| ヴィクトールは、走り続けていた。 瀟洒な石畳を力強く蹴る長靴の硬質な音が周囲に響き渡り、日常をかき乱していた。 厳めしい軍服姿、そして見るからに迫力のある顔つきの大男が街中を疾走すれば、自ずと道を歩く人々も何があったのかと驚き、ある者は道を開け、またある者は慌てて飛び退き、彼の進む道には何の障害も無くなり、走り易いこと、この上ない。 「今日も何の事件も起きてはいないようだな」 人々の安全を守る一軍人として、急ぎながらも街の平和な様子を感じ取り、安堵している彼が今は事件そのものなのだとは決して考えないヴィクトールだった。 王立軍に入隊してから一度たりとも狂ったことの無い、実用第一主義の腕時計が彼が目指す場所へ到着しなければならない時刻をかなり過ぎていると教える。 「まずいな…きっと心細い思いをしているに違いない」 逞しい腕にはめられた軍用腕時計にちらりと鋭い目を落とし、殊更に苦々しい表情になった彼は更に走るスピードを上げた。 その走る姿は、鬼か猛獣か…紛れも無く危険な雰囲気を漂わせてはいた。 街の広場のほぼ中央にある、巨木がヴィクトールが向かっていた場所だった。 ようやくそれの見える場所に来て、彼の胸は走り続けてきたのとは無縁の部分で高鳴り始める。実際に、これだけの距離を走って来てはいても鍛え抜かれた身体は、息切れ1つしてはいない。 ヴィクトールが感じていた胸の高鳴りは、ほのかな甘さと、切なさ、そして何よりも喜びによってもたらされていた。 今日は、その場所で学校帰りの彼女が彼を待っていてくれる。 ……デートなのだった。 ◆ 制服の赤いスカートを履いた、可憐な後ろ姿を木の下に発見し、声を出そうかと迷ったヴィクトールだったが、周囲を気にしてやめた。いい年をした男が野太い声で彼女を呼ばわりながら近づくことの奇異さを想像する。その際ににこやかに手など振ってしまっては最悪だ。そう考えたヴィクトールは、彼女へあと数メートルの場所で走る脚を緩め、歩き出す。 風に煽られ、乱れた髪を手櫛で後ろへと撫で付けながら、頭の中で必死に遅刻を謝る言い訳を組み立てていた。 「ちょっと会議が長引いてしまってな……これじゃあ、ちっとも謝ってることにはならんか。…待たせたな、心細かっただろう?…いや、これでは唐突すぎるし自信過剰と思われてしまう…?」 もごもごと口の中で言い訳を考えていたヴィクトールは、彼女の側に誰かがいるのに気付く。話し声が聞えたのだった。 「ねえ、君。さっきからずっと、ここにいるけど暇なんでしょ?」 「だったらさあ、俺達と遊びに行かない?楽しいことしようよ」 どうやら相手は複数らしい。見れば、アンジェリークは緊張に身を固くし、その小さな肩を震わせている。 「ぁ・・・でも、私…人を…」 切れ切れに小さく返事を返したアンジェリークだったが彼女に話し掛けていた声はそれを無視し、畳み掛けるように言葉を続けた。 「え〜、それってさ、嘘でしょ。まあ、本当でも随分待たされてるんだろ?いいじゃん、そんなのほっとけば」 親しげに話すその声に狡猾そうな色が混じっていた。 「ぇ…困り…」 答えるアンジェリークの声までもが震えているのに気付いたヴィクトールは、一大事、と大股に前に進み出た。 「おい、俺の連れになにか用なのか?」 ヴィクトールはアンジェリークを背中に庇うようにしながら、その男達を見た。 派手なTシャツに、でれでれのズボン。片方は髪を奇妙な色に染め、もう片方は女のように髪を肩まで伸ばしていた。 「この子があんたの連れだと?んな、いい加減な事言ってんじゃねえっ。おっさんの…く…せ…に?」 見るからにだれきったいでたちの二人組は、不満そうにナンパの邪魔をしたヴィクトールを睨み上げたが、その途端に表情を恐怖に引き攣らせた。 自分達よりも遥かに高い上背から、ぎらぎらとした危険な眼光でヴィクトールに睨まれれば、部下の兵士でさえ色を失い、足が震えるのだ。一般人の、それも甘えきった生活をしている人間に太刀打ち出来るはずがない。 「や、や、やばいよっ」 「逃げろっ!」 揃ったように一声上げた後、脱兎のごとくその場から逃げ出そうとした。 しかし、その肩を逞しい手にがしりとつかまれてしまう。 「お前達…こんな真昼間から女性をからかうとは暇そうだな。どうだ、軍隊に入らんか?この俺が、その性根を叩きなおしてやるぞ?…みっちりとな」 その声根は、ごく穏やかなものだったが、物凄い力で肩をつかまれ身動き1つ取れない彼らには、まさに地獄から響いた死への呼び声にも等しかった。 「ひいぃっ!遠慮しますっ!」 「ぼ、僕もですー」 言うやいなや、死に物狂いで掴まれた肩を振り払い、走り出した。