結局あの後、暫くして山百合会のメンバーは仕事を終えそれぞれ
帰宅した。
駅まで祐巳と一緒に帰ろうとしたが、2年生の3人は何やら約束
があったらしく、そのまま由乃ちゃんの家に向かった。
当然、由乃ちゃんと同じ敷地に家のある令も一緒に。
残った祥子と瞳子ちゃん、それに乃梨子ちゃんがバスでM駅に向
かい家路に着いたのだが、瞳子ちゃんは乃梨子ちゃんと話しこん
でいたので祥子は会話に加わる事が出来なかった。
どこそこのケーキがおいしいとか、あそこのアクセサリーは可愛
いとか。そんな他愛のない会話だったように思う。
しかし、祥子はその会話に加われなかった。
自分と同じようなものだと思っていった親戚の瞳子ちゃんまでも
が他の生徒と同じようにそういった会話をしている事になんとも
言えない疎外感を覚えた。
「祐巳……」
家に帰り、母と食事をしていたときも祐巳の事ばかりが頭に浮か
んできた。
−祐巳に捨てられる…
−瞳子ちゃんに祐巳を奪われる…
そんなことが有る筈は無いと自分に言い聞かせても、心の影は少
しも薄れる事はなかった。
少しでもその考えから逃れられるように、祥子は早々とベッドに
潜り込んで目を閉じた。
部屋の照明は「茶色」にして…
─────────────── * ──────────────────
「お姉さま」
「祐巳…」
祐巳が顔を伏せて自分の前に立っている。
「何かしら?」
「お姉さま…いえ、祥子さま」
今、祐巳は何を言い直したの?
「これを…」
そう言って祐巳は両手を自分に差し出した。
その広げられた手のひらに載せられていたのは、去年の学園祭の
夜、祐巳に架けたあげた自分のロザリオだった。
「っ!!」
全身から血の気が引いていくのを祥子は感じた。
慌てて視線を祐巳に向ける。
何時の間にか、瞳子ちゃんが祐巳の傍らに立っていた。
両腕を祐巳の腕に巻きつけながら。
「ゆ……祐巳?」
「ごめんなさい、祥子さま。祐巳はもう、疲れました」
「え……?」
「祥子さまの妹でいることに疲れてしまったんです」
祐巳は呟くように、でもしっかりとした声で言った。
「瞳子という優しい妹が出来て実感したんです。祥子さまといる祐
巳がどれだけ疲れているかを。だからこのロザリオはお返しいた
します」
「お姉さま、行きましょう。瞳子はお姉さまより優先することなん
てありませんもの」
−待って!祐巳!
声が出ない。
祐巳と瞳子ちゃんが二人仲良く遠ざかっていく。
祥子と、ロザリオを残して。
祐巳を追いかけようとしたが、声ばかりか体までも動かなかった。
−祐巳、待って!!お願い、わたしを!わたしを置いていかないで!
わたしを捨てないで!!
─────────────── * ──────────────────
無様に泣き叫ぶ自分を、祥子自身が見つめていたのを発見したところ
で祥子は体を跳ね起こしてた。
部屋の中が薄くしらいでいた。
「ゆ……め……」
そう実感したとき、祥子は安堵のため息を漏らした。
「なみ…だ…」
まだ完全に目が覚め切ってないでいた祥子は自分の寝巻きの襟元まで
涙でぬれている事に気がついた。
「祐巳がわたしを捨てるなんて」
祥子はそう言って自分の夢を笑い飛ばそうとした。
しかし、それは叶わなかった。
笑うどころか、さらに自分の瞳から涙が溢れてくるのを両手で覆って
嗚咽をもらし始めてしまったから。
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