「瞳子」
「きゃあ!」
祐巳はまた不意打ちをするように瞳子ちゃんを後ろから抱きしめた。
瞳子ちゃんが祐巳の『妹』になって数週間。
最初は「瞳子ちゃん」と言っていた呼び方も、いつのまにか「瞳子」
と変わっていた。
時間と供に、それだけ二人の仲が親密になっている証だった。
それは本来、彼女の『姉』である自分にとって喜ばしい事のはずなの
に……
祥子の心の中には、いままでと違う暗い影が覆ってきていた。
「お姉さま!もう少し状況を考えて下さい!」
「ごめん、でもそんなに怒らなくてもいいじゃない」
祐巳にはかつて瞳子ちゃんの事で、随分つらい想いをさせてしまった。
なのに、彼女は自分を「好き」と言ってくれた。
それ以来、祐巳とは何度もすれ違いがあったけれど、その度に二人の
絆は強くなっていくことを実感していた。
それなのに……
「だって、瞳子が大好きだから」
「もう…」
−びくっ。
心に鈍い衝撃が走る。
−大好きだから。
その一言が、普通の「姉妹」なら当たり前のように使うであろうその
一言が心にとてつもなく重く、鈍い衝撃となって打ち付けられた。
「いいよねえ、初々しくって」
隣に座っていた令が少し羨ましそうに言った。
「わたしと由乃だったらあんなに素直に反応できないのよね」
わたしは…
わたしは祐巳とあんな風に素直にお互いを確かめ合った事が有っただ
ろうか。
本当は大した事でもないのに祐巳を叱ったり、自分の都合で何度も約
束を破ったり。
思い返せばとてもひどい事を祐巳にしてきたと言う記憶が零れんばか
りに出てくる。
もしかしたら、祐巳の気持ちは自分から離れて行ってしまったのだろ
うか。祐巳と自分の絆は既に綻びてしまって居たのだろうか。
瞳子ちゃんという、心の底から祐巳を信頼している『妹』が出来たか
ら、自分はもう祐巳にとって必要ではなくなってしまったのだろうか。
そんな考えが頭の中に浮かんでは消えを繰り返していた。
「祐巳、瞳子ちゃん。いい加減になさい!」
嫌な考えから逃げるように、二人に大きな声で注意した。
「お姉さま…」
「紅薔薇さま…」
そう言った後、二人そろって「すみません」と言って席に着いた。
祐巳はわたしの左隣、瞳子ちゃんは更にその隣に。
−八つ当たりね。
祥子は自分の行為を自嘲した。
「祥子、そんな姑みたいなの格好良くないよ」
自分にだけ聞こえるように令が囁いた。
キっと見つめ返すと、令は苦笑しながら目を逸らした。
−何を馬鹿な事を……
そう思って自分の中にある暗い影を消し去ろうとした。
しかし、その影は更に強く祥子の心を覆っていた。
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