Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『DATE or ALIVE』 7th Action -Turning Pint-


 − 蔦子 −


 スタンドで、ホットサンドや飲み物を買い込んでいる祐巳さんと瞳子さんを何枚かフィルムに収め
 た時点で、カメラがフィルムを巻き戻し始めた。

 「迂闊」

 あまりに被写体に夢中になりすぎてフィルムの残量に気づかなかった。
 蔦子にしては珍しい失敗だった。
 けれど、幸いにも目標はまだスタンドの前で注文の品を待っているようで、暫くは移動を始めそう
 にはなかった。
 フィルムを巻き上げるモーターの音をもどかしげに聞きながら、新しいフィルムをパトローネから
 取り出す。

 「ん?」

 カメラのフィルムカバーを開けたとき、初めて気がついた。
 自分の直ぐ側にもう一人、人がいた事に。
 その人物も、スタンドの方を凝視している。現在、そのスタンドに居るのは祐巳さんと瞳子さん、
 それに売り子のお姉さんだけだからその誰かを見ていることになる。
 やけに長い髪をポニーテールにして、ブランド物らしいサングラスに襟を立てたトレンチコート。
 全く持って怪しさ満開のその人物に、きっちり当てはまる女性を蔦子は一人だけ想像できた。

 「まさか、祥子さま……?」

 祐巳さんの『お姉さま』である小笠原祥子さま。紅薔薇さまで生徒会長。
 その祥子さまがあんな格好をして、祐巳さんと瞳子さんをストーキング。
 あまりにも普段のイメージからかけ離れてはいたが、祥子さまが祐巳さんに思慕を超えた想いを抱
 いて居る事を、蔦子は知っていた。

 「とりあえず、写真、写真」

 フィルムの再装填を終えたカメラを祥子さまにも向ける。
 連続で何枚か撮った時、祥子さまが立ち上がった。慌ててスタンドに目を向けると、祐巳さん達も
 買い物を終え、移動を始めていた。
 蔦子は祐巳さんではなく、祥子さまの後を追うように尾行を開始した。


 − 祥子 −


 (お昼、かしら……)

 遊園地に到着してから約30分。祥子は祐巳たちをなんとか見つけ出す事に成功した。
 このかなり広大な遊園地の敷地内で、30分という短時間で二人を発見できた事は僥倖と言っても
 差し支えは無いと思う。
 祐巳と瞳子ちゃんは仲良く売店のスタンドで食べ物と飲み物を買ってにこやかに話しながら歩いて
 いた。

 (どこに向かっているの?)

 二人がてくてくと歩いていく後ろを、気づかれぬように尾行していく。
 傍から見ればかなり怪しい行動なのだが、目標である祐巳と瞳子ちゃんしか目に入っていない祥子
 はまったく気づかない。

 (まあ!その腕を解きなさい、瞳子ちゃん!)

 あろうことか、瞳子ちゃんが祐巳の左腕に自分の腕を巻きつける。
 悔しい、悔し過ぎる。
 祥子ですら祐巳と腕を組むなんてした事はないのに。
 彼女はかなり積極的に祐巳に迫っているように見える。

 (ああ、祐巳。祐巳)

 暫くして、二人は池の辺の芝生の上に腰を下ろした。
 買った物を広げているようだ。
 やはりここで昼食にするのだろう、祥子は植え込みの茂みの中に身を潜める。
 これ以上瞳子ちゃんが祐巳に迫ったら……
 祥子はそれを黙って見ているつもりは無かった。


 − 真美 −


 聖さまは、遊園地中央の池へと続く遊歩道へと入っていった。
 真美はどうするか迷った。
 すでに時刻はお昼過ぎ。目標である志摩子さんたち白薔薇姉妹はおろか、黄や紅の姉妹達も一向に
 遭遇する気配は無かった。

 「どうしよう……」

 このまま聖さまを追跡するか、諦めて他の場所へ向かうか。
 残った時間を考えると、さほど余裕があるとも思えないし。だからといって折角捕まえた可能性を
 放棄して、新たに目標を捜索しても見つかるという保障もない。

 −聖さま、どうかお導きを!

