Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『DATE or ALIVE』 - Conclusion -


 - Conclusion -

 「待てぇ!でこちん!!」

 聖は潅木を飛び越えるようにジャンプした。
 ようやく見つけた二人めがけて。
 朝からずっと遊園地を走り回って、やっと蓉子と江利子を見つけた。
 二人は仲良く(聖にはそう見えた)肩を寄せ合って芝生の上に座っていた。
 その側に誰か居るようだけれど、そんなこと構っている場合じゃない。
 すぐにでも江利子を蓉子から引き剥がさなければ。
 けれど、それは……出来なかった。

 着地の寸前、何かに足を取られて前のめりに倒れこんだのだった。

 「きゃぁ!」

 悲鳴が聞こえたような気がしたけれど、不思議とさほど痛みは感じなかった。
 その代わり、なんだか右手には柔らかい感触がするし、顔のあたりもぷにぷにした感触がする。

 「う、んん」

 自分の物ではないうめき声が聞こえる。
 聖は軽く頭を振りながら目を開くと同時に身を起こした。
 手のひらの中に何か布地のような手触りと、むにっとした感触がある。

 「ひっ!」

 ひっ?
 慌てて視線を下に向けると……。

 「さ、さ、祥子ぉ!?」
 「せ、聖さま!?」

 ほぼ同時に声が上がった。
 そう。聖の目の前には祥子がいた。彼女は初めて見る髪形に、似合わない茶色のトレンチコート
 という姿で。しかも、あろう事か聖の右手は祥子のふくよかな胸を鷲掴みにしていたのだった。
 傍目には聖が祥子を組み敷いているようにしか見えないだろう。

 「さ、祥子。大丈夫!?」
 「聖さまこそ」

 さっきの柔らかい感触は祥子の胸だったのか。服の上からでもあの感触なのだから相当なボリュー
 ムが……ってそんなこと考えている場合ではない。祥子が顔を紅くして「聖さま、そろそろどいて
 下さいませんか」というので身体を脇に逸らそうとした。
 その瞬間……

 「聖!」
 「お、お姉さま……」

 なんだか、今、この状況下では『絶対に』聞きたくない声がステレオで聞こえた気がした。
 まさか、そんな事。と思いつつ視線を巡らすと悲劇はセットでそこに居た。

 「ようこ……しまこ……」

 蓉子が拳を握り締めて。
 志摩子は真っ青な顔をして。

 そして、もう一人。祥子にとっても悲劇がその向こうに居た。

 「お姉さま……聖、さま……そんな……」
 「ゆ、祐巳!違うのよ!これは」
 「そう、事故。事故なんだから」

 聖と、祥子の訴えは誰の耳にも届いて居ないような気がする。

 「あ、あんなに……心配したのに……」
 「お姉さま、祥子さまにまで……」
 「いやぁ!お姉さま、聖さま、嘘だと言ってください!」

 だから違うと、誤解だと、事故だと言ってるのにぃ。

 「志摩子さんには、わたしが居るから」
 「乃梨子……」

 志摩子が涙混じりに乃梨子ちゃんの手を取る。

 「うわぁん」
 「祐巳さま!祐巳さまは瞳子がお慰めいたしますわ!」

 祐巳ちゃんは瞳子ちゃんに抱きかかえられながら、その肩に顔を埋めた。

 「蓉子」
 「江利子……」

 そして、最愛の蓉子は悲しそうな一瞥を聖に向けた後、でこちんに振り返った。
 そんな馬鹿な!
 これじゃあ江利子の計画通りじゃない!

 「待って!蓉子!」

 蓉子の名を叫ぶ。けれども、その声は自分でも驚くほど声になっていなかった。

 「浮気者」
 「う、浮気、者……」

 そのか細い叫びを蓉子は聞きとめてくれた。しかし、蓉子の口から発せられたその声は氷のように
 冷たく、研ぎ澄まされた刃物のように鋭利だった。
 聖は絶句し、その場に膝を着いた。
 隣では、祥子が色を失った瞳を宙に泳がせていた。

 「聖、さま……」
 「祥子……」

 愛する人に取り残された二人はどちらとも無く身を寄せた。
 一瞬、互いに視線を交わした後、二人は肩を抱えて抱き合った。

 「うわぁぁぁん、祐巳ーーー」
 「蓉子ぉーーー」

 周囲にある、いくつもの衆人にはばかる事無く、聖と祥子は泣き喚いた。
 まるで、親からはぐれた幼子のように。
 秋から冬に移り行く季節。
 冷たい風が、遊園地に流れる楽しげな音色に一欠けらの哀愁をのせて、二人の心を通り抜けていった。


