Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『DATE or ALIVE』 3rd Action -Good Luck!- scene 1


 − Good Luck! 祐巳 −

 「そろそろ、かな?」

 日曜日の午前7時53分。
 祐巳は自宅のリビングでそわそわとテレビのニュースを見ていた。
 約束の時間まであと少し。

 「わざわざ家まで来なくてもいいのになぁ」

 瞳子ちゃんとはじめてのデート。
 目的地は周知の通り、遊園地だった。
 駅で待ち合わせようと提案した祐巳に対し、瞳子ちゃんは祐巳の家まで来ると言って聞かなかった。
 なんでも、祐巳の両親に一言だけでも挨拶をしたいと言って引かなかったから。

 お父さんも、お母さんもそわそわして待っている。
 祐麒だけは、既に瞳子ちゃんに何度か会っているせいか、普段と変わりなくぼけーっと新聞を読ん
 でいる。
 祥子さまとのご挨拶を体育祭で失敗した両親は、祐巳の妹とのご挨拶まで失敗したくないと随分と
 気合を入れて準備していた。

 ピンポーン。

 「来た」
 「いらっしゃったようよ!お父さん」
 「あ、うん。直ぐ行くよ」

 ぱたぱたと玄関に向かう祐巳に続いて、お父さんとお母さんが着いて来る。
 祐巳は靴を履いて土間に降りる。
 瞳子ちゃんと、両親の挨拶を待って、出かける為に。
 そうでもしないと、両親は瞳子ちゃんを家に引っ張り込みそうだったから。これから遊びに出かけ
 るのに、そんな事になっては大変だ。

 「おはよう!瞳子」
 「おはようございます、お姉さま」

 紅い長袖の上着に、薄い桜色をした膝下丈のワンピース。そしてその下から覗く紅いラインのハイ
 ソックスに明るい茶色の革の靴。
 トレードマークの縦ロールを結っているリボンは白のフリルがサイドに流れる薄い水色。
 見慣れたはずの瞳子ちゃんが、お人形さんみたいに見えて新鮮だった。
 でもって、瞳子ちゃんのイメージにぴったりで、そのまま何時ものように抱きしめたくなってしま
 う位、可愛かった。

 「か、か、可愛い!瞳子!」
 「お、お姉さま……」

 両手を握り締めて、瞳子ちゃんを褒めまくる祐巳に、彼女は顔を赤らめて俯いてしまう。
 小さな白いハンドバックを握った手をもじもじさせながら、瞳子ちゃんは「お姉さまのご両親にご
 挨拶を……」と小さく言った。

 「あ、そうだったね、ごめん」

 答えて祐巳は身体を脇に寄せて、瞳子ちゃんを玄関に招き入れる。
 ここに晴れて、自慢の妹と両親のご対面と相成った。

 「はじめまして、私、祐巳さまの妹にさせて頂きました、松平瞳子と申します。祐巳さまには大変
  良くして頂いております。この度は、私の我儘でお父様とお母様にお時間を割いて頂きまして有
  難うございます。お父様とお母様にお目通り頂きましてとても嬉しく思います」

 完璧なお嬢様モード。もともと祥子さま同様、育ちはとても良い瞳子ちゃんだから挨拶ぐらいはな
 んていうことも無いのかもしれない。
 それに引き換え、祐巳の両親は……。

 「あ、は、はじめまして。祐巳の父をしている者です」
 「同じく、祐巳の母をしております」

 祐巳は頭を抱えた。
 「している者です」とか「しております」って一体なんなのよぉ。
 劇や芝居じゃないんだからぁ。
 緊張しすぎて、再び失敗。
 このまま土間に穴を掘って埋まってしまいたかった。

 「あ、瞳子ちゃん、久しぶり」
 「祐麒さん、ご無沙汰しております」

 両親の後ろから、救いの女神、じゃ無くて救いの弟が現れた。
 上手い具合に、両親から話題を祐麒に逸らせて祐巳はほっとする。
 これ以上、二人が失敗を重ねないうちにとっとと出かけてしまおう。
 祐麒の参入のおかげで、お父さんもお母さんもどうやら平静を取り戻したようで、三人で和やかな
 会話をこなしている。