 真美は心の中で聖さまに手を合わせてお祈りした。
 そのまま後をついて行く。聖さまは先ほどから変わらずに、きょろきょろと周囲を見回しながら遊
 歩道を走っていく。体力には自信があるほうではない真美は随分息が上がってきているがそんな事
 には構っていられない。
 ここで見失ったら全てがご破算になってしまう。

 池の周りを半周ほどしたろうか、突然に目標である聖さまが急ブレーキをかけて立ち止まった。
 藪の向こう側に視線を固定しているように見える。
 彼女はゆっくりと首を回して、周囲を確認するような動作に入った。

 −まずい、見つかる!

 そう思った刹那、腕が急に引き寄せられて植え込みの中に引き摺りこまれた。
 枝や、葉に素肌がでている足が何箇所か引っかかれ、小さな痛みが連続して感じられる。

 「痛い!」

 そう発した瞬間に、口が手で塞がれる。

 −何!何なの!?

 驚いて顔を上げると、目の前に蔦子さんが居た。

 「大きな声を出さないで」
 「つ、蔦子さん、一体これは……」

 人差し指が真美の唇に押し付けられる。
 蔦子さんは、押し付けた人差し指をそのままある方向へ向ける。
 誘導されるように、その指先を追いかけてゆくと、なんとも凄い光景が目に飛び込んでくる。

 「あれは……」

 思わず、口から零れる。
 前黄薔薇さまの鳥居江利子さま、前紅薔薇さまの水野蓉子さま。それに島津由乃さんに支倉令さま。
 そうそうたるメンバーに目が釘着けになる。

 「それと、あっち」
 「あっち?」

 蔦子さんの指がさらに動いてもう一方の方向を指す。
 そこにはなんと、紅薔薇さまのつぼみの福沢祐巳さんと、その妹になったばかりの松平瞳子嬢。そ
 して、その後ろの茂みには怪しい格好をしたもう一人の女性。

 「まさか……」
 「そう、祥子さま」

 一体、この遊園地で何があるというのだろうか。
 新旧山百合会幹部のほぼ全員がここに揃っている。今、ここに居ないのは現白薔薇さまの藤堂志摩
 子さんと、その妹の二条乃梨子さんだけだった。

 「紅薔薇姉妹は黄薔薇さま達とは別口のようだけどね」

 蔦子さんが言う。
 なるほど、確かに近くにはいるが祐巳さんたちが居るところからは、真美たちが身を隠している植え
 込みが邪魔になって由乃さん達は見えないだろう。黄薔薇姉妹たちも同様の理由で祐巳さん達は見え
 ていないはず。

 「とりあえず、様子を……」
 「きゃぁ!」

 真美がそういった瞬間、紅薔薇姉妹の方で小さな悲鳴が聞こえた。
 慌ててそちらに顔を向けると、既に蔦子さんはカメラのシャッターと切りまくっていた。


 − 江利子 −


 「一旦、ゲートに戻ってみない?聖が来ているかもしれないし」
 「そうね。構わないわよ」

 次は今日の計画のメイン、観覧車の予定だったけれど、仕方が無い。ここで焦って計画を台無しに
 する訳にはいかないものね。ここからだとゲートからそう離れてもいないし。

