Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


「紅い薔薇の花びら」 第三話 『姉妹 -soeur- 』


 「蓉子」

 お昼休み。ミルクホールに紙パックの烏龍茶を買いに行った帰り、背後から突然呼び止める声がし
 た。このリリアンで、蓉子を公然とこう呼ぶ人は一人しか居ない。

 「お姉さま」
 「教室に戻るの?途中まで一緒に行きましょうか」
 「はい」

 お姉さま。
 現在、3年生で紅薔薇さま。出会ってから1年も経っては居ないけれど、飾る事の無い蓉子の素顔
 を好きといってくれる数少ない人。

 「最近楽しそうね、蓉子は」
 「そうですか?」
 「ええ、何か面白い事でも見つけた?」

 お姉さまの前では隠し事は出来ない。
 この人は表情の変化などなくても、蓉子のことならば何でもお見通しだから。

 「妹でも見つけたのかしら」
 「え……」

 どうなのだろう。生来のお節介癖からか、最近暇を見つけてはあの古い温室に足を運んで祥子さん
 に逢っているけれど、不思議とスール云々を意識した事は無かったから。
 もっとも、足繁く通ってはいても、彼女に逢えるのはニ、三度に一度という位だから大半は無為に
 終わってはいるのだけれど。

 「その様子じゃ、そういう訳でも無いようね」
 「まだ、妹とかあまり考えた事はないから……」
 「私だって蓉子を妹にする時まではそうだったわ」

 お姉さまはにこにこと微笑みながらさらっと仰った。
 出会ってからロザリオを差し出されるまで、ほんの数日しかなかった筈なのに。

 「酷いこと……」

 ほんの少し頬を膨らませてみる。

 「ふふふ、可愛い顔しちゃって」

 そう言いながら、お姉さまは蓉子の肩に手を回して抱き寄せる。

 「お姉さま!」

 無駄な事だとは解っているけど、一応非難の声を上げてみた。
 出会った時にはこんな事をするようには見えなかったのに……。
 清潔に揃えられた肩よりほんの少し長いさらっとしたストレートの黒髪、本人曰く「曲毛」という
 その髪は、お姉さまの家に初めて泊まった時まで曲毛とは信じられなかった。
 成績は常にトップで、二年生だった去年は三年生にも一年生にも愛されていた面倒見の良い優しい
 先輩に見えたのだけど、その実は何事にも大雑把で、親しい人間には遠慮も無く身体を触ってくる
 「お触り魔」だった。こうまで見事な猫かぶりは見たことが無い。
 生徒会役員たる薔薇さまの職務も、黄薔薇さまや白薔薇さまが居なかったら、と思うとぞっとする
 事しばしばだった。
 ちょっとでも隙を作ると「スキンシップ、スキンシップ」と言いながら、直ぐ肩や腰に手を回して
 くるものだから、困ってしまう。

 「仲の良い『姉妹』なんだから良いじゃない」
 「仲が良いのは否定しませんけど、往来では遠慮してください」
 「じゃあじゃあ、二人っきりなら良いんだ」

 しまった。
 嬉々として蓉子に顔を寄せてくるお姉さまの顔を見てそう思ったけど、もう後の祭りだった。
 結局、蓉子が教室に帰り着いたのはお昼休みが終了する間際。5限目の本鈴が鳴る直前だった。あ
 の後、お姉さまに誰も居ない特別教室に引っ張り込まれ、抱きつかれたり、体中をあちこち触られ
 たりして、予鈴が鳴った時点でようやくの事解放されたのだった。

 −To Be Next−


今回のあとがきは、最終話に纏めて書きます。


Back | NovelTop | Next