イソップ・ラグ制作日誌(1)−2005.7.18

数年前、11月の終わりも近い朝、私は赤城山にある友達の家の居間からぼんやり外を眺めていた。

 外はあいにくの霧ですべてが灰色のベールを被っていた。その窓からは同じような景色を何度か見ているのだが、ラグの構図がひらめいたことはなかった。しかし、この日は違っていた。外の景色に重なって、突然、犬が座っている絵が頭に浮かんだ。そこに犬がいるとするとイソップしかいない。イソップは数年前に病気で死んだ友達の愛犬だ。ピアノの横に飾ってあるイソップの写真と窓からの景色を撮って、私は帰ってきた。それがイソップ・ラグが生まれるきっかけとなった(続く)。

イソップ制作日誌(2)−2005.9.18

家に戻り、写真をながめながらラグの構想を練る。


)図案すべてに黒のアウトラインを入れる。
黒のアウトラインは目立つという理由で最近ではやってはいけないとされている。しかし、黒を浮き上がらせることなしに効果的に使っているノヴァ・スコシアのD.イートンさんの作品をみて以来、いつか試してみようと思っていた。
)刺し布には手持ちの素材を使う。
質感に変化を持たせ、自然の存在感を醸し出すため、上品だが、均質で装飾的な印象を与えるフッキング用のウールだけで刺す方法を避けた。
)主題の犬、イソップが浮き彫りになるよう、背景となる林の細部を省略する。
)季節は秋以外を選ぶ。活き活きとしたイソップにするため、淋しい秋は避けた。
)空と地面の接する部分が少ないので、刺し方(ループの方向)を工夫して、境が識別できるようにする。
)地布に
はヘアレス・リネンを試してみる。
リネンにしようかと迷ったが、2002年の秋ごろ登場したこの評判の良い新素材を試すことにした。

という順番に方針が決まっていった。

ラグの大きさは地布を見ているうちに決まった。頭の中でまとまりかけていたイメージに合わせるとこの数字になり、本体88x64cm、ボーダーを3cmとした。(続く)

イソップ制作日誌(3)−2005.9.18

 下絵はまだ完成していなかったが、刺し布の準備を始めた。その頃、実家で良いものを見つけた。父の膝掛けに穴を発見。千鳥の細かいチェック、えんじと黒の色合いがボーダーにピッタリだったので、父に断ってそれをもらった。刺し上がりを想像してみると、ボーダーの幅は広い方が良さそうだった。それで幅を5Bにして、出来上がりを92×70Bに変更した。寒くなりかけた頃、心変わりをした父が膝掛けはどうしたと尋ねたが、その時にはもう小さく裂かれフッキング用ウールへと姿を変え「制作袋」に入っていた。私は制作に入る前に使えそうな素材を専用の袋に集めておく事にしている。どんなことがあってもラグフッカーに渡った上質のウールを取り戻すことは出来ない。ところで、この生地と出会うまで、ボーダーを窓枠に見立てて、構図をまとめることも考えてみたが、これで窓枠案はボツになった。

 ラグの構図が決まったところで、下絵書きの作業に移った。まず写真の中のイソップをラグの大きさに合わせて拡大する。拡大にはコピー機を利用した方が仕事は早いが、私はいつも升目を利用した拡大方法を使っている。このやり方は升目を引いた原図から、それと同数の升目をもった拡大図用の方眼紙に一コマずつ移して行く方法だが、方眼紙に線を書き込みながら、フックしようとする物の形をつかんでいけるという利点がある(※)。
 拡大図が出来たところで、トレーシングペーパーを出来上がり寸法に切り、それを図の上に重ねてトレースした。背景になる木々は庭の写真を見ながらトレーシングペーパーの上に直に描き込んだ。(続く)

写真上:父の膝掛け,写真下:イソップの拡大図

※この方法について詳しく知りたい方は「一冊のラグフッキングの本」p.92-p.94をご覧下さい。図書館でも借りられます。

イソップ制作日誌(4)−2005.11.20

 原図が一応完成したので、それをどうフックするかを考えた。まず配色なのだが、それを決める前に季節を定める必要があった。秋と冬は避けたいから春か夏。どちらにしても葉は緑になる。葉が緑ならば多少の変形があっても林の感じは出る。ここで突然、葉の形を具象ではなく、三角や菱形にしようとひらめいた。そうすれば、イソップが浮彫になる。さて、季節はどちらにするか。考えた末に春とも夏ともつかないようにした。片方に固定してしまうと葉に使う緑の色が制限されてしまうからだ。そして木の幹と、黒が基調の犬の配色は作品の進行具合を見ながら決めることにした。一方、空と地面は私の「制作袋」の中の布で間に合いそうだった。
 最後に空と地面の「境」の刺し方の問題が残った。空は上への広がりをもたせるために縦刺し、もしくはその変形にした。地面は? 横への広がりをもたせるためには幅広の「ジグゾーパズル刺し」(※)がある。しかし、もう一工夫が欲しかった。でもどうやって? あまりありえない状況を想い浮かべてみた。最初に地面に目がいくとしたら(中央に座った大きなイソップを見逃すはずはないのだが)、それをなめらかに犬に移すのにはどうすれば良いか。そして、空との境に向かう斜面をつくれば良いことに気づいた。これはジグゾーパズル刺しを斜めに並べることで対応した。(続く)

※下のイラストのように、背景など単調になりやすい広い面積を刺すとき、その部分をジグゾーパズルの駒を並べるように、幾つかの小区分に分け、一コマずつ刺していく手法。

左下:ジグゾーパズルのように分けた背景(一冊のラグフッキングの本より)
右下:ジグゾーパズル刺しの空

 


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