塵を舞い上げそうなその逃げ足を見て、ヴィクトールが目を見張る。 「おお、あの早さなら伝令兵に使えるだろうに…勿体無いな」 などと余裕綽々で背中に庇っていたアンジェリークを振り返った。いや、振り返ろうとしたヴィクトールは背中にアンジェリークの手の温もりを感じて、つい恍惚としてしまったのだった。 「ア…アンジェリーク…。もう大丈夫だ…大丈夫だぞ?」 若者を蹴散らした勢いはどこへやら、しどろもどろにアンジェリークを宥めるヴィクトールだったが、ますますしがみ付かれてしまい、恥ずかしさに身が縮む思いがする。 「その…。な、なぁ…アンジェリーク。そろそろ…離れてくれんと…」 「ヴィ…クトール…さ…ま」 「?!」 涙混じりのその声に、ヴィクトールは一気に照れなど吹き飛ばし、無理矢理に背中のアンジェリークに向き直った。 「おい!泣いてるのか?そうと分ってたらあいつらを逃がしはしなかったのに…1、2発殴ってやればよかった…」 俯くアンジェリークを見た後、悔しさに震えながら若者が立ち去った方向へ吐き出した言葉に今更ながらに殺気が篭る。 その広い胸に抱き止められ、ぽろぽろと涙を零しながらアンジェリークは首を振った。 「ヴィクトール様、遅い〜」 「えっ?!」 今度はヴィクトールが青褪める番だったのだ。自分がアンジェリークを泣かせていると分かり、先ほど考えていた遅刻の言い訳さえ、すっかり彼方へ消え失せてしまっていた。 「……遅れて…すまなかった…」 記憶の糸を辿りつつもそれに失敗し、挙げ句、口に出来たのはこの一言だけという有り様だ。しかも、自分の伝えたい思いの10分の1さえ伝えられなかった歯痒さに、ヴィクトールの顔は恐ろしいほどに無表情になっていた。 それを見上げたアンジェリークの瞳に新たな涙がじわじわと勢いを増して溢れ出す。ヴィクトールがいかに屈強な、優れた軍人であっても、こうなってはアンジェリークに勝てはしない。しくしくと泣きじゃくるアンジェリークを抱き止め、硬直した姿勢のままでひたすらに謝るのだ。 大柄な軍人と、小柄で細身の女子高生が昼間の街中でしっかと抱き合い、それも女性が滂沱の涙を流しているとなれば、ちょっとした周囲の注目を集めてしまうのは必然だった。しかも、驚きに足を止めた人々に、あからさまに疑惑の目を向けられるのは、一方的にヴィクトールなのも、また、必然だった。 その視線が彼には刺さるように痛い物に感じられ、しかし愛しいアンジェリークを放り出す訳にもいかず、ほとほと困り果ててしまっていた。 「そ、そうだっ!お詫びに今日はお前の行きたい所へ連れて行こう。どこでもいいぞ?」 わざとらしげな声になってしまうのを意識しつつも、アンジェリークの機嫌を取るために言う。 「……本当?」 震えていた肩が瞬間に止み、今しがたまで濡れていた大きな瞳が真っ直ぐにヴィクトールを見上げる。その期待の視線に何かを感じ取り、ひるみそうな自分を抑えつつ、笑顔で肯いた。 「ああ…どこでも、だ。なに、少々遅くなったら俺がきちっとお前を家まで送り届ければいい。待たせたお詫びだよ」 果たしてアンジェリークはどこへ行きたいと言うのだろうか、ヴィクトールなりに様々に考えながら答えを待つ。 潮の香りもまだ浅い、初夏の海へ行きたいと言うだろうか、それとも新緑が萌え盛る静かな木々に囲まれた公園へと行きたいと言うだろうか…。 「じゃあ…私、ヴィクトール様のお家へ行ってみたい」 穏やかな想像を裏切られ、ヴィクトールの息が止まる。 いや、実際にはある程度、アンジェリークのその返事を予測していたのだ。しかし、無理にその考えを自分から排除していた。 以前からアンジェリークは、ヴィクトールの家を見てみたいと言っていた。そして、ヴィクトールはその度にそれをやんわりと断り続けていたのだった。 軍人であるヴィクトールの住む家は、本来なら軍内部に備えられた寮だ。だが、先日の女王試験の際に協力者に選ばれ、しばらく軍を留守にするのを機会に、外部に新しく家を借りたのだった。立場上、部下にだらけた姿を見せられない立場だが、それを全く気にせずに愛する人と二人で過ごせる場所があるのだから普通の男なら色々な意味で…手放しで喜び、逆に積極的に誘いをかける所だろう。が、ヴィクトールは精神の教官なのだ。それも、優秀な…とても優秀な、英雄とまで呼ばれた男なのだ。自分のあらゆる欲望を押え込むのには長けている。……長け過ぎてさえいる。 「う…それは、ちょっと…な」 申し訳無くアンジェリークの顔を見下ろした。 「駄目ですか…?」 やっぱり、と俯くアンジェリークもまた、断られるのを承知で言ったらしい。すぐに、考え直したように顔を上げ、微笑んだ。 