淀川長治の銀幕旅行
■ブラス! (96年イギリス作品1時間47分)
英国の涙を
バンド映画の中に
見事にイギリス映画。出てくる生粋のイギリス人の顔をながめているだけでも、ニンマリとする気分。ところが、ストーリーがからくも甘い。この映画、日本人を思わせる。日本人と一番気分の異なるはずのイギリス人が、実はなんともまあ日本の木下恵介に似ていることでうれしくなる映画。
炭坑閉鎖の悲劇。ジョン・フォードものなどでもたんまりと味わわせてもらっているこの悲劇。その炭坑夫たちが、ブラスバンドを作っている。ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで晴れの演奏をして男同士抱き合って泣く…。
そんなラスト今さらねぇ、おもしろくもないのだが、実はこの映画、イギリスの労働者階級の男の顔がいい。女房の顔がいい。その家庭の貧しさも見ていて勉強になる。ここに一人の娘っこ−というよりはしっかり者でいっぱしのビジネスガールを加え、この娘がブラスバンドの一員となって…というところが、甘い、甘い。
しかし、監督のマーク・ハーマンは楽しく笑って、泣いて、見てもらいたい。そんな気持ちが画面いっぱいにしみこんで、加えてブラスバンドというわけで、失業労働者が命をかけて演奏。そのメロディー、そのラストの大演奏クライマックスが、「ウィリアム・テル序曲」だなんて、ここで胸ワクワク。その出来すぎが、かくもかわいいかと思わせた。
やっぱり、このイギリス人の顔がみんないいのだ。涙を誘うブラスバンド・リーダーを演じるピート・ポスルスウェイトはじめ『トレインスポッティング』のユアン・マクレガー、すべて男の顔がいい。特におっさんたちのこの男の顔、ただ一人、女性演奏者を演じるタラ・フィッツジェラルドも悪くはないが、男がみんないいい。
マーク・ハーマン監督は、今年四十三歳。いい年してこの甘さ。けど、日本人をさぞかし泣かすことだろう。名曲「ダニー・ボーイ」も涙ながらの演奏ですぞ!
この記事は産経新聞97年10月28日の夕刊に掲載されました。
流石である。どっかのオカマの似非評論家モドキとはレベルが違う。