 - Epilogue 紅薔薇 -


 「お姉さま、どうぞ」
 「ありがとう、祐巳」
 「もう、お姉さまぁ」

 瞳子ちゃんがしなを作って祐巳に擦り寄る。
 あの、哀しむべき遊園地での事件の翌日、祥子は祐巳をかなり強引な手段に訴えて自身の部屋に連れ
 込んで必死に誤解を説明し、二人のデートを尾行した事を謝罪した。
 その時には既に、祐巳はあらかた事の真相を掴んでいたのだが。
 その理由は先日、祥子の下に届けられた数枚の写真と、「没」と大きく書かれたプリント原稿のコピ
 ーに記されていた。そう、カメラちゃんこと武嶋蔦子さんと、新聞部の山口真美さんに尾行されてい
 たのだ。おそらく、祐巳もそれに目を通していたのだろう。
 令と由乃ちゃんの方からも、いくらかの説明があった様子だったし。

 それにしても、祐巳が納得してくれて、本当に良かった。
 あのまま祐巳に嫌われてしまったら、もう立ち直れなかったかも知れない。

 「祐巳、タイが曲がっていてよ」
 「あ、はい」
 「祐巳さま、わたしが!」

 祐巳のタイに手を伸ばすと、すかさず瞳子ちゃんが割って入ろうとする。
 身体を逸らしてさりげなくブロックする。

 「うー!」

 進路を阻害されて、瞳子ちゃんがきつい視線を向けてくるが「ふふん」と見下ろす形で微笑を返すと
 再び祐巳に向き直って、タイを直す。
 正直に言うと、全くと言っていいほど祐巳のタイは曲がっては居ないのだけれど、こうすることで祥
 子は祐巳の姉である事を確認し、安心できるのだ。
 祐巳に瞳子ちゃんという妹が出来てからと言うもの、祥子は安穏としては居られなくなったから。
 そう、祐巳は渡せなくてよ。瞳子ちゃん。


 - Epilogue 前薔薇さま -


 「これなんてどうかしら」
 「うん」

 蓉子が差し出したのは、紙の箱に入っているシンプルな携帯電話だった。
 前もってプリペイドカードを買って、その分だけ通話が可能な物。

 「これだったら後から請求書が来るわけではないし、カードの金額分しか使えないわよ」
 「そうだね」

 価格は十分予算内。カードの料金を入れてもおつりが来る。
 それにしても、流石は蓉子。聖の危惧すらあっさりと読み取ってくれている。
 聖が今まで携帯電話を持たなかった理由、それは電話代が怖かったから。一度、味を占めてしまった
 が最後、際限なく蓉子に長電話、それも超がつくほどの。をしてしまうのが怖かったから。
 先日の遊園地での事件で、江利子の罠に掛かった時も携帯電話があればあんな失敗はしなかった。

 「これで、またあんな事があっても大丈夫だね」

 蓉子に笑みを向ける。

 「そうね」

 遊園地で蓉子に捨てられた日の晩、誤解を解くために電話を掛けたら速攻で切られた。それから何度
 掛けても彼女は全く相手にしてくれなかった。
 翌日は蓉子の家にまで押しかけた。そうしたら、にべもなく追い払われて、まったく取り付く島も無かっ
 たのだ。結局、どうにか蓉子の誤解も解け、こうして二度と同じ失敗をしない為の携帯電話選びも付
 き合って貰えているのだけれど。

 「それにしても、江利子め……」
 「何、江利子がどうかしたの」
 「あ、ううん。なんでもない」

 親友の名前を憎々しげに呟いた。
 あの事件に関して、聖には気に入らない事があった。
 蓉子は江利子の事を全く責めようとはしないのだ。聖には無視というかなりキツイお仕置きがあった
 と言うのに、今日だって平然と江利子からの電話を受けていた。
 聖が二人を見つけるまでに一体なにがあったのか。
 ただ一つ言える事は、蓉子と江利子の心の距離が以前より近くなっていると言う事。
 それが全く持って気に入らなかった。

 レジで会計を済ませる。
 普通の携帯電話は登録とかで1時間ほど待っていなくてはならないそうだけど、このタイプの電話は
 持って返って30分ほどしたら使えるとの事だったので、電話の入った紙袋を持って蓉子と一緒にそ
 のまま店を出た。

 「これから、どうしようか?」
 「聖の家に泊まりにいくわ」
 「え、そうなの」

 仲直りをして、その日に泊まりに来てくれるなんて。
 なんて素敵な1日なんだろう。

 「覚悟していてね、聖」
 「え……」
 「何日も『聖断ち』させられていたんだもの、今晩は眠る時間なんてあげないから」
 「……」

 蓉子の目は本気だった。
 (死ぬかも……)
 江利子の誘いに乗って遊園地なんか行ったせいで……。
 デートか生か。二者択一、しかも既に結果は出ている。まさにDATE or ALIVEだった。
 聖は、明日の太陽が見れることを祈らずには居られなかった。