「じゃあ、今日は私が行きたいお店へ一緒に来て貰えますか?」 「そうか。わかった、一緒に行こう」 アンジェリークの笑顔に救われて、ヴィクトールはすぐに頷いた。こんな時、ヴィクトールは心底アンジェリークを愛おしいと思う。 控え目に、決して我を押し通さない彼女は何も言わなくても自分を分ってくれるのだろうと思い込んでいたのだった…。 ◆ アンジェリークに連れられてその店の前に立ったヴィクトールは、ときめく心に喘いでいた。そこは、ヴィクトールがおよそ足を踏み入れる筈の無い、禁断の場所だったからである。 「ここ…なのか?」 「そう、ここに一度来てみたかったんです〜」 無邪気に笑ったアンジェリークは、ヴィクトールの腕を引いたが、硬く踏みしめられた足はなかなか動こうとはしなかった。 真っ白にペイントされた柱。店先に張り出す日除けの天蓋は淡いピンクのストライプで、芳しい香りを放つ花々に飾られた店の入り口は、おとぎの国の入り口であるかのように、自分の身体をかなり屈めないと入れないほど高さが無く、また、幅も細い。 店内に置かれているガラスケースには色とりどりのケーキが並べられ、それの全てが可愛らしく美しかったが…店内が女性ばかりだと確認したヴィクトールはとっさに踵を返した。 「駄目だ、こんなに可愛い店は俺には似合わん!」 「だって、今日はどこでも連れて行ってくれるって言ったのに…それに…」 アンジェリークの言葉の続きは、ヴィクトールにも痛いほどわかっていた。 第一希望のヴィクトールの家へ行くのは我慢したのに・・・とアンジェリークは言いたいのだ。 「しかし、俺などが入っていったら他の客が驚いて逃げ出してしまうぞ?営業妨害だ」 店の経営をおもんばかるような振りをして、何とかアンジェリークに思い止まらせようとした。 「そんなこと無いです。デートでこの店に来る人も多いんだもの」 嘘だ、と即座にヴィクトールは思う。こんな…こんなファンシーな店にそれもケーキなぞを食べに大の男が例え女連れであろうとも入れるものでは無い。 だが、そう思いたかったヴィクトールの目の前にいましも店から出てきたのは明らかにデートだと分る男女だった。思わず、その男のほうを「不甲斐ない奴だ!」と睨みつけてしまう。その視線に気付いた男性が恐怖に青ざめたのを、蛇足とはいえ、付け加えて置かずにはいられない…。 「ね、本当でしょう?だからヴィクトール様も入りましょう?」 自信を深めたアンジェリークは、まだ怖気づくヴィクトールの背中を押すようにして甘い香りに満ち満ちた店内へ入ったのだった。 「わあ、可愛いお店〜」 「う、うむ…。可愛いな」 はしゃぐアンジェリークに、同調しながらうっすらと額に浮かんだ汗を拭うヴィクトールは、実は店内などはほとんど見てはいなかった。これで立派に不甲斐ない男の仲間入りだと恥ずかしさに俯く耳へ、他の客がちらちらと伺うようにこちらを見ては、くすくすと笑う声が聞えてくるのだった。 「ヴィクトール様は、どのケーキが良いですか?」 席に着き、居心地悪そうにもじもじするヴィクトールは、この上ケーキなど頼んだら恥の上塗りとばかりに首を振り、コーヒーだけでいい、と小さな声で言う。 だが、アンジェリークはそれを許さなかった。そっとヴィクトールに顔を寄せて囁いた。 「だって、せっかくだから色々なケーキを味見してみたいんです。でも、一人でいくつもケーキを頼んだら…恥ずかしいから」 女の子なのだから、そんなことは無いだろう、と言いかけて、そして今の自分が置かれた状況の方が何倍も恥ずかしいのだとも言いかけたが、アンジェリークの愛らしい瞳を見てしまえばすぐに胸の中に押え込まれてしまう。 「じゃあ…お前が選んでくれ…」 どうせ、アンジェリークに全部食べさせてしまえば良いのだから、それだけ言うと、また俯いてしまうヴィクトールだった。 運ばれてきたケーキには手を付けず、黙々とコーヒーをすすっていたヴィクトールは、アンジェリークが嬉々としてケーキを食べる様子を見るうちに、恥ずかしさが徐々に消えていくのを感じていた。これほどまでに喜ぶのなら、多少の苦しみも厭わない、そう思わされてしまう自分に苦笑する。 穏やかな笑みを浮かべて、自分を見るヴィクトールの視線を感じながら、アンジェリークが心の中で軽く手を合わせて謝っていたことなど、気付きはしなかった。 アンジェリークにとっては、このどこまでも可愛い店におよそそぐわない雰囲気のヴィクトールを連れて来たのはちょっとした仕返しのつもりだった。 自分との待ち合わせに遅刻をしてきたヴィクトールへのほんの意地悪だったのである。そして、今のアンジェリークは、優越感に浸っていた。 