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■夢日記■
当時は日記をつけていました。
自分の内面で起こっているとてつもない変化を、ただ心の中だけにとどめておくのは苦しすぎたのかもしれません。といっても、それについて語りあうことができる人もいませんでした。内側からやってくる圧倒的なエネルギーに自分を破壊されてしまわないように、自分を自分につなぎとめておくために、心に浮かんできたことをところかまわず大学ノートに書いていました。
自分の部屋や大学の研究室ではもちろんのこと、ノートはいつも持ち歩いていましたら、食事の最中や電車を待っている駅のホームでも、何か心に浮かんできたことがあれば、ノートを取り出して書き留めていました。
また、このノートは夢日記でもありました。無意識の領域でも大きな変化が起こっていましたから、毎日のようにたくさんの夢を見ました。ユングの夢の教科書に出てきそうな「大きな夢」(無意識の深い領域、集合無意識の領域からやってくる夢)をいくつも見ました。昼寝することもよくあったので、そのときにも見ました。
毎日、夢分析をしていたような感じでしょうか。それまでの知識から、夢を見ることで自分の中の何かが死に、新しいものが生まれていくプロセスが進んでいくことは知っていましたから、起こっていること自体に対する不安はそれほどなかったと思いますが、その無意識のエネルギーに圧倒されそうな感覚は常に感じていました。
そのうち、夢を見るために寝ているような感覚になってきて、どちらが夢でどちらが現実なのかはっきりわからないような不思議な感覚を感じたこともあります。のちに、夜見る夢と、起きているときに見る夢(=この現実)が同じ意味を持つものだということに気づいたのは、このときの体験の影響も大きいかもしれません。
そんなこんなでこのノートは、多いときには1日に5ページ以上を使っていたように思います。いちばん苦しかった2年くらいの間にこのノートは6、7冊になっていたのですが、サラリーマン時代のある日、ふと思い立って捨ててしまったのです。今思えば、捨てなければよかったかな、という思いもある一方で、あまりに重くて辛いエネルギーが詰まったあのノートは手放す必要があったのだろうなあ、という気もしています。
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Written by Shinsaku Nakano
<shinsaku@mahoroba.ne.jp>
Last Update: 2005/10/29