− Impatience 聖 −
謀られた!
聖は遊園地の最寄の駅から、遊園地に向かう短い道のりを必死になって走っていた。
一人で。
「まさか、令を使ってくるなんて」
待ち合わせ場所で、聖に泣きすがって来た令。
朝、デートに行く段になってから些細な一言で、由乃ちゃんを怒らせて仕舞ったからとかなんとか。
−お願いします、聖さま!後生ですから由乃を一緒に探してください!
−え、いや、なんで私が!?
−わたし一人だったら由乃は絶対逃げてしまうから、聖さまが一緒だったら由乃も……
−でも、わたしも待ち合わせが……
−ここで聖さまに出会えたのもマリア様のお導きです、お願いします!
必死になって令が懇願してくるから。令も由乃ちゃんも可愛い後輩には違いないから無下に断るのも聖
としては可哀想だったから、つい。
あっちに居そうだ、こっちに居そうだと散々、駅前を引き摺りまわされた末、ようやく発見した由乃ちゃ
んは一緒にいた聖にごく簡単な挨拶をした後、にこやかに令の腕を取って駅へと戻っていった。
そこで初めて気が付いたのだ。それが罠だった事に。
慌てて待ち合わせ場所に戻った聖が見たものは、メッセージボードに残された江利子の言葉だった。
−Adios Amiga!
令達を問い詰めるまでも無い。最初からこれは江利子の計画だったんだ。
何が『さよなら、親友』よ!スペイン語なんて空々しい!
英米文学科だからって舐めるんじゃないわよ。中南米はスペイン語のほうがポピュラーなんだから。
「デコチンめ!!」
蓉子を誘い出すために、聖にも連絡してきたのだ。
果たして江利子の計画通り、蓉子は聖に確認をしてから今日の遊園地を安心して向かえた。
聖を待たずにどうやって蓉子を遊園地まで連れて行ったか知らないけれど、今、江利子は蓉子と二人き
りで遊園地にいる。そんなこと許してなる物か!
このままだと蓉子が危ない。いつ江利子の毒牙にかかるか知れた物じゃない。
このままで済ます物ですか。必ず江利子をとっ捕まえてやる。
遊園地の入場ゲートの前で、もどかしげにチケットを買って、自動改札のようなゲートを抜ける。
かなり頭に血が昇っているのが解ったが、江利子の行きそうなところへ向かってさらに加速する。
蓉子、待っててね!
− Impatience 祥子 −
「間もなくです、祥子お嬢様」
「そう、わかったわ」
祥子は用意していたサングラスをバッグから取り出した。
お祖父さまに何度もお願いして、お客様の案内をようやく中座させて頂いてから急いで用意した物だ。
祥子が急ぐ目的地、それは祐巳と瞳子ちゃんがデートをする遊園地だった。
「瞳子ちゃん、やってくれるわね。全く」
愛する妹。祐巳を横取りされたような気分で祥子は呟く。
遠縁の親戚の彼女。
いくつもの出来事を経て祐巳の妹になってからと言うもの、瞳子ちゃんは時折とんでもない事する。
今回もそうだった。
祥子に用事がある事を知ったうえで祐巳をデートに誘うとは。
祐巳と瞳子ちゃんが、二人で中睦まじくデート。考えただけでイライラしてしまう。
「祐巳も祐巳よ。何も私の目の前でOKしなくても良いでしょう」
二人のデートを妨害なんて事をするつもりは無いけれど、瞳子ちゃんの行き過ぎが無いように監視を
しなくては。
祐巳は押しに弱いところがあるから、もし、瞳子ちゃんが迫ってきたらきっと……。
そんなこと、想像もしたくない。
「しかし、祥子お嬢様。本当にそのお姿で?」
「何か問題でもあるのかしら」
「いえ、問題。というほどでは有りませんが……」
「はっきりおっしゃいなさい」
松井が何か言いかけて、口ごもる。
どうやら、祥子の格好についての様子だけれど。
再度、答えを促すと彼はようやく口を開いた。「まるで、あまり出来の良くない探偵のようですが」
と言った。
髪を後ろで括り、サングラスに襟を立てたトレンチコート。
祐巳たちに尾行が見つからないように用意した服装だったのだけれど、松井にそう言われて祥子は
座ったまま、自分の姿を確認した。
「そんなに、おかしな格好かしら」
自分ではそんなに妙な格好とは思えないのだけれど……。
「はぁ、かなり」
しかし、最早着替えに戻る時間も、精神的余裕も、祥子にはなかった。
− Impatience 真美 −
「何処にいるのよ!」
遊園地をうろうろしながら真美は、焦りからかつい叫んでしまった。
周りを歩くカップルや家族連れが一瞬視線を向けるが、すぐに逸らす。
「もう、志摩子さんったら一体何処にいるのよぉ」
今回の標的が一人、白薔薇さまである藤堂志摩子さんとその妹である二条乃梨子さん。
遊園地に到着してから、既に1時間以上経過していた。
共同戦線を張っている蔦子さんは既に目標である紅薔薇のつぼみ姉妹を発見しているというのに。
「もしかして根本的に捜索範囲を間違えているのかしら」
ふっと、自分の行動に自信がなくなってくる。
掴んだ情報に寄れば、二人の遊園地への到着目標時間は午前10時過ぎと言う事だったので、待
ち伏せの可能性も含めて真美は9時40分には遊園地に到着してた。
しかし、10時を回っても白薔薇姉妹はゲートに現れなかった。駅から最も近いゲートだったのに。
後日知った事だが、白薔薇姉妹は乃梨子さんの最寄駅から直行バスを使っていたのだ。
福引の景品であるフリーパスにセットで付いていたのだったそうだ。
直行バスが到着するのは隣のゲートの横にある、駐車場だった。
ブーン、ブーン。
マナーモードにしてある携帯電話が振動した。
慌てて通話ボタンを押す。
「はい、真美です。蔦子さん?どうかして」
蔦子さんからの連絡の内容は、驚くべきものだった。
島津由乃さんと、支倉令さまも居るという連絡だった。
彼女は、凄い。
紅薔薇さまのつぼみ姉妹に加えて黄薔薇姉妹まで遭遇するなんて。それに引き換え、たった一組の
目標すら発見できない自分のなんと情けない事か……。
「ええ。追跡目標はお任せするから、写真だけでも。ええ、お願い」
蔦子さんの目標はあくまで祐巳さんだから、無理強いはしない。
その代わり見かけた時で構わないから、と黄薔薇姉妹の写真もお願いしてから電話を切った。
携帯電話をスカートのポケットに仕舞いこむ。
捜索範囲を練り直すためと、蔦子さんの情報による祐巳さん達の今までの経路と黄薔薇姉妹の発見
場所を、案内図にプロットする。
「もう直ぐお昼。か……」
そろそろ昼食でも取る時間になる。すると、志摩子さん達はどこでお昼を食べるだろうか。
飲食店が集まっているレストエリアか、それとも手弁当で芝生のある広場か……。
そう考えて、その方向に顔を向けた時ある人物を発見した。
「まさか……」
それは、リリアン瓦版のネタとしては不適切な人物だったのかも知れない。
けれども、真美はその人を尾行するべく後をつけた。
その人物とは、前白薔薇さま。今年、リリアンの高等部をめでたくご卒業され、今は同じ敷地にあ
る女子大に通っていらっしゃる佐藤聖さまだった。
聖さまは酷く焦った様子できょろきょろと辺りを窺い、急にダッシュしていった。
真美も慌てて追いかける。
聖さまに着いて行けば何かが起きる。真美の勘がそう囁いていた。
−To Be Next ACTION−
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