先ほどまで、こちらを珍しそうに見ていた他の女性客は、ヴィクトールがたたえるこの上なく優しい自分への表情を見て、一転、羨ましそうな視線を向けるからだ。どんな男性でも、こんなお店に来るのは嫌がるというのに、じっと我慢して付き合ってくれる…優しく微笑んでいてくれる、そんな風に愛されている自分がこの上なく幸せだと思い、遅刻したヴィクトールをすっかり許していたのだった。 店から出たヴィクトールが、ジャケットの腕を鼻に近付け、くんくんと匂いを嗅いでいるのを見たアンジェリークが小さく笑った。ヴィクトールは、ケーキの甘い香りが服に付いてしまったのではないかと心配しているのだ。 「大丈夫…甘い匂いなんてしませんよ?」 アンジェリークも、ヴィクトールの腕に抱き付くようにして鼻を近づけた。 「お、おい…、そんなにしがみつくんじゃない」 保護者のように諭しながらも、嬉しい思いにヴィクトールは腕を振り解けない。それを良いことにアンジェリークはピッタリと身体を寄せてそのまま夕暮れの街を楽しく歩いた。 腕がアンジェリークの柔らかさを意識する度に、ヴィクトールはつい胸がときめいてしまう。彼だって男なのだ。愛する人を側に感じれば、気にしないではいられない。ただ、自制心が人一倍鍛えられているというだけだ。そんな彼でも、さすがに彼女の身体に密着する状態というのはかなり辛い。自分の中のオスが目覚めてしまわない様に、アンジェリークに話し掛けた。 「なあ、アンジェリーク、今日のようなことは今までにもあったのか?」 「え?今日の…?」 「その…。ナンパというのか、あれは?」 昼間の出来事を思い出し、腹立たしくなりながらも問わずにはいられない。ヴィクトールは、アンジェリークが心配なのだった。 「たまに…です。今日はちょっと怖かったけれど、大抵は困りますって言えば、大丈夫…」 ヴィクトールは、思っていた通りだと頷いた。 見ての通り、アンジェリークは可愛らしい…。その上、性格は至って穏やかなのだ。今日はたまたま自分がいて、事無きを得たのだったが、もしも自分がいない時に、それもかなり強引に迫られたなら、アンジェリークはどうなってしまうのだろうか。 放っておいたら、悪い男の毒牙にかかるかもしれないと考えるだけで、心配の余りに身体中の血が逆流しそうになる。 本当ならば、彼女を学校へも通わせず、ずっと家に閉じ込めてでも置かなければ自分の心配は消えないのだろうか。そんなふうに考えて、どこまで自分はアンジェリークに惚れてしまっているのかと呆れ返るのだった。 夕刻の街中は、買い物をする主婦や仕事帰りのサラリーマンで混雑していた。 その人込みの中にいてさえ、ヴィクトールとアンジェリークは目立つのだろうか。擦れ違う人々の幾人かは、二人を見ると何とも不思議そうな、奇妙な表情をするのだった。 ただでさえ、その凛々しい容貌が目立つヴィクトール。 また、控えめではありながら、女王になるはずだったほどの輝きを知らず知らずのうちに振りまいているアンジェリーク。 それぞれ一人ずつが、そこにいるだけならば、それは誰の目にもとても魅力的な…人物と映り、憧れや感嘆の瞳を向けられたはずだった。 だが、この二人が仲睦まじく寄り添って歩く姿は、異質な魅力が相俟って、人々の目には奇異に映るのかもしれなかった。 「まあ、歳の離れたカップルね…」 ならばまだ良い。少なくともカップルだと分かって貰えただけでも素晴らしい。 「ボディガードと深窓のお嬢様?」 これもまだ良い方だ。ヴィクトールは常にアンジェリークを守ろうとしているのだから、あながち外れとも言えない。 「もしかして…兄妹とか…親子…?」 この考えには少々ヴィクトールは腹が立つ…二人はちっとも似てはいない…筈だ。 「援助交際か?」 ……切れてしまっても良いだろうか。ヴィクトールはその思いをぐぐっと噛み殺し、そんな視線を向けた奴には、殺気の篭った鋭い視線で牽制するのだった。 ヴィクトールとアンジェリークがデートをすれば、一日のうち、何度かは必ずこういう囁きを耳にしなければならなかった。 ヴィクトールは自分の腕に掴まって嬉しそうにしているアンジェリークを見下ろして、溜息をついたのだった。自分は、良い。何を言われても、どう見られても構わないのだ。しかし、アンジェリークだけは、この清らかな天使だけは…。彼女に関しては世の中の一切の誹謗中傷など向けさせてはならない。 「アンジェリーク…すまんが腕を放してくれないか?いや、少々肩がこっていてな」 「ヴィクトール様…?」 不安に揺れた瞳に胸を痛めながら、腕からアンジェリークを離れさせると、安心させるように深い微笑みを向けてから、少しだけ歩みを速めて街中を抜けることにしたのだった。 