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その店は海の近くであった。潮風が運河に映る赤レンガを揺らしていた。
橋を渡る人の群れを遠くのガス灯から見下ろす鴎も揺れて運河に浮かんでした。
カラ カラ カラン
入り口のカウベルが鳴った。
いらっしゃいませ
土産の袋をいくつか持った、いかにも観光客という上品な中年婦人が三人。
誰が選ぶともなく、窓際の中央の席に座った。
ワイワイ、ガヤガヤと女性週刊誌の車内広告や、
知人と称する第三者の噂話に花を咲かすような客でないことに
remi はホッとしていた。
その中の一人が remi に向かって
コーヒー2つと紅茶を1つ下さい。
二人に向かって
で、いいわよね。
と言うと。
二人はニッコリと微笑んだ。
はい、かしこまりました。
きっと、日常を共にしないが気心のしれた仲間なのだろう。
あら、あのグラスきれいね。
カウンターへ向かう remi の背中をかすめて、三人の視線がグラスに注がれた。
高さは約15センチの青いショットグラス。
内側に擦りで木の模様が描かれている。
表の坂を駅に向かって登って行って、
交差点を左に曲がってから少し行くとガラス工芸品のお店がありますけど、
これを買ったのは何年も前なので、今は似たデザインのものしかないようですよ。
コーヒーミルが止まってから remi が答えた。
ありがとう。と注文した婦人。
ね、ちょうど帰り道だし、ちょっと寄ってみない?と紅茶の婦人。
帰る場所があるからこそ旅は完結する。
誰も自分を知らない場所で開放される自己。
はたしてそれは本当の自分なのだろうか?
常日頃こうありたいと願っている自分の姿ではないだろうか?
あの鴎たちはどこへ帰るのだろう?
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