 - Epilogue 白薔薇 -


 「ねえ、志摩子さん。佐藤聖さまのこと、いいの?」
 「そうね。そのうち必死に頭を下げてくるのではないかしら」

 卒業なさってからというもの、水野容子さまにかまけてばかりであまり構ってくれないお姉さまの
 事を思い返してみる。
 遊園地の出来事はさすがにショックは大きかったが、祥子さまが聖さまと関係があるなんて考えら
 れないことだから、今はなんとも思っていない。
 祥子さまは祐巳さん。聖さまは容子さま。
 互いに最も大切な人がいるのは分かっているから。

 「そうなんだ」
 「ええ。それに私には、ちゃんと慰めてくれる乃梨子がいるから」
 「あ、うん……」

 乃梨子が恥ずかしそうに顔を伏せる。
 聖さまが謝ってきたら……たまには甘えてみるのもいいかな、と思う。
 去年の志摩子と、今の志摩子。
 聖さまが卒業されてからの志摩子は、乃梨子という妹の存在によって随分変われたと思う。
 あの時では想像も出来なかった行動も、今ならできると思える。
 鏡のように互いを映し出す存在ではなく、寄りかかったり、甘えたりできる関係。
 そんな関係をお姉さまと新しく築いていくのも良いかも知れない。

 相変わらずの紅薔薇姉妹を微笑しながら眺めつつ、志摩子はティーカップに口を付けた。


 - Epilogue 黄薔薇 -


 K駅そばのケーキハウス。
 江利子の前にはザッハトルテとシナモンティー。向かいには令が座っている。
 その前にはレアチーズケーキとミルクティーが並んで置かれていた。今日は令とのデート。
 先日の遊園地の際の報酬だった。

 「結局、お姉さまの計画は成功だったんですか?」
 「まあ、8割成功ってところかしらね」
 「8割……ですか」
 「ええ」

 令がケーキにフォークを入れる。
 レアチーズケーキの上にはブルーベリーソースが掛かっていて、白いクリームチーズに濃い紫色、
 というより、殆ど黒色だけど。の強いコントラストが綺麗に見えた。

 「すみません、苺タルト追加お願いします」

 また?これでもう三つ目よ。
 ちらっと声の主に視線を移す。江利子と令は一つのケーキをまだ半分も食べていないというのに、
 声の主は既に二つ目も殆ど食べ終えている。
 苺のミルフィーユに抹茶のシフォンケーキ。そして今度は苺のタルトですって。
 あの細くて小柄な体の一体何処にそれだけ入るのだろう。

 「由乃ぉ」
 「何よ、令ちゃんが奢ってくれるって言ったんでしょう」
 「あう……」

 そう。今日は令とデートだった。なのに、二人の間には何故か由乃ちゃんが居る。
 わざわざ二人のデートにまで監視に来るとは見上げた性格だこと。

 「由乃ちゃん、太るわよ」
 「ご心配傷み入ります」

 子憎たらしい笑顔で由乃ちゃんが返してくる。

 「ところで由乃ちゃん、ちゃんと『妹』は紹介してくれるんでしょうね」
 「勿論ですわ」
 「よ、由乃、そんな子居るの!?」

 令が狼狽して問い質す。
 ああ、体育祭の件はまだ令に話していなかったのね。
 (まあ、いいわ)
 令には悪いけれど蓉子とも以前よりは近づいた気がするし、暫くは由乃ちゃんの妹の件で楽しませ
 てくれそうだし。
 今日の由乃ちゃんの事は大目に見てあげましょう。
 わたしってなんて心が広いのかしら。なんて冗談を思って江利子は苦笑した。
 向かいでは令が由乃ちゃんにすがり付いて居て、彼女はそんな令に「邪魔!」なんて言っている。

 「ほんと、飽きない子たち」

 −f i n−


ごきげんよう。
ここまでお読みくださった皆様、有難うございました&お疲れ様でございました。
自分でもよく書いたものだと思います。何箇所か「そりゃないだろ」って感じの強引なところも
有りましたが、どうかご容赦くださいませ。
この作品、WEBに載せなかったら同人誌が作れたなぁ、なんて思ってしまう量でしたが同人なんて
阪神大震災以降、やってなかったので今更戻るなんて考えてませんが(笑
次回からはまたSSに戻りま。なんて書いてるうちにすぐにも2万HITしそうな勢いで……
本当に有難うございます。
感想なんか頂ければ黄山は泣いて喜びます。これで懲りずに、これからも宜しくお付き合いください。
それではまた近いうちに。


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