「ヴィクトール様、どうしたんですか…?」 小走りになって後を付いてくるアンジェリークに、心配をかけまいと思う。 「いや、なんでもないんだ。気にするな。それよりももう帰ったほうが良い時間だな。送って行こう」 「……はい」 まだ幾分心配そうにヴィクトールを見上げながら、アンジェリークも素直に頷いた。 ◆ 「う〜ん」 大きめの姿見の前に立ち、顔を右に左にと向けては唸るヴィクトールだった。 アンジェリークとのデートから戻ってから、ずっと、飽きるほど鏡を覗いていたがとうとう諦めたようにそこを離れ、今度は整頓されてはいるがあくまで機能的な…女性を招くにはいささか雑然とした部屋を見回して腕を組んだ。 「そろそろ…限界だろうな」 ヴィクトールは、アンジェリークの言ったことを思い出していた。 「ヴィクトール様のお家に行ってみたい…」 そう、あの一言だ。 今までは、何とか断り続けていた。 色々と理由を付けては、この家にアンジェリークを連れて来ないようにしていた。 だが、それもいつまでも断り続けていては、アンジェリークに不満に思われてしまうのだろうか。何よりも、断るたびに微かに浮かべるアンジェリークの悲しげな表情がヴィクトールには辛かった。 しかし―。 この家に、アンジェリークを連れて来てしまったら…。 ヴィクトールは、自分への恐れに震える。 きっと自分は、アンジェリークを傷つけてしまうのに違いない。 アンジェリークを守ると決めた聖地での誓いを、真っ先に破るのはきっと自分なのだ。 真綿で包むようにアンジェリークを慈しむのを理想としながら、彼女の全てを奪い取り、自分の物にしてしまいたい欲望が自分にはある。 だが、決して、それがいけない事だと考えている訳ではなかった。それほどヴィクトールは禁欲的な人間ではない。聖人ではないのだ。 ただ…。アンジェリークのペースを大切にしてやりたかった。彼女が大人になり、精神的に無理の無い状態で「その時」を迎えられるようになるまで…。ヴィクトールは待ってやりたかったのだった。 そうは思っても、アンジェリークを抱きたい思いは日を追って自分の中で力を増し、時に荒れ狂う。鍛え抜かれた精神力でさえ、時にその激しさに辟易し、屈服しそうになるのだ。 この殺風景な部屋に、アンジェリークがいたら、どんなに素晴らしいか。それは部屋の雰囲気を、いやここに流れる空気さえ、柔らかに変えてしまうのに違いない。いつの日かその日が来ることを、他でもなく、ヴィクトールこそが心待ちにしているのだ。 そこまで考えて、再び姿見の前に立つ、いかつい自分の姿に目をやった。 「まあな…。確かに俺とあいつでは違い過ぎるからな…」 もう1つ…ヴィクトールがアンジェリークと深い関係になるのを避けている理由がある。 誰がどう見ても、自分とアンジェリークという取り合わせは妙なものに映るらしい。ということだった。 昼間のナンパ野郎の暴言も。今では夢だったと思いたいケーキ屋での視線も。果ては街中での好奇な囁きも。全てがそれを裏付けているのだ。 「あいつは…気付いていないんだろうか?」 呟いてからすぐに、否定をした。気付いていないはずはない。普段、周りの雑音を気にしない自分でさえ分るのだから。それでも、アンジェリークは自分に逢うのを楽しみにしてくれている、そう思うと何とも言えない幸福な気持ちにはなるのだったが、その分、余計にアンジェリークには申し訳無いと考えてしまう。 「俺と付き合っている限り…あいつは変な目で見られてしまうんだろうなぁ」 彼らしくない、後ろ向きの考えだった。 鬱々とした思いを抱えながら、その逞しい体躯から軍服を取り去り、ベットに転がったヴィクトールだった…。 ◆ 悩んではいながらも、自分の思いを裏切れないヴィクトールは、週末になればいつものようにアンジェリークとデートをするのだったが、やはり気分は晴れないのだった。 他の仲睦まじそうなカップルをぼんやりと眺めやっては、一人落ち込む。 やはり街中に溢れる恋人達を見れば、それぞれがお似合いの相手を選んでいるというか、並んで歩いていて違和感のある二人というのにはなかなかお目にかかれないのだった。 「アンジェリーク、そろそろ送って行こうか」 少々早めの時間ではあったが、アンジェリークを促して返事も聞かずに家の方向へ向かう。 ところが、少し歩いて振り返ると、アンジェリークはまだ先ほどの場所に立ったままこちらを眺めていた。 「どうした?送って行くと…」 立ち尽くしていたアンジェリークに近づくと、ふい、と顔を背けられてしまう。 「?」 背けられた方へ回り込み、顔を覗き込んだが、また顔を反対に背けられ、ヴィクトールは内心驚いていた。