大学時代、ビデオデッキに興味があり、技術者はどのように作っているのかが気になっていました。専門書籍でも、せいぜいビデオデッキの技術解説だけで、技術者の設計プロセスを解説したものはありませんでした。そして今、自分が技術者の立場に立ったことで、設計プロセスを記録できる立場になりました。守秘義務にかからない程度に書いていくことにします。
※毎日、自主的に日報を書いているので、それらを1ヶ月ごとにまとめていきます。固有名詞の出てくる部分を全て削除していますので、掲載に時間がかかる場合があります。
2月15日
異動があった。事業部が変わり、これまでのパソコンの部品から、全然違うものを設計することになった。これから設計するものは、まあ、ビデオデッキのようなものと考えてください。ビデオ関係はなんにもわからないので、1から勉強を始める。
以下、この新製品について、本記事での呼称は『pepaビデオ』とします。
3月4日
新製品の展示会があり、そこへ私のpepaビデオを展示することになった。製品展示することで、お客さんから「ああしたらいい」「こうしてほしい」という意見を集め、製品設計に生かそうというのだ。だが、ここで矛盾が生じる。意見をもらうために展示するpepaビデオはまだ設計にも着手していない。どうやって展示すればいいのか。
リアルタイムクロックというものを勉強する。電池から電力を供給することで、機器の電源がoffになってもタイマーが動き続ける。内蔵時計の本体といったところだ。一般に、電池内蔵のものを使うことが多いが、これがまたばかでかい。小さいものを探そう。
3月5日
自宅でNTTの工事。引越のどたばたがまだ続いているが、そろそろ新しい職場環境に慣れてきた。
新製品の検討を始める。売り先・用途は先に決まっているが、どのような機能が必要かは全くわからない。まわりの人と話をしながら、製品の像を描いてみる。
例の展示会は、他部署で設計した別ジャンルの製品を、製品用ケースに押し込めて、「これから設計するであろうものと同等の動作をするもの」をでっち上げることが決まった。新製品の展示会で、「手を触れないでください」となっているものは、このようなでっち上げドライブが多いものと思われる。展示会の記事を見て、「あ、もうそろそろ発売されるのか」とお客が期待している頃、技術者は設計を開始することもある。
3月7日
pepaビデオをでっち上げる。我ながら見事なできばえだった。各部に凝ったことをしたが、でっち上げの方じゃなく本来のpepaビデオの設計もやらなきゃいけない。明日からね。
3月12日
新しい部署ではOUTLOOKとグループウェアを使って情報共有を行っている。設計者同士の情報交換会議室なんかもあって面白い。
画像の記録装置には、IDE(ATA)のディスクドライブが挙げられた。理由は、パソコン用に大量生産されていて、安いから。パソコン用途で安いとなると、信頼性が乏しくなる。そこで、衝撃に弱いHDDや、書き込み失敗でメディアの全データが読めなくなるRメディアは候補から外す。あらゆるメディアを検討するが、信頼性ではDVD-RAM以外の候補が挙がらなかった。(将来性で難はあるが)
次にビデオ出力の検討。ビデオ出力だけでも、コンポジット信号、Sビデオ信号、RGB出力と3系統を搭載する。1つでいいじゃんと思ったが、後でコンポジット信号とSビデオ信号の両方を見せられて驚いた。まったく絵が違うのだ。「おんなじビデオ用の出力じゃん」なんて言えない。さらに、両信号の原理を解説してもらったら、全く別の思想に基づいて作られている信号規格であることがわかった。RGBはビデオ用ではなく、PCやモニター用の信号。
結局、それぞれ用途が異なるということで、全てを搭載することになった。
ただビデオ信号については、
さらにインターフェースの検討を行う。RS-232Cは、いまだに基本インターフェースとして生きているので搭載。さらにLAN用のポートを追加し、イーサーネット上からPCへデータを送れるようにする。PCとの通信という意味では、IEEE1394(iLINK)も営業から提案されたが、IEEE1394は汎用を目指すあまり、規格があいまいなのが気に入らない。ということで、これは却下したい。
