◆21.石部 → 大津 | 2002年02月10日(日) | 雪、みぞれ、晴 |
07:24 → 13:17 (5時間53分) | 区間歩数:35,444 | ![]() |
[参考]瀬田駅発06:20、石部駅着07:19 | ||
大津駅発14:07、米原駅着14:48 米原駅発15:18、大森町駅着18:24 (帰路:米原・新横浜新幹線利用) |
当日総歩数:41,289 |
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06:27 瀬田駅 ソルトレークの冬季オリンピックが始まった。里谷多恵がモーグルで銅メダルなどという深夜のニュースをうつらうつら聞きながら早朝にホテルを出発。宿泊地の瀬田から石部に行くには、東海道線で草津乗り換えだ。草津で電車を待っている頃から、雪がちらほら降ってきた。今日こそは晴れて欲しいと思っていたが、むしろ昨日より寒い。 |
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07:24 石部駅 石部駅横のコミュニティセンター(休憩所のようなところ)で前日同様オーバーズボン、 スキー手袋の防寒体制。ストーブがあって一時的に暖を取れるのでありがたい。さあ、準備ができた。本日の歩きをスタート。前日より救われるのは、雨では無く、雪なので、当面かさをささずに済むことか。 |
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07:33 金山跡 駅前から数分で昨日の旧道に復帰。草津線に沿って進むと左に金山(きんざん)跡がある。むき出しの地肌は不気味なな感じだ。近辺は現在でも採石場などになっており、他にも木々の無いむき出しの小山がいくつか続く。町の名前も石部であるし、昔から石を切り出していたのだろう。静岡の吉原辺りの煙も歩きには似合わなかったが、別な意味でこの風景も東海道にはそぐわない。 雪模様は次第に吹雪のように なってきた。 右前方には近江富士と呼ばれる三上山が寒そうに白くかすむ。 |
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07:46 石部 高速下 左に採石場が続く道を進むとやがて名神高速をくぐる。ここを越えると急に昔ながらの雰囲気のある家並みの道に変わる。どうしてこうも急に雰囲気が変わるのだろう。高速道路という近代的な物が分断した2つの地区は行政的も別地区らしい。甲賀郡石部町から栗東市の伊勢落という地区に入ったらしい。 |
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08:06 新善光寺入口 新善光寺道とかかれた石碑を右に見て、道なりに進んで行く。新善光寺は進行方向右手、草津線の向こうにある。長野の善光寺と関係がありそうだがよくわからない。 道は大きく左カーブし、すぐ右手には国宝地蔵尊と書かれた碑のある六地蔵に出会う。 |
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08:13 旧和中散本舗跡 六地蔵を出てすぐ、道が右カーブする左手に巨大な旧家が見えてくる。史跡旧和中散本舗と説明がある。江戸時代に栄えた薬屋さんだ。かなり栄えたのだろう。本当に大きな家が今でも残っている。 そのままさらに30分ほど行くと、左手には稲荷神社。その交差点から右手方向には手原駅が見える。天気は雪からみぞれっぽくなってきたが、水分が増え体感的にはますます寒くなってきたぞ。 |
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08:47 足利義尚碑 ほどなく、土手のような公園のようなところに「九代将軍、足利義尚公 鈎の陣所 ゆかりの地(1487年)」の石碑。土手のような所を登ってみると池があった。 その後は道なりに東海道碑を見ながら進むと土手にぶつかるので右折。再び左カーブし、また右カーブすると新幹線のガードをくぐる。 |
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09:35 古い家並み 草津中心部より手前 新幹線を越え、左に草津川を意識して進むと国道1号線の交差点。いよいよ草津に入ってきた。この先細かく曲がるのでガイドブック等を良く見るべし。まず、国道を越えたら、喫茶店横の細い道を左に入る。草津川に出るので橋を渡ったらすぐ右折。 これで写真のような旧道らしき家並みに入って行く。そう、この道も京へ続く。そして、ここを進むとすぐに追分だ。 |
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09:41 草津追分 右から来る中山道(アーケードになっている)と東海道の出会うここが、草津追分。私の場合、名古屋から美濃路まわりで大垣、垂井、さらに垂井から中山道で関ヶ原まで来ているので、いつの日にか、関ヶ原から中山道を先へ進めばここ草津に辿り着くことになる。 さて、この追分には写真のような立派な道標がある。「右東海道いせみち、左中山道みのぢ」と書いてある。 |
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09:42 草津川トンネル 追分の横の草津川も天井川で、その由来の看板がある。まさしく中山道がそのトンネルを抜けてくる訳だ。この町も観光として東海道を大事にしているようで、この追分にもさまざまな説明書きがある。 東海道はここを左に折れて、草津宿の中心部へと進む。 |
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09:46 草津本陣跡 すぐに右側に草津本陣跡。当時の立派な建築がかなりそのまま残っているとのこと。保存維持していくのも大変だろうが、ていねいに残しておいてほしい物の一つだ。この道は商店街になっており、すぐ先には脇本陣、草津街道交流館などもある。 |
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10:12 野路一里塚跡 それほど長くない草津の中心部を抜けると一本道。途中、右側には瓢泉堂という和菓子屋さんがあり、その角に矢橋の道標。琵琶湖を船で大津へ向かう時のわかれ道らしい。 さらに進み、国道を斜めに横切る感じで渡った先の小さな公園に野路の一里塚の碑。ここからすぐに弁天池にぶつかり池に添って左に回り込む。 |
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11:19 浄光寺 月輪立場の石碑などを見ながら、地図に従って野路の一里塚から進むこと約1時間。知らぬ間に大津市内に入っているようだ。 地図によれば、浄光寺の角を右折するはずだが、わからないでまっすぐ進んでしまった。途中でおかしいと思い、近くにいた地元の人に尋ね正しい道に復帰。戻ってきて撮ったのがこの写真。手前から来て右に曲がるべき所を真っ直ぐ行ってしまったのだ。ここを右に曲がったらすぐに浄光寺はあった。 |
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11:41 瀬田の唐橋 浄光寺からほどなく国道に出、瀬田の街並みが現れる。昨日泊まった町まで戻ったことになる。天気は雪から雨になり、空には少し明るさも出てきた。大津市内は東海道案内看板が比較的整備されておりそれに従うのが良い。道なりに進むと瀬田の唐橋に到達。橋の上から見た琵琶湖。 唐橋を渡って左に入り、またすぐ右折。商店街の歩道を進み東海道線などのガードを越える。左手は石山駅。 |
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12:51 義仲寺 案内看板に従えと書いたが、大津の旧道は何度も曲がり、かなり複雑なので地図と併用して慎重に進む必要がある。歩いている道の1本右の広い通り沿いはにショッピングセンターなど大きな建物が見える。唐橋より約1時間、膳所城北総門跡などを確認し、義仲寺前まで到達。木曽義仲と松尾芭蕉の墓がある寺である。 |
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13:04 大津中心部 細い街道は間もなく大津駅に向かう大通りに出るはずである。いよいよだなあ。何がって?今日、間もなく大津までの行程を終わる訳だ。もちろんこの1泊2日の達成感はあるが、それは同時に後1回でこの東海道歩きが終わることを意味する。そんな多少複雑な気分で、大通りの角を左折し大津駅に向かう。 |
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13:17 大津駅 雪でスタートし、雨、晴れと変化の多い行程だった。大津駅近くでまた細かい雪に見舞われるなど全体的には寒かった。本日は東京に戻るため、少し早いが意図的にここで終了。 うーん、後1回で終わりか... |