アンジェリークがそんな態度を取るのを初めて見たのだった。 「アンジェリーク…?」 動揺にヴィクトールも立ち尽し、どうにも出来ないこの嫌な雰囲気にぎゅっと拳を握る。 「ヴィクトール様、なんだか変です…」 顔を背けたまま、アンジェリークが呟いた。 「最近、私とデートしてても全然楽しくなさそうで…」 「!? い、いや…それは」 否定をしようとしたヴィクトールの声を押し止めるようにアンジェリークは言葉を継いだ。 「他の女の人ばっかり見てるし…」 「なっ!!!そんな…」 違う、それだけは違う。他の女を見ていたのではなく、他のカップルのリサーチを…そう言おうとするのだが、何から話して良いものかと焦りは増すばかりだ。 「それに…絶対にヴィクトール様のお家には遊びに行かせてくれないっ!」 背けていた顔を今度は真っ直ぐにヴィクトールに向けたアンジェリークの瞳は怒りに燃えていたのだった。口調も普段の穏やかなアンジェリークとは一変し、一段低く感じられるその声にも沸沸と今まで彼女がため込んでいたであろう怒りが顕われていた。 「違う、違うんだ…これには色々と訳があってだな…」 最後のアンジェリークの言葉に、痛いところを突かれたのもあったが、それでなくともこんな時の男というものは、何とも情けなく成り下がるのだ。それも、普段は想像もしない彼女の怒りの表現は、ヴィクトールを動転させるのには充分過ぎた。 「どんな理由ですか?!ヴィクトール様は、私に何か隠してます。不満があるんです。やっぱりこんなとろくさい私じゃ嫌なんじゃ…」 急にアンジェリークの声が消え入り、その代わりに大粒の涙がぼろぼろとすごい勢いで零れ出した。 「そうじゃないっ!」 当り構わず大きな声を出していた。往来の幾人かはその声に振り返り、訝しげにこちらを伺う。が、今のヴィクトールにはそんなことはどうでも良かった。 「おまえは、俺を…俺の気持ちを疑うのか?」 「……」 「聖地で俺がおまえに告げた想いを…疑うのか?」 自分の声が震えてしまうのを意識していた。アンジェリークは、ゆるゆると首を横に振る。が、流れ落ちる涙はなかなか乾かなかった。 「俺にはいつだっておまえだけが大切だよ。他の女など見るはずが無いだろうに」 アンジェリークの手がおずおずと伸ばされ、ヴィクトールのジャケットの裾を掴んだ。 涙に震える細い肩が愛しくて、伸ばされた手を強く引いてアンジェリークを抱き締めた。 恥ずかしいとは思いながらも、真実を話し、誤解を解かなければならないだろう。 「俺は…おまえに釣り合わないのかもしれないと思ってだな…その、歳とか、体付きとかだが…。俺と一緒にいるおまえが、恥ずかしいのかもしれないと考えていたんだ。だから他にも俺達のように違いがありそうな二人連れを探して安心しようと思った…」 ぎゅううっとアンジェリークがしがみ付くが、ヴィクトールは静かに話し続けた。 「そして、俺の家に、おまえを呼ばないのは……。俺も、ただの男だってことなんだよ…」 唇を噛み締めた、悲痛な表情のアンジェリークが腕の中からヴィクトールを必死に見つめていた。 「おまえが俺の家に来たとしたら、そのまま帰したくなくなってしまうだろうからな…。その上、誰にも、おまえの姿を見せたり、声をかけられるのが許せなくて、いっそのこと閉じ込めてしまいたいなどと…そんな危ないことを考えてしまう男なんだ」 話すうちに、ヴィクトールは自分を恥じて耳まで赤くなり、それを見ていたアンジェリークの涙は乾き、その頬も喜びと恥じらいに染まった。 「ヴィクトール様…」 「すまんな、おまえにいらぬ心配をかけた」 アンジェリークに見つめられるのが辛くなり、腕に力を込めて更に強く抱き込んだ。 「ヴィクトール様になら、閉じ込められてもいいです…」 胸に埋まり、くぐもった声で言うアンジェリークに心臓を鷲掴みにされたヴィクトールだった。 「ば、馬鹿な事を言うんじゃないっ。そんな非人道的な…」 何を言っているのか自分でも既に分っていない。 「でも、そうしたらヴィクトール様とずっと一緒にいられるから」 「と、とにかくだ。ちら、と考えるだけで、実際にやったらそれは犯罪だろうが…」 やはり、何を言っているのか分っていないヴィクトールだった。 「じゃあ、今日だけ…これからヴィクトール様のお家へ…」 アンジェリークを抱き締めて、そして、自分の醜い欲望を吐露してしまった事で、既にヴィクトールの強靭な精神力は限界なのだ。こんな状態でアンジェリークと二人きりになってしまったら、自分が最も恐れたように彼女を痛めつけてしまうのだから。 「…駄目だ」 苦しい息を吐き出して、短く答えた。 「……くの…」 アンジェリークが呟いた声が、突如大きくなった。