 「行きましょうか。蓉子」
 「ええ、有難う」

 言うが早いか、蓉子が足早に歩いていく。
 慌てて追いかける。

 どん──

 「きゃ、ごめんなさい」
 「す、すいません」

 ゲートの方にばかり意識が向いていたらしい。珍しく蓉子が人とぶつかったようだ。
 けれど、なんだかどこかで聞いたような声。しかも、つい最近に。

 「よ、蓉子さま!?」
 「由乃ちゃん?」

 なんですってー。
 慌てて蓉子とぶつかった相手を確認する。確かに、『孫』である由乃ちゃんだった。
 と言う事は……
 居た。由乃ちゃんのすぐ後ろに、可愛い妹の令が。
 ああ、どうして、今日、ここに、この二人が居るの……そんな話聞いてないって。
 令は江利子と、蓉子の二人を凝視して冷汗をだらだら流している。まずい。ここまであからさまに
 表情に出ていたら蓉子に感づかれる。

 「あ、あら。由乃ちゃん。奇遇ねぇ。令も久しぶり」
 「こんにちわ、江利子さま。今日は何か大切な御用があったのでは?」
 「どういうこと?由乃ちゃん」
 「きょ、今日の遊園地の事よ、蓉子」

 まずい。まずすぎるわ。由乃ちゃんったら多分、令にたいする報酬の事を知っている。
 このままだと、真実を暴露されかねない。

 「さ、さあ。蓉子、行きましょう。聖が待ってるかもしれないから……」
 「そうね。じゃあ、由乃ちゃん、令、ごゆっくり」
 「はい。でも、聖さまなら朝お見かけしましたけど」
 「な!?」

 こ、この娘は一体何を言うのだ。
 そこまでわたしが憎いか!?令の姉であるわたしが。

 「どういうこと、由乃ちゃん」
 「よ、由乃!!」

 我に帰った令が慌てて由乃ちゃんの口を塞ぐ。けれど、全ては遅きに失した。
 しかも、令のリアクションは駄目押しとも言うべき行動だった。
 蓉子が刺すような視線を江利子に向ける。
 ああ、マリア様……。

 「江利子」
 「なぁに、蓉子」

 勤めて平静を装う。無駄だろうけど。

 「蓉子さま、これは……」
 「令は黙ってらっしゃい!」
 「はひぃ」

 蓉子の一喝に令はあえなく討ち死にした。
 まったく、見かけと違って女の子過ぎるんだから。
 けれど、ここはちょっと人目が多いわね。

 「蓉子、場所を移しましょう」
 「そうね、少し人が多いわね」

 蓉子を連れて池のある方向に移動を始める。
 おずおずと令と、由乃ちゃんの二人もついてくる。
 蓉子と二人きりで、って思っていた取って置きの場所だったのだけれど、こうなっては仕方が無い
 から。
 池のほとりの芝生に腰を降ろすなり、蓉子は冷ややかに言葉を紡ぎだした。

 「そんなことは無いって思いたかったけど、江利子の仕組んだ事だったのね」
 「そうよ」
 「お、お姉さま」

 令が心配そうに江利子の方を窺う。

 「だって、普通に誘っても蓉子は私とデートしてくれないでしょう」
 「当たり前じゃない」

 連れないセリフだと思う。江利子はこんなにも蓉子のことを想っているのに。
 何度も何度も、聖との関係を知った後も想い続けていたのに。
 この思いは山辺さんと出合った後も一片の陰りすら見せては居ないというのに。

 「わたしは、蓉子の事をずっと好きだったのよ」

 蓉子は何も言わず、江利子の方を見つめている。
 その横で由乃ちゃんもぎょっとした目で、同じく江利子を見ていた。
 ああ、由乃ちゃんは知らなかったっけ。令は感ずいていたみたいだったけど。

 「それはこの間、聞いたけど……」

 それだけ言って、何故か蓉子は口をつぐんだ。
 何かを逡巡するように、俯いたりしていた。
 しばらく続いた後、後ろの草むらで聞こえた悲鳴に、その沈黙は打ち破られた。

 −To Be Next ACTION−


ごきげんよう。
なんだか随分時間が掛かってしまいましたTT
一応次回で最終回の予定です。
残りも頑張りますので、よろしくお付き合いくださいませ
それではまた近いうちに。


Back | NovelTop | Next