「ねえ、蓉子さん。これなんですけど真意をお伺いしたくて……」
「何かしら?」
ニ限目が終わったあとの休み時間。クラスメイトが一枚の紙を手に蓉子の席の前にやって来た。
ぱっと見たところ、新聞部発行の学校新聞「リリアン瓦版」の様だった。
「何、これ……」
机の上に置かれたリリアン瓦版。その見出しを見て、蓉子は唖然とした。
主に朝の登校時に廊下の一角で全校生徒に配られるその学校新聞を、蓉子はいつも貰う事は貰って
はいるのだけど、普段書かれている行事の情報は生徒会役員たる山百合会のメンバーである蓉子の
ほうが詳しい事もあって、滅多に読む事は無かった。
けれど、今回の内容は読まないわけには行かないようだった。なにより、それを蓉子の元に持って
きたクラスメイトがそれを暗に勧めていたから。その見出しにはこう書かれていた。
─「紅薔薇のつぼみに妹か!?」
その紙面の約半分を割いて、温室内で祥子さんとにこやかに談笑している自分の写真と、まるで小
説の様に描かれていて、二人の出会いの事などが書かれ、しかも既にロザリオの授受まで行われた
かのような描写までなされていた。
今までの「リリアン瓦版」では考えられない内容だった。どちらかと言うと、先生の趣味や行事に
関する情報ばかりで、滅多な事では生徒達の興味をそそる様な記事など殆ど無かったリリアン瓦版。
で、あった筈なのに、今回の内容はまるで女性向の週刊誌のようなゴシップ色の強い内容になって
いる。
「蓉子さんがあの小笠原祥子さんを妹にされたというのは本当の事?」
「いつ儀式をなさったのかしら」
「小笠原祥子さんってどんな方?」
何時の間にか新聞を持ってきたクラスメイトのみでなく、蓉子の机の周りは何人もの生徒で取り囲
まれるようになってしまっていた。
「事実無根ね。確かに写真のようにお話する事はあるけれど、それほど良く知っているわけでもな
いし、ましてや姉妹の契りなんて結んでいないわ」
「でも、この記事の内容は……」
蓉子が口にした内容が全くの事実であったにも係わらず、彼女達はまだ記事の方を信じようとして
いるようだった。
「新聞部のどなたかが、憶測と推測で書き上げた記事と、私本人の口から答えた真実。そのどちら
を信用するかはご自由ですけど、憶測を元に事実を捻じ曲げて伝聞するような事があったら……」
一呼吸置いて、周囲の反応を窺う。
「あ、あったら……?」
一人のクラスメイトが恐る恐る、といった感じで口を開いた。
「わたくしはきっと、その方を許さないでしょうね」
周囲のクラスメイト達が半歩あとずさるような動きを見せる。それほどまでに、今の蓉子の顔には
おおよそ普段の蓉子とはかけ離れた凄みが浮かんでいた。
再度、頭を軽く一周させると、集まっていた級友たちはそそくさと蓉子の席から離れ、おのおのが
思い思いの場所に散っていった。
─これは何とかしないといけないわね。
小さく溜息をついた後、蓉子は背もたれに背を預け、静かに瞳を閉じた。
祥子さんもこんな風にクラスメイト達からあらぬ疑惑を投げかけられているんだろうか。だとすれ
ばその責任は蓉子にある。例え原因がこの無粋な記事であったとしても、あの温室で祥子さんに声
を掛けたのは蓉子であったし、その後も毎日、逢瀬のように通い続けているのも蓉子であったから。
─ お昼休み ─
蓉子はいつもの五割増のスピードでお弁当を食べ終えると、急いで教室を離れた。出口で屯してい
る生徒達が、リリアン瓦版を読んで蓉子を見物に来たであろう事は容易に想像ができたけど、今は
そんなギャラリーに構っている暇は無かったので、涼しい顔をして「みなさん、ごきげんよう」と
だけ言って教室を後にした。
「まったく……」
新聞部の妙な記事のおかげで余計な仕事が増えてしまい、昼食すらゆっくり取る事が出来なくなっ
てしまっていい迷惑だった。
そんなことを考えているうちに、目的の場所の前までやって来ていた。
校舎から中庭に出て、少しだけ足を伸ばした場所にあるクラブハウス。体育会系、文科系などの幾
つもの部室を一手に引き受けているプレハブ二階建てのクラブハウス。その一階の奥に最終目的地
である新聞部部室があった。
─コンコン。
簡素な開き戸のアルミの部分をノックすると、中から「はーい」と声がして扉が開かれた。
「どちらさ……ロ、紅薔薇のつぼみ!」
「部長はいらっしゃるかしら?」
応対に出た新聞部の部員、確か二年生だった。その顔には見覚えがある。は、やや引きつった様な
表情を浮かべ、次の言葉を紡ぐ事もできずに居た。
「部長はいらっしゃる?」
「部長は現在、不在です。紅薔薇のつぼみ」
入り口で固まっている二年生の後ろから、見覚えの無い生徒が顔を出した。
長い髪を後ろで括っている。
「そう、なら副部長は?」
「お姉さまならそちらに」
そういって彼女が指し示した先には、先程応対に出て来て、そのまま顔を引きつらせている二年生
が居た。
「と言う事は、貴女は一年生なのね」
「はい。築山三奈子と申します。お見知りおきを、紅薔薇のつぼみ」
−To Be Next−
今回のあとがきは、最終話に纏めて書きます。
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