それは、叫びだった。 「絶対に、絶対にヴィクトール様のお家に行く!行きたいんですっ!今日、これからっ!今すぐっ!来るなって言っても絶対に行くの〜〜〜!」 そう言った途端にまた泣き出したのだ。 そしてヴィクトールは何も言い返せないほど仰天していた。いつも自分の気持ちをはっきりと表に出したりしないアンジェリークが…控え目で、穏やかで…愛らしく微笑むアンジェリークが…。駄々をこねている? アンジェリークに、こんな一面があったとは…。 ヴィクトールの胸は熱くなるのだった。 ◆ 「後悔しないんだな?」 恐れに瞳を閉じて、しかし、しっかりと頷いたアンジェリークをベットに横たえる。 固く閉じられた唇に、出来るだけ優しく自分の唇を合わせ、いたわりのくちづけを繰り返す。答えるように開いたアンジェリークの唇の間から、ゆっくりと舌を差し入れて脅えた彼女の舌に絡ませた。 少しでも拒めば、いつでも彼女を抱いた腕を離すつもりでいたヴィクトールだった。 だが、アンジェリークの腕はヴィクトールの首に回され、もっと深いキスを望む。 抱き締めた肌は蕩けるほどの熱を持ち、しっとりとした質感でヴィクトールの逞しい身体に寄り添った。 匂い立つようなアンジェリークの肢体がヴィクトールの理性を隅に押しやる。 息が上がるほどのくちづけに溺れながら、ヴィクトールの大きな手はアンジェリークの身体を這った。吸いつくような肌、壊れてしまいそうなその柔らかさに、ヴィクトールの手が幾度も躊躇する。 「ん…」 脇を通り、ついにその手が胸を包み込んだ時、アンジェリークが息を詰めて喘ぎ、合わされていた唇と舌が離れる。 離れた唇は、淡い喘ぎに晒された白い首筋に落ち、痕が残るほどに強く吸い上げてから優しく手で包まれていた胸の膨らみへと進路を取った。 「んんっ!」 含まれ、舐め上げられた薄桃色の突端が敏感に強張った。知らなかった刺激に身を捩るアンジェリークのもう片方の胸の突起はすでにヴィクトールの指で辱められていた。 軽く歯を当て、ついばみ、舌で転がしながら、アンジェリークのようすに気を配る。 強すぎる愛撫にならないように気を付けながらも、愛しさゆえにその気遣いも今すぐままならなくなりそうだった。 「ヴィクトール様…」 頬を染め、口に手を当てるアンジェリークの瞳が潤んでいた。涙を零してしまうのかと不安になったヴィクトールは、顔を上げ囁く。 「大丈夫か…アンジェリーク。嫌なら…」 首を横に振ったアンジェリークは、優雅な仕草でヴィクトールの髪を撫で、微笑んだ。 この上なく幸せなアンジェリークの笑みに促され、ヴィクトールの手が柔らかな翳りに滑り込む。触れたそこは、既に充分に濡れていた。 眉を「きゅっ」と寄せた羞恥の表情に見惚れながら、指を動かすと、アンジェリークは身体を跳ねあげながら甘い声を発した。 まるで、麻薬のような陶酔感を与えるその声に、ヴィクトールの欲望がたぎってしまう。 溢れた愛液に助けを借りて、秘めやかに閉じられた裂け目をなぞり、恥じる宝珠を優しく撫でた。 「ああっ…」 ビリビリと身体を震わせるアンジェリークが、喘ぎに声を嗄らすまで愛撫は続いた。 「や…。ヴィクトール様…、助けて…」 助けるのとは全く逆の行為を求めているのだと分っているのだろうか、そう思いながらヴィクトールは手を休め、身体を起こした。 アンジェリークの膝を割り、内腿を撫でながらヴィクトールは最後の躊躇をしていた。 誰にも汚されていない場所は、大量の蜜を溢れさせながらもぴたりと閉じ、ヴィクトールの侵入を拒んでいるように見えた。自分の半身で猛る物々しいそれが、果たしてアンジェリークに収まるのだろうかと不安になるほど、そこは可憐だった。 「アンジェリーク…しっかりと俺にしがみ付いてくれ。いいな」 手を自分の背中に回させ、軽々と脚を支え持ったヴィクトールは出来る限りゆっくりとアンジェリークを貫いた。 「っ……!ああっ…」 アンジェリークは想像を超えた痛みを感じ、悲鳴に近い高い声を上げ、表情を苦悶に歪ませた。ヴィクトールの背中に回した手に力が入り、爪が鋭く皮膚に食い込む。 背を仰け反らせ、今にも身体がずり上がってしまいそうなアンジェリークを上半身で押さえ込んだ形になりながら、少しでも痛みを和らげようとくちづけを落とす。 自分の全部を内部に納めてしまうのには、永遠とも思えるような時間がかかりそうだったが、ヴィクトールは決して焦らずに、アンジェリークを労わりながら腰を進めた。 「んぅ!痛……」 押し入るヴィクトールに新たに拓かれていくごとにアンジェリークの瞳からは涙が零れ、それをくちづけで拭われた。 