ
の全く意味の無いものだった。

 「そろそろお姉さまたちも来られてるだろうから、薔薇の館に戻りましょう。ね?」

 あまりにも情けない結末に、瞳子と可南子さんは肩を落として祐巳さまの後に続いて、来た
道をよろよろと戻っていった。
 ひとり祐巳さまだけが、占いの結果を伝えられて満足だったのか、軽い足取りでにこやかに
二人の前を歩いていた。

  − f i n−


ごきげんよう。
実はこの占い、やり方が良くわかりません。
名前(姓名)の文字数を数えて、何かの数字を足したものを「天国」「地獄」「大地獄」と数えていく
らしいことは判るんですが……
元ネタは「GEAR戦士 電童」というアニメです。その作品の予告で主人公二人がこの占いに合わ
せて予告の進行をしていくんですが、最近DVDを見返していて思いつきました。
久しぶりの祐・瞳なのにちょっとひねりが足りなかったかな?と思ってしまうところがあったりしま
すが…。
次回は……由・可かも……。それでは。


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