3月13日
昨日LANとATAインターフェースを搭載することが決まったが、マイコンにLANやATAのインターフェースは搭載されていない。となると、別途LANとATAのコントローラーが必要になる。せっかくだから、LANとATAのコントローラーが1つになったものを探そうと、ウェブサイトを徘徊する。私はもっぱら高速検索のできるGoogleを使う。3社のコントローラーが候補に挙がった。1社は知っているメーカーだったが、後の2社は聞いたことがない。3社ともアメリカのメーカーだったので、英語を追っかけながら必死にホームページを探していたら、1社は代理店の紹介ページがあった。日本の代理店は知っているところだったので、アクセスできる。残る1社はどうしても情報が見つからなかったが、こういうときは同期の仲間に聞いて回るに限る。あめ玉と交換で快く教えてくれた。
過去のビデオ製品の参考回路図を見ていたら、ビデオ入力に75Ω用終端のon/offスイッチが付いていた。ビデオ信号はケーブルが75Ωなので、ビデオ製品では75Ωで終端しなくてはならない。それをoffする機能は不要だと思ったからだ。
ビデオ担当に聞いたところ、同軸ケーブルで伝送する可能性のあるビデオ信号は、T字のコネクタで分岐させて、複数の機器に接続されることがあり、他の機器で75Ωが切れない場合はビデオ製品側で切ってやらなければいけないらしい。
めんどくさいの。
3月14日
グループのパソコンのリース期間が切れたので、新規に入れ替えリースをすることになった。私のPCはリースではなかったが、一緒にリースしてもらえた。新システムは、メーカー製P4-1.5GHzである。「ハード屋ははんだごてさえ握ってれば、パソコンなんかなんでもいいんだ」と言っていた前の部署とは大違いだ。
3月15日
LANとATAのコントローラーメーカーから、検討結果が上がる。初めの1社は、量産が1年後だというのでパス。2社目は、別のLSIとペアで使うもので、2つ合わせると、1社目の予定価格の10倍以上に跳ね上がるためパス。3社目は安くて条件がいい。ただしPCIバスでコントロールしなくてはならない。結局マイコンとは直接接続できないのだ。だが3社目が一番条件がいいので、捨て去るのも惜しい。そこで、PCIのコントローラーを自分で作ってみることにした。(ATAはともかく、LANのコントローラーを自作するよりはずーーっと簡単)
3月18日
さっそくPCIの資料を集める。そしてお勉強タイム。
3月19日
ビデオ担当者から、ビデオの講習をしてもらう。よくよく考えてみると、(コンポジット)ビデオ信号って、1本のケーブルに赤・緑・黄の3色の信号が入ってるんだよね。講義は難しかったけど、わかったところだけでもすごい技術だと思った。
ビデオ信号にローパスフィルタを入れて、高域をカットすることを「信号の圧縮」と解説されたときには、目から鱗が落ちるようだった。圧縮とはデジタルのみに存在するものだと思っていたからだ。このへんの話は面白いので、そのうち日記のページに書きたい。
3月20日
そろそろPCIの資料も飽きてくる。PCIコントローラーを自作した場合、自分なら2ヶ月くらいかかるという見積もりも立ってきた。結構なタイムロスになりそう。
3月22日
今日は夕方から花見。ガイナックスも利用しているらしい公園で宴会を行う。
早く仲間になるために、一気飲みをした私は、ぶっ倒れてタクシーで送られる。
3月26日
VHDLという言語を勉強する。いまさら難しいことは無いが、実作業の伴わない勉強は身に付かないので、とりあえず今日だけ。
3月27日
WEBサイトを見ていたら、LANとATAインターフェースを1チップにしたLSIがあったので、それを使うことにした。PCIコントローラの自作は要らなくなった。
3月29日
pepaビデオのでっち上げ品を営業に渡す。展示会の最中にとまらなけりゃいいんだが。