愚行連鎖   ギターメインテナンス§1-i


塗装について

塗料を塗る目的には、大きく分けて2つある。

楽器などの木製品の塗装は、その材質の特性(多孔質で温度湿度の影響を受けやすい)を保護し、美しい外観を作り出すことにある。
ただし、楽器に関して言えば、材質保護に重点を置いた厚い塗装はその材料の持つ特性をスポイルすることと同意にもなる。
こと木製の楽器の場合は、「原始的でより木に近い性質を持った塗料を薄く塗るほど木本来の振動特性を損なわず、良い音が得られる。」が、塗膜が薄いと言う事は強度も弱いと言う事であり、音質に重点を置いた塗装を施した楽器ほど取扱に注意が必要と言うことになる。

●ポリウレタン(PU:Poryurethane)塗装

ポリウレタンはプラスチック材料のひとつでウレタン結合を有するポリマーの総称。
ウレタン結合はイソシアネート基と、水酸基などの活性水素を有する化合物との付加反応により生成され、イソシアネート基は非常に反応性に富んでいるためこの反応は加熱しなくても進行し、一度反応すると非常に安定な構造をとるという大きな特徴がある。
(うー…化学は苦手)
1959年デュポン社(商標“ライクラ”)により製品化され、日本ではアメリカとの技術提携により1963年から工業生産されている。
繊維製品で“スパンデックス”と呼ばれるものもこのポリウレタンである。
一口にポリウレタンと言ってもその外見は繊維、発泡体、フィルム、弾性体、粉末、溶液、エマルジョンなど様々な形を取る。
この特色を生かし、樹脂成型品、建材、接着剤、塗料、衣料品などの幅広い分野で利用されている。

楽器では廉価版から中級品程度まで、多くの楽器の塗装に用いられる合成樹脂塗料。
通常は吹き付け塗装で仕上げられる。
非常に強靱で弾力性に富んだ樹脂塗料で、丈夫で艶のある塗装面になるが、反面、どうしても塗膜が厚くなりがちで、木本来の音を妨げてしまう傾向がある。
しかしながら、手荒に扱われる事の多い一般の初中級者用モデルや、野外のライブなどの悪条件で使われる楽器には適しているとも言える。

カタログに“ラッカー仕上げ”と明記されないギターは概ねポリウレタン塗装である。

●ラッカー(lacquer)塗装

楽器の塗装では単に「ラッカー」と称されることが多いが、ラッカーは「速乾性を持った塗料」の総称である。
楽器で「ラッカー」と言った場合は、通常、「ニトロセルロース(Nitrocellulose:硝化綿)ラッカー」を指すが、アクリルラッカーやウレタンラッカー(塗装業界では2液性ウレタン塗料:D/Dラッカーと呼ぶ。)も存在する。
つまり広義では前述のポリウレタン塗装もラッカー塗装の一種なのである。
2液性ウレタン塗料はドイツのバイエル社が開発し、そのイソシアネ−ト成分をDesmodur、ポリ成分をDesmophenと称したので、頭文字を取って「D/Dラッカー」と呼ばれる。
ニトロセルロースラッカーは、シェラック(後述)に似た塗料として今世紀初頭に開発された。
ラッカーの“Lac”はシェラックの“Lac”ラックカイガラムシ(ラック・ビートル)に語源を発している。
「ニトロセルロースラッカー」は、植物由来である「セルローズ樹脂」を原料に合成した樹脂で、戦前から高級アコースティックギターの塗料として多く使われている。
主に吹き付け塗装で使われ、木に染み込み易く、薄く美しい塗装面が得られる楽器に向いた塗料であるが、仕上げに手間が掛かる上に比較的塗装面が脆く、慎重に扱う必要がある。
ビンテージギターに発生する、ラッカーチェックと呼ばれる細かいひび割れはニトロセルロースラッカーの特性から来る物である。

1926年頃以降のMartinギターは、一部の機種を除いてニトロセルロースラッカーで塗装されている。
国産ギターでは“ラッカー仕上げ”が高級品の代名詞のように扱われる。

●シェラック(shellac)

シェラック(セラックと表記されることもある)は、ラックカイガラムシが豆科・桑科の樹木に寄生して、樹液を吸って体外に分泌した樹脂状物質を精製した天然のポリエステル樹脂で、成分は樹脂酸エステルである。
○ラックカイガラムシ
ラック・ビートル、臙脂虫(えんじむし)とも呼ばれる
半翅目カイガラムシ科、学名:Laccifer lacca、英名:Purified Shellac)
精製セラック:Lacca Depurata(日本薬局方)
成虫の雌は、体長約5〜8mm、雄は1.25mm。カイガラムシという和名は、形が貝殻ににていることに由来する。ラックという名称は、サンスクリット語やヒンディー語の10万という数が語源だそうで、これは虫が微小であるため、かぞえるのが困難だからということである。一般に、果樹や観葉植物の害虫として知られるカイガラムシの仲間のなかで、ラックカイガラムシは有用昆虫としてその巣・分泌物の塊をラックと呼び、染料、薬、接着剤、塗料など、世界中でさまざまな用途に使われてきた。

○臙脂(えんじ)
ラックカイガラムシの樹脂状の分泌物からとれた染料。
この染料は「本草綱目」に「紫鉱」と記され、正倉院の宝物としても保存されているとか。

採取された原料から虫殻や木質、水溶性色素などを除去して製品化するが、水溶性色素は回収されてラックダイと呼ばれ、食用色素や染料として使用される。
(要するに、天然色素と言う表示がある物:食紅なのである。カニ蒲鉾や氷イチゴの赤色もこのカイガラムシだそうな…)
日本シェラックが1939年にシェラックの国産化に着手し、現在もチョコレートや砂糖菓子のつや出し剤、オレンジ、レモン、リンゴ等の保護皮膜剤等の食品、錠剤、丸薬などの腸溶性皮膜剤、薬臭の除去剤等の医薬品、電気関係用絶縁材、接着剤、積層板、基盤等々色々な分野で使われている。
かつてはSPレコードの原料にも使われていた。

シェラックには、
等の特性がある。

1925年頃までのMartinギターはこのシェラックで塗装されている。

>参考:カイガラムシ

●フレンチ・ポリッシュ(French polish):技法

シェラックをアルコールで溶かし、タンポで擦り込んでいく古典的な塗装方法。
高級バイオリン等では一般的に用いられる、音響的には非常に優れた塗装。
塗装面は十数ミクロンと極めて薄く美しいが、高度な技術と労力が要求され、逆に塗膜の薄さから保護するという意味では弱く傷付き易く、熱や溶剤に弱いので、慎重な取り扱いが必要となる。原料の価格も高いので、必然的に高級楽器に用いられることになる。

1900年頃までのMartinギターはこの技法で塗装されている。
国産ギターでは注文生産品レベルでないと目にしない。

>参考:フレンチポリッシング

>参考:ヤイリギター

△ポリシングクロスへ戻る

returnギターメインテナンス目次へ戻る
returnGB音楽館目次へ戻る
return トップページへ戻る