やっと教室の掃除が終わった。
   3年生になって掃除の範囲は随分少なくなっていたけれど、それでも
   無くなった訳ではないので結局それなりの時間はとられてしまった。
−早く!早く!
 さすがに校舎内を生徒会長たる自分が走る訳にはいかないので早足
   程度の速さで歩いていたが、気ばかりが急いでいて挨拶をしてくれた
   何人かの生徒がいた事に気がつかなかった。
 薔薇の館までやってくると、開け放たれた2階の窓から話し声が聞こ
   えてきた。
   その中の一つは絶対に聞き間違える事の無い声だった。
−やっと祐巳に逢える。
 逸る心を抑えきれず、祥子は階段を駆け上がった。
   廊下を急ぎ、ビスケット扉のノブに手をかけたその時、由乃ちゃんの
   声が祥子にブレーキをかけた。
「ふーん、とうとう祥子さまに返しちゃうんだ」
わたしに、返す?何を?
 「うん、なんだか疲れちゃって。本当はもう少し早くお姉さまにお返
    しするつもりだったんだけど、なんだか延び延びになっちゃって」
 祐巳の声が続いた。
   なんの…話をしているの……
 そんなつもりも無いのに今朝の夢が頭をよぎる。
   返す…何を。
   ロザリオ…。
   それはつまり、祐巳がわたしと姉妹でなくなるという事で。
「それに、早く返さないとお姉さまにも悪いかなって」
 信じない。信じない。祐巳から訣別されるなんてこと認めたくない。
   体が強張る。
   目の前がなんだかぼやけてくる。
   こんなにも祐巳を想っているのに、祐巳も自分のことを想ってくれて
   いると信じていたのに。
   すべては破局を認めたくなかった自分の幻想だったのだろうか。
 「あ、祥子様。ごきげんよう」
   「お姉さま、ごきげんよう」
   「ゆ……み……」
   「お、お姉さま。どこかお加減でも…」
祐巳の言葉を聞き届ける事無く駆け出した。
「お姉さま!!」
 祐巳の声が遥か遠くに聞こえたような気がした。
   どこへ向かっているのか知らない。
   とにかく離れたかった。
   祐巳の口から終わりを告げられるのが怖かったから。
   祥子は薔薇の館から、中庭に飛び出した。
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