 「瞳子、そろそろ出発しよう」
 「あ、はい。お姉さま」

 瞳子ちゃんは笑顔のまま、振り向いた。
 瞳子ちゃんの手を取ると、再び瞳子ちゃんは顔を真っ赤にする。
 ああ、本当に可愛いなあ、瞳子ちゃんは。

 「それでは、お父様、お母様、祐巳さまを拝借させていただきます」
 「気をつけていってらっしゃいね、祐巳ちゃん、瞳子さん」
 「じゃあね、瞳子ちゃん」

 お母さんと、祐麒が玄関から見送ってくれる。
 祐巳は瞳子ちゃんと手を繋いだまま、門扉を出た。
 そこには、祥子さまの所とはまた違った、黒い高級車が待っていた。

 「と、瞳子、もしかして……」
 「はい、うちの車ですけど」

 姉のみならず、妹まで別世界の住人だった事を改めて思い知らされる。
 道理で、簡単に祐巳の家を待ち合わせ場所にした訳だ。

 「さ、お姉さま」
 「う、うん」

 運転手さんがドアを開けてくれた後部座席に瞳子ちゃんがするりとお上品に滑り込む。祐巳も多少
 ぎこちなく、瞳子ちゃんの横に納まると、運転手さんが一礼してドアを閉じる。
 祥子さまのところの松井さんと同じように、優しい顔をした中年の男性だった。

 「出してくださいな」
 「はい、お嬢様」

 運転手さんが乗り込むと、瞳子ちゃんは出発を促した。
 静かに車が走り出す。
 目的地の遊園地には、高速道路を使って、約1時間ほど、との事だった。


 − Good Luck! 聖 −


 「江利子が遊園地ねぇ……」

 M駅へ向かうJR線の普通電車の中で、聖はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
 江利子から電話を貰ったあと、蓉子からも確認の電話が入ってきた。

 −あら、本当に聖にも連絡してたのね。

 江利子から誘いを受けた蓉子は、聖が参加するということでOKしたそうなのだけど、なんだか
 怪しい気配を感じて聖に確認をとってきたのだった。

 「それにしても、この間の茶話会のことも有るから、江利子には注意しないと……」

 聖は、少し前の出来事を思い返して、身を強張らせる。
 目の前で恋人の唇を奪われた、あの忌まわしき事件。
 高等部にいたときから、薄々感づいてはいたけれど、江利子が蓉子にそれとなく想いを寄せてい
 ることは。けれど、まさか卒業してから打って出てくるとは思わなかった。
 あまりに突然の告白で、蓉子はあっさり固まってしまうし、聖は聖で数多のような弱みの一つを
 ちらつかされて、蓉子を守れなかった。

 「うー、こんな事ならもっと清らかにしてれば良かった……」

 いまさら後悔しても、遅いのだけれど。

 「ご乗車有難うございましたー。M駅、M駅です」
 「おっと、到着、到着」

 車掌のアナウンスで、目的地に到着した事に気が付くと、聖はがらがらの座席から立ち上がった。
 軽やかな足取りで、ホームに降り立つ。
 待ち合わせは改札の前の売店の側。
 聖は左腕を上げ、腕時計の針を確認する。8時16分。
 待ち合わせの時間は9時だから、珍しく早く着きすぎてしまった。

 「江利子っていうお邪魔虫はいるけど、蓉子と遊園地だからかな」

 蓉子とのデートなんて珍しくも無いのだけど、騒がしいところが好きではない蓉子と遊園地なんて
 来た事が無かったから、正直、嬉しい。
 いつもは蓉子に逆らえないから、強引にこういう所へ誘うことも出来なかったし。

 「祐巳ちゃんだったら、ほいほい着いてきそうなのに」

 呟きながら、自動販売機で無糖ブラックのコーヒーを買う。
 日曜日なので、売店は開いていない。
 可愛い後輩を思い浮かべて、恋人と重ねてみる。
 高等部在学中、どうにも可愛すぎて、すこし食べちゃった後輩。

 蓉子や志摩子、祐巳ちゃんの姉である祥子が知ったら殺されるかも知れない。
 そんな事を想像して、薄ら寒いものを背筋に感じる。

 「居ないよね……?」

 一瞬、視線を感じたような気がして、あたりを見回す。
 すると、妹ではなかったが、懐かしい顔が視界の端を掠めたような気がした。

 「由乃ちゃん?」

 もう一人の後輩の名前が出てきた。
 確かに、ここは彼女と、彼女の姉である支倉令のテリトリーではあるけれど、こんな休日の早朝に
 出会うなんて思っても見なかった。
 由乃ちゃんは、改札前のコンコースを右から左へ通り過ぎていった。
 聖には気づかずに。
 遠目にはなんだか怒っているように見えたけれど、何時ものように怒りのオーラのような物は感じ
 られなかった。

 「はて?」

 気にはなったが、待ち合わせをしている身。追いかけるわけにも行かず、残っていた缶コーヒーを
 飲み干して、腕組をした。
 時間はまだかなり有ったので、もう1本。と思い自動販売機に振り返る。

 「聖さま!!」

 懐かしい声と共に、腰のあたりに腕が回されるのが解った。
 ぱっと振り向くと、自分の顔の下に美少年。じゃなくって美少年のような整った顔が涙混じりに何
 かを訴えていた。  ロサ・フェティダ
 ミスター・リリアン、現黄薔薇さまの支倉令だった。

 −To Be Next ACTION−


Back | NovelTop | Next