「何よりもおまえを…愛しているよ」 時間をかけて全てを納めたヴィクトールは、アンジェリークの身体を折れるほどに抱き締めた。蕩けるように自分を熱く包み、締めつけるアンジェリークの内部で、互いの脈動が同化するまで耐えていたヴィクトールは、そっと耳元に口を近づけて言う。 「動くぞ。痛むだろうが…許してくれ」 一度、最奥まで沈めた自身を引き抜き、更に沈めると堪えきれずにアンジェリークがすすり泣いた。 そんなアンジェリークを固く抱き締めたまま、激しく抽送を繰り返す自分を鬼のようだと思いながらも耐えに耐え、ついに解放された欲望は押さえられなかった。 「ヴィクトール様…ヴィクトール様…」 必死に痛みを堪え、それでも自分に付いて来ようと縋るアンジェリークの声がヴィクトールを追い立てる。 自分を呼ぶ声に「愛している」とその都度答えながら、ヴィクトールは身体の奥底から燃えたのだった。 ◆ ヴィクトールは、果てしなく緊張をしていた。 今日、ヴィクトールはアンジェリークの家に呼ばれているのだ。 別段、『お嬢さんを頂きたい…』という類の訪問という訳ではない。 アンジェリークは、まだ学校が残っているのだから、とヴィクトールも我慢する分別を持っている。 ヴィクトールを家に呼んだのはアンジェリークだった。 アンジェリークは『私とヴィクトール様がどんなに釣り合っているか』の証明をしたいというのだ。 意味が分らずも、とにかく一度はアンジェリークの両親に挨拶をと考えていたヴィクトールはそれを受けた。 そして、今。ヴィクトールは一人、居間のソファーで居心地悪く座っている。 「お待たせしてすみません…」 ドアが開いた音と共に、アンジェリークの母親らしき柔らかな声がした。慌ててヴィクトールも立ちあがり、深々と頭を下げる。 「ああ、いえ…こちらこそ図々しく遊びに来まして…」 「礼儀正しい方ですね…これならアンジェリークをお任せしても良さそうだ」 野太い声にはっと顔を上げたヴィクトールは、一瞬息を呑む。母親の後に続いて部屋に入って来たのは、大柄な(下手をしたら自分よりも大柄な)壮年の男性だった。 逞しいとしか形容の出来ないがっしりとした体躯。健康的に日焼けをした顔はあくまでも柔和だったが、とてもアンジェリークの父親とは思えないほどに男臭い。 「ヴィクトール様、私の両親です」 恥ずかしそうに父親の腕に縋り、アンジェリークが両親とヴィクトールを引き合わせた。 「よろしく、ヴィクトール君」 好意的に差し出された手を握ったヴィクトールは、またまた驚かされる。物凄い力なのだ。 次に握手を交した母親の手は、気の毒なほど か細く、柔らかかった。 改めて見比べてみれば、二人の身体の大きさも随分と違う。そして、更には年齢にも相当な差があるのではないだろうか…。 アンジェリークの母親は若々しく、美しい人だった。小柄で、線の細い、優しく儚げな印象を与える、そんな人だった。アンジェリークにとても良く似ていて、しかもまだ若いので下手をすればアンジェリークと姉妹と言っても信じるかもしれない。 「まあ、座って下さい。自分の家のように気楽にして下さると嬉しいですよ」 にこにことゴツイ顔を綻ばせて、ヴィクトールに話し掛けるアンジェリークの父親は、心の暖かそうな人物だった。しかし、歳はかなり行っているだろう…。そんなことを考えているヴィクトールを察したのか、自分からそんな話しを切り出した。 「ヴィクトール君とうちのアンジェリークの歳の差は…13ですか?」 「は、はいっ。すみません…」 どうしてだか謝ってしまうヴィクトールにアンジェリークの父親は顔を寄せ… 「なんの、それくらい…。私と妻は15歳も離れております。私達の勝ちですな」 そう言って逞しく笑うのだった。 「もう、お父さんったら。勝ち負けじゃないでしょう?」 お茶を差し出しながら笑うアンジェリークが、ヴィクトールの隣に座った。 「ね、ヴィクトール様…私達は不釣合いじゃないでしょう?」 なるほどアンジェリークの証明とはこういう事か…。 ヴィクトールは苦笑しながらも、何もかもが違うアンジェリークの両親が仲睦まじくするようすを見て、頷いた。 実はアンジェリークはファザコンで、自分を選んだのもそこらへんが理由なのではないかという不安が新たに湧き上がったのではあったが…その部分は考えないようにしようと固く決心をしたヴィクトールだった。 FIN す、素敵すぎ。ああ、ヴィクトール様ッ、その忍耐と我慢の精神こそがヴィクトール様らしさですよね。でも女の子は やっぱり好きな人と結ばれたいのですよ〜。うんうん。こんな素敵なお話を戴いてしまっていいのでしょうか私ごとき が。でも幸せ〜ん♪ティファ様、